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第54話≪カイ χの章 ⑬≫【scapegoate】 ―依存【addiction】と共依存そしてエピゴーネン【epigone】―

僕は彼女と一緒にひとつになっている時も自分の裸に見えない服を沢山纏ってた。

僕は彼女と今日会う約束をしていたけど彼女の顔色ばかり窺って怖くて携帯を握りしめたままそのまま、彼女に何度もかけようとしてもかけようとしても最後の番号を打とうとするところで、いや、だめだ、待って、と僕を僕が止める。何時間も彼女の心のことをただただ一方的に考えて一人不安を増強させて、あ、しまった、繋がってしまった。彼女の声がスピーカーから聴こえる。

「○○君、どうしたの?」

「あ、あ・・今日会う約束してたけど…ちょっと体調が悪くて…」

「ありゃま。無理しすぎなんだよきっと。そっか。お大事にね。連絡、いつでもいいからね」

彼女の声をきくと物事は全て杞憂に終わりなんでもなかった。

僕は一人でいると寂しくて不安で誰かという自分以外のものに自分という存在を確かめてもらわなきゃ、常に僕という感情の『波』は荒波のように不安定になってしまう。

今日は彼女の声が朝目覚めてからまだ聴こえていない。
彼女は僕の知らない間、何しているのかな。自分の知らない異性と笑いあっている彼女の姿が僕の頭に浮かぶ。苦しい。僕の身体が彼女を求めている。僕の身体のもっともっと深いところにある『心』【mind】が彼女という僕の消えてしまいそうな不確かな存在を確かなものにしてくれる存在を求めて求めて体が自制が効かない。


《彼女に【addict/中毒】な僕》


「口さみしいんだ」

不良の僕がタバコを一本取り出して吸おうとすると彼女はどこからか現れて「めっ」と僕の唇に結わえたタバコをつまみだす。

「男性はね、寂しさや不安、苛立ち、情緒不安定な時、口さみしくなるのは何故だと思う?」

彼女は僕に尋ねる。そんなのわからないよ。僕の心【mental】が渇望しているからじゃないかな。

「小さい頃まだ、お母さんのおっぱいを吸っていた吸啜(きゅうてつ)行為に似せ【偽【ni】】た本能を安心させるものだから。女性は沢山甘いものを欲するの。それは舌にある味蕾という6種類(甘味、塩味、苦み、辛み、酸味、うまみ)あるうちの甘味を本能的に欲するの。これも幼児期のことをの行為に似せ【偽【ni】】た本能を安心させるもの。それからさらにいうと女性はストレスがたまると物を胃袋が弾けそうになるほど食べて食べて罪悪感から、指をのどに突っ込んでトイレに吐く。見た目の体形は全然普通、でも口腔内をみると歯が胃酸でボロボロに酸蝕症で溶けちゃってるの。それから大量に下剤をのんで下から出すとかね。これを摂食障害というの。摂食障害の原因はほとんどが親子問題。女性は胃袋に物を詰めると安心するの。『空腹が満たされる』ではなくて『胃袋』という空間を『心』【being oneself】に見立てて『胃袋という心を満たす』という相似で安心させる。だけど吐いたり、下剤の乱用でどんどん罪悪感の負のスパイラルは積もっていく。あと異食症といって、氷や泥ばかり口に入れ食べる女性もいるわね。背景には鉄不足やセロトニンの枯渇、女性ホルモンとの関連性も示唆されているけど多くは精神的なもの【脳内のバランスを崩した神経回路】が大きく関与してるの」

彼女は僕と同い年なのに歩く辞典の如くスラスラものをいう。

「じゃあ酒」

「お酒もだぁめっ!」

彼女は不良の僕の手から缶ビールを取り上げる。

「かえせよ!」

僕はすさんだ目で彼女を睨みつけ横領しようとする。彼女は僕の顔に自分の顔を近づけて柔らかく無邪気に笑う。先ほどまでの僕の怒りやねちねちしたどす黒い感情はすぅっと消えていく。

