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第56話≪カイ χの章 ⑬≫【scapegoate】~幻夢Ⅳ~ ―《鶍(いすか)の嘴(はし)》この世で最高刑は生きて罪を償っていくこと―

僕は真っ白なシンセサイザーを弾いている。
そして亡き母さんから譲り引き受けた歌声で僕の歌を唄う。
グリッサンド。
音程が決まっている小節、僕は鍵盤という人生の布石という音程を階段を一つずつ着実にstep by stepして次の音程に移行する。
ポルタメント。【Portament】
連続的にアナログ的に繋がった形で周波数変化させて音程を滑らかに移動する機能で、この世界の歪な段差を僕はスロープに変えてバリアフリーにする。
S&H(sample&hold)。
LFOの波形は正確にはモジュレーション信号。noiseをあえて加工せずに使ってみるとnoiseがさらにグワングワンと揺さぶられ「銀河」のような音になる。僕は銀河の星々の中を走る蒸気機関車にのりながら真っ白い鳥の形をしたサブレを口にしようとすると、サブレは白鳥に変身し、窓から白鳥座の方向へと雄大にどこまでも純白な翼を広げ飛翔していく。
noiseとオシレーターの音をミキシングすると荒れ狂う嵐のnoiseの洪水で僕の鼓膜は突き破られそうな疲れる激痛との闘いになる。銀河鉄道も太陽風からくる凄まじい気流で車輪からは火花という隕石の自然発火の連続だ。

定まらない音程。定まらない僕の人生という軌跡。
過去。現在。過去。未来。過去。今。過去。そして未来。
躍動する脈。揺さぶられる僕の思考。
音程の定まらないランダム音は社会に切り立つ僕らを阻み拒絶しようとする同じ種の人間たちからの『波』。
僕の波長は段々不安定になりそうだ。

「カイ君」

ハルの声がする。

…ハル。ハル!どこ?ハル!

僕は一生懸命叫ぶが『声』が出ない。脳内にハルを求めて必死に叫ぶ。

社会から押し殺された『声』と影。
光が当たれば影が僕のもう一人の僕になって僕に何処までもついてくる癖にだんまりだ。

ハル、ハル、ハル…

「カイ君」

僕は銀河鉄道の蒸気機関車の窓から勇気を振り絞って無重力の空間に『飛び降りる』。

死の恐怖はなかった。近くでハルの存在を感じていたから。

後ろから柔らかくて暖かい存在に抱き寄せられる。

……あ

僕は触れられる。細くて白い肌の両腕で僕は柔らかいからだに抱き寄せられる。吸い寄せられる。
後ろを振り向きたい。『キミ』は今どんな表情をしているか知っているけど直にみて確認したい。だけど僕の首は金縛りにあったみたいに動けない。僕は絶対に触れてはいけない『キミ』。

湿った吐息がぼくの首筋にかかる。僕はたじろぐ。いけない、だめだ、キミを壊してはならない。

「大きくなったね」

妖艶な声は僕をぞくりとさせる。
僕たちの周りに四分音符や八分音符、さまざまな音楽記号が取り囲み僕の『歌』で踊っている。

僕は触ってはいけない。『禁断の果実』に。エデンの園で僕らは約束した。『林檎』を食べてはいけないと。

僕たちはくるりと回ってまっさかまになって宇宙の時空を漂う。華奢な腕で僕に絡みつく『キミ』。
落っこちないように離れないでね。
僕は声にならない『声』で『キミ』に伝える。

『キミ』という存在は僕の生命線。

ギターの弦をメジャーコード、マイナーコード、セブンスコード、どんなコード進行でかき鳴らしこの状況を伝えようか。

耳元で愛らしい声で何処までも無邪気な『キミ』は僕に言う。

「ねぇ、逆さまになった私たちを地球が見てるよ」

本当だ。逆さまになった僕たちの目の前には何処までも蒼いXXX【セカイ(not_三倍体)】が僕らを優しく見つめている。

「私たちは沢山の奇跡の集合体なんだよね」

うん。と僕は脳内で答える。
僕の身体に回している『キミ』の腕に触れないように僕は両腕を必死に万歳の姿のように逆さまの姿のまま上げる。背中全体に『キミ』の温もりが僕の心臓をおかしくする。嫌だ。いけない。
きっと『キミ』は僕は何をしても『襲わない』から、安心と信頼しきってそのような『ありがとう』を体全身で表現してくれているんだって。だけど、ああ、もう気が狂いそうになりそうだ。

『キミ』がこんなに好きなのに 
『キミ』をこんなにも愛しているのに
僕は決して触れてはいけない宿命

それなのに『キミ』は愛らしく小さな掌で僕の両目を目隠しして「鬼ごっこ」と耳元で甘い声で囁く。

苦しい。苦しくてたまらない。神様。どうして、いや、どうしたら。せめて僕のこの『欲望』を、『本能』を炎で焼き尽くして