見出し画像

第44話≪カナデの章⑪≫【piero/mascot/crown】―鶴の恩返しからの鳳【大鳥】(おおとり)大社ー

じりじり ぱちっ じりじり

あたたかい…

暖色のオレンジ色の囲炉裏の周りにひいた藺草(いぐさ)の上の茣蓙(ござ)からの柔らかい香りが温もりをより一層優しくカナデの身体を包んでくれている。

障子を隔てた向こうから機織り機の規則的な音と囲炉裏の燈りでゆらゆらと長髪の女性のような人影がぼんやり浮かび上がる。

カタン カタン カタン カタン

此処は何処だろう…
だけど、まだこうして気持ち良い太陽の上で私は眠り続けたい…

カナデは目を瞑(つむ)ると十津川村に居た頃のぼんやりした記憶に足を踏み込んでゆく…

その日は7日という土から出てきて新たな命を育むための羽を摩擦することで奏でる熱い夏の蝉たちの合唱が何処までもどこまでも響いていた。
カナデは裸足でやわらかい土を踏みしめ、奈良・和歌山・三重にまたがる景勝地、瀞峡(どろきょう)の「瀞(どろ)八丁」と呼ばれる巨岩、奇石をたんたんと華奢な脚を山猿のようにバランス感覚に任せ降り、荘厳なコバルドグリーンの圧巻の美しさと荒々しく切り立つ断崖絶壁の中、神秘という概念を全身で吸収する。

息をのむような美しい流れ。
カナデは清流の流れをみているうちに、「3月3日」という雛祭においての昔からの風習でどうして親指を噛んで流血した血で自分の名前を書いた紙で作った小さな人形を川に流すのか、昔川遊びに一緒についてきてくれていた村のおばあちゃんに聞いたのを想い出す。『ひな遊び』。遊びだから、これはもともと儀式的なものではなかった。

朱肉。印鑑を押すときにあれは昔親指を噛み切ってその流血で自分の指紋を押し付けることで、「自分の印」、自分の片割れのしるしをつけた。朱(しゅ)。真っ赤だと戦死した者を想起させるし不吉である。だから、血のような波打つ躍動する鼓動には『朱(しゅ)』がつく。朱(しゅ)の肉(にく)。私たちは日頃の何気なく使うものが自分の血であり肉であることを知らずして言葉を使う。
女子は初潮(はつしお=潮の満ち引きの初まりの略)を迎えると健康に成長して、こどもが産まれるようにと身の穢れを年に一度落とすために、自分の片割れ、分身として紙の人形を川に流した。同様に、平安時代、紫式部がかいた『源氏物語』にもプレイボーイの主人公光源氏が御祓いをした人形を舟に乗せて須磨の海に流すという「流し雛」という記載がある。

「流し雛」。

その言葉だけを聞くと 流産? 早産? という悲し気なことが思い浮かんだ。
すくすく育たない子が生後まもなく亡くなったり、また遠野物語で揶揄されるような『河童(かっぱ)』。『河童』は遠野の伝承によると、科学的な言葉で言えば、アポトーシス誘導のシグナル伝達がいかなかった結果産まれてきてくれた子とされている。
人間の五本指ができる過程は一つの塊である手が、爬虫類のように水かきができ、アポトーシスと科学では呼ばれる自己細胞死のプログラミングのシグナルによって5本の指になるというものだ。
人間は生まれてくる前に、受精から魚類、両生類、爬虫類の進化の過程を経てこの世界に誕生する。
健やかに成長できるということはこれまた沢山の「生きるのではなく生かされている」奇跡の集合体といえる。
しかし、どこかでストップしたものを受け継いで此の世に産まれてくるのはそれまた素晴らしき確率の奇跡なのだ。「障がい」という言葉は大嫌いだ。どうして変えようもないなんの罪もないこどもと授かった親は世間から切り離されなければならないのか。
カナデの友達には脳性麻痺の女の子がいた。同い年で大きな病院に通わないといけないからと村を去ってしまった。一生懸命頭の中のことを伝えようとして叫び声をあげる彼女。彼女の母親はいつも泣いていた。カナデは村八分のような、そういうのが大嫌いな人間だったので四肢が不自由な彼女のもとに、いつもきれいな草花や渓谷で拾い集めた石を贈り物を届けに、彼女と母親のもとへもっていくのが習慣化していた。カナデの父親は世間体を重んじるあまり、彼女の元へ行くなとカナデをカンカンに激昂しても、カナデは彼女が同じ地域に居る限りはずっと贈り物を届けるのを続けた。

なんでわたしと一緒なのに、彼女を別者扱いするの?