「お酒に含まれるアルコールについてのお話をするよ。神経単体を剖出(ぼうしゅつ)してきたものに高濃度アルコールをかけるとその神経は『即死』する。鈍感、鈍麻っていう言葉あるでしょ。人間の中にはね、受容体(receptor)という鍵(アゴニスト、アンタゴニストetc.)と鍵穴のような関係で結合する体内のものに結合し、脳内に快楽の回路を構築する。その受容体という鍵穴は数はアップ(up)or ダウン(down)レギュレーション(≒脱感作)といってどんどん数が増加したり減少していくの。あとオートレセプター(自己受容体)というものがあってこれは体内にある自分の身体自身が産み出す神経伝達物質とかをパクパク食べちゃうの。こういうのも手伝って、お酒もたばこも覚醒剤のようなドラッグ【drug】も、もっともっととなる。気づいたときは致命的な量になって幻覚や意識朦朧、ドーパミン系神経回路や報酬系の回路のバランスがおかしくなって、最悪の場合死に至ることもあるわね。お酒を飲むとハイになるその感覚は覚醒剤で気分がハイになる、つまり脳内快楽物質ドーパミンやエンドルフィンなどの放出を促し、”回路”が脳の中に構築されるの。それで、お酒・タバコ・ドラッグ・買い物・ギャンブルその他、≪快≫と脳が感じた出来事が依存・中毒対象になりやめられなくなる。そのひとつの対象物をやめたとしても別の代替になる自分の快という脳回路が欲するものを埋め合わせてくれるものを探してまた別の依存・中毒、≪addiction【アディクション】≫へと嵌(はま)る」

あどけない顔をした彼女はまるで博士のようにスラスラ僕の知らない、理解できない言葉を羅列していく。

「性行為とかは、妊活時以外で”快楽”が絡んでいるとき、ヒトの体温【ぬくもり】を直に感じて孤独や寂しさを埋めるから性行為依存症が最も怖いかな」

声を潜(ひそ)めて彼女は穢れたもので見るように僕を一瞥する。

「じゃあ…僕はキミ依存症か」

どこまでも無邪気であどけなくて純粋で天真爛漫で穢れなき存在だからこそ、その180°違う存在の様にしか感じられなかった僕は孤児院でいつも独り不貞腐れて、不良でやさぐれていたけど、彼女はいつも一輪の小さな花や飴をもって僕のところに来ては一言二言喋ってくる。彼女が羨ましくて堪らなった。憎くて堪らなった。何処までもどす黒い僕と正反対な彼女は真っ白。

僕はいつからか夢の中で彼女を「犯す」ことに快楽を覚えはじめていた。

まだ性の開花すら早すぎた穢れなき彼女を暴力的で破壊的などす黒さで染めてしまうこと。想像するとむくむくと僕の中にあるsadismが巨大化していく。そんな共謀な鬼を内心に顰(ひそ)めていても彼女は無邪気に僕に語り掛けてくる。

「うざいな。鬱陶しいからあっちいけよ」

本当はずっとそばにいてほしいけど、シャイでストレートなものの表現でなく遠回しな残酷に傷つける言葉でしか僕は僕という複雑な鎧をかぶった自己を守る術(すべ)を知らなかった。
本当は大好きだったなんて、信じたくもない自分が心の中にはいて、でもずっとあどけない可愛らしい顔でいつも


      『  ねぇ、どうして?  』
     《     ―Why?     》

と彼女は怒涛の感情の『波』に戸惑う僕に話しかけてくる。

病弱な彼女が体調不良で話しかけてくれない日は僕はそわそわ落ち着かなかった。体よりももっともっと奥深いところの僕が彼女を求めていた。
これは何という感情なのだろうか。
幼すぎた僕は恋愛というものを認めることもできなかったし、彼女を「壊す」ことを想像すると快楽の波に繋がっていく。いつからしか、彼女を性的な目でみていた一人の僕が僕の中には存在していた。

ああ。
神様。
この感情は一体なんでしょうか。

孤児院のピアノの鍵盤を連打する。指が痙攣するほどピアノの鍵盤一つ一つを彼女の一部と置き換えて指で凄まじいスピードで僕は彼女を自分の思うが儘に演奏する。

本当にこれでいいのか。

鍵盤を叩きながら僕は歌声を張り上げる。僕の魂が《キミ》を求めている。助けて。誰か、僕を止めてください。

気づいたら体調不良で寝込んでいる彼女の寝室に忍び込んでいた。彼女らしく真っ白な箱のような部屋。
安らかに眠る彼女の顔はどこまでも幼く僕の心を掻きむしる。彼女の寝息。

僕は静かに泣いていた。

僕はあのときから彼女という存在に《依存》していたようで、だけど今は《依存》ではなくて別のような感情で彼女という対象を受容する自分がいる。
彼女という大海に溺れ、彼女なしでは生きていけないというどこまでも頼りない僕に平気で優しい嘘をつく彼女は優秀さのあまり孤児院からお偉いさんに連れていかれてしまった。僕も彼女の後を必死に追い、自分の持つ武器は音楽しかなかったから、彼女にもう一度巡り合う為、それが本音なのかもしれない、トップスターになっていた。だけど、僕が欲しかったのはそんな地位でもなんでもなく、僕という心の奥で寂しがって不安で泣きじゃくる小さい頃から成長せず時【刻】が止まったままの幼く独りぼっちの僕をありのままの姿で心の奥から抱きしめてくれる対象、彼女という存在が欲しかった。

彼女は再会してからこう僕にお守りの紙をくれた。

《XX君へのお守りメッセージ》
・『関係』というものはお互いの気持ちという球のキャッチボールで育てていくもの
・生産性であろうとしない
・ありのままの自分でいい
・まちがえてもいい。まちがっても素敵なことだと胸をはる
・疲れたら休む
・自分以外の評価や顔色を窺わなくていい
・自分と自分以外の間に見えない境界線をひいてみる
・主語は「I」で自分の感情を言葉にしてみる
・自分は自分。相手は相手。自分の感情は相手に左右されない。自分の感情は自分の感情。相手の感情は相手の感情。
・自分の境界を犯す人間や事象などの嫌なことにははっきり「No」という姿勢で関係を断つ
・Seeing is believing. Believing is seeing.

ああ、僕の中の親に虐待され、社会からも切り捨てられ完全に自尊心というものをぺしゃんこにされた自尊心の低い幼き僕は今から僕という大人の僕という存在がしっかりこの大きな手のひらで育ててゆく…


彼女はどうしてここまでも僕にとっていつも救世主【メシア】なのかな。

「ねぇ、涙は何故流れるのかな」

またキミは無邪気に僕に問う。どこまでもあどけない顔で。僕がキミを漆黒の闇よりも残虐な色で染めたあの過去を知らぬようにどこまでも澄んだ瞳で穢れなき心の儘で…

未だ何知らず平気で優しい『嘘』をつくキミの姿をみているとまるで、檻の中から必死に外の広い世界に自由に羽ばたこうともがいている自分自身の姿をみているようだ。

彼女=キミはもう一人の僕《エピゴーネン【epigone】》なのかもしれない…

僕もキミも自由に生きることを知ろうと今もがいている。
そんな風に僕は思う。
暴力的でサディストという病的な人間には暴力を受けることで依存するマゾという病的な人間が強い磁石の様に引き合う。これを共依存っていうのは知っている。暴力的な人間に殺されることでしか依存する人間は自由になれる術はない、あるいは共に心中を図るという恐ろしい心理現象だ。だけど、日本だけでなくこの全世界にはこの『共依存』のパターンから抜け出せない人間があまりにも多いなって僕自身思う。人は生き物としての尊厳があり、所有物ではない。

今の僕とハルはお互いのありのままの姿から一歩一歩自由という『理想郷【Arcadia】』に近づいているってわかる。
ハルはきっと僕に壊されたときのショックは胸の奥で凍結させてまで再会を赦した。
ハルはおそらく物凄く僕という存在を忌み嫌っていたと思う。これは僕の憶測でしかないが。
でもどうしてあんな酷いをした僕とまた逢ってくれようと心構えしてくれたのだろうか。
不思議だ。
優しい。
涙がまた溢れてくる。
今度はキミの優しさに触れた証(あかし)の涙。
だけど、孤児院でのそのままの純粋で穢れなき存在のままで居続け自分という存在を射貫くキミを僕は傍で愛し支え続けていきたい…

「こども」が「こども」を産む社会からの脱却だ。僕らの試みは。

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