カナデは差別や虐めというものが理解できず自分の信念はきっと相手が心から笑えるのであれば正解に決まってると自分ルールをたてていた。

話は雛祭のひな流しに戻る。
人形は流さないが灯篭流しというものが日本各地にある。これはあの世に逝った亡き者の魂を美しい灯篭の中のろうそくに火という「魂」を灯し、川に流すことで魂が清められつつも亡くなった後世も人生を歩めるように、清らかに流れてお行きなさいという祈りを捧げる儀式である。川に流す、川は海と繋がり、還るべき場所に穢れを落としながら魂は流れてゆく。

夏日が体をジリジリ焼く。カナデは平たい石をみつけては渓谷の清流に声を張り上げて旧暦を詠みあげながら12個投げ流してゆく。

「睦月(むつき)!如月(きさらぎ)!弥生(やよい)!卯月(うづき)!皐月(さつき)!水無月(みなづき)!文月(ふみづき)!葉月(はづき)!長月(ながつき)!神無月(かんなづき)!霜月(しもつき)!師走(しわす)!」

最後の12個目がパシャんっと4,5回水面を張力で跳ねて行くとキラキラ陽光を受けながら小石は川の流れに身を委ねるが儘流れてゆく。

そのときだ。上流川からシラサギでもないし、白鳥でもない、頭が赤く、黒、身体は白い大型の鳥がバシャバシャ悲鳴をあげ、溺れ流れてきたのである。

こんな暖かいところなのに鶴(つる)???ツルって渡り鳥なの???

カナデは目を疑う。が、目の前のツルは溺れ死ぬのは目に見えている。助けなきゃ、でも瀞峡の流れに入ると自分まで溺れ死んでしまう。

ちちち!

後ろを振り返るといつのまにかとっても可愛らしいシマリスが奇岩の上にぴょこっと現れていた。
またしてもカナデは自分の目を疑う。狸の子でもないし、狐の子でもないし、テンでもないし、ハクビシンでもないし、なんでシマリスがいるんだろう…!

シマリスはぴょんぴょん人間では不可能な水面の小さな岩を伝い、木とツタにぶら下がって溺れ流されているツルが絡まるように自分の小さな体でなんとかツルを引き留める。

ちちちぃ!

カナデに呼びかけるようにしてシマリスは一声あげる。
カナデは靴をはくと猛ダッシュで対岸にいき、バシャバシャ金切り声をあげるツルを小さな体全身振り絞って川原に引き上げる。

はあはあはあ

ゼーハーゼーハーする呼吸を整えながらもカナデはツルの受傷したところを確認すると翼が矢で貫通したかのようにパックリザクロの実のように裂けている。
カナデは自分の着ているTシャツをびりっとちぎると「けがしてる!動かないで!」と言いながら暴れるツルのけがの部分の止血をする。

ちちち ちちぃ! ちちちぃ!

何語かわからないが、シマリスはカナデの左肩にすばしこく登るとツルに向かって何か会話している。


くるるるぅ

ツルは目に涙をためながらも動きを鎮めカナデに身を預ける。

夕方くらいだろうか、家に戻らなければならない時刻になるとツルは「ありがとう」というようにくるるぅとカナデに一言いう。
カナデは帰らないと両親が心配するし、村に迷惑をかけてしまう。

「ここで傷が治るまでしっかり休むんだよ」

シマリスはカナデの左肩から離れない。

「ここから離れないの?」

カナデはシマリスに一生懸命声をかけるが、シマリスは一生懸命カナデにどこまでも引っ付き虫といわんばかりで、ココと名付けて一緒に暮らすことになった。

カナデは毎日学校から帰るとランドセルを放り出し、渓流のツルの様子をみにいった。数日後、ツルは回復したようで、ランドセルを放り出して駆け出すカナデの頭上に、きぃーーっと高く元気に旋回し、大きく有難うの飛翔をすると北の方角へ飛んで行った。

カナデはうとうとそんな小さい頃の思い出を回想しながら、旗を織る謎の姿に鶴の恩返しの昔話と重ね合わすのであった。

障子をあけたら絶対だめなんだよね

昔話をぼんやり反芻する。
あれ、でもなんでこんなところに私はいるのだろう。

カナデはだんだん目が冴えてきてゆっくり起き上がって部屋を見渡す。

あれ、朱雀は?


「朱雀ー」

小声でよんでみると、シマリスの姿に戻ったココがカナデの左肩からもそもそ顔を出す。

「ココ、そこで寝てたのね」

ココはうんと頭を縦に振る。

ココがいて、あれ、ここは本当にどこだろう。

「おきましたか?」

障子の向こうから女性の声が聴こえると障子があいて、白い着物姿の黒髪の女性がにっこりして現れる。
カナデは「ここは…?」と問う。

「鳳(大鳥(おおとり))大社の境内の中です。私は昔あなたに救ってもらったツルです。朱雀から聞いて寒い中倒れていたあなたをここで温めていました。囲炉裏には朱雀から頂いた古代米と山菜の雑炊とキノコのお味噌汁、山菜のお浸しを作ってますから、どうぞ召し上がってください」

おおとり…?なんで大阪と和歌山の県境の場所にいるのだろう。
そしてまさにツルの恩返し。でも飛鳥で自分の身に起こったことを考えるとなんだか不思議なことが起こっても、あまり驚くこともなくなってきた。

おいしそうにぐつぐつ煮立っている雑炊とお味噌汁をお玉ですくってお椀に注いで箸で頂く。雑穀の甘味が口の中に広がる。

「美味しい…!」

いつも個食【孤食】でジャンクフードばかり食べていたカナデは、『食べる』ことがこんなにも幸福であることを一口一口しっかり幸せの粒を噛みしめ、顔をほころばして咀嚼するのだった。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

いただいたサポートはクリエイターの活動費として使わせていただきます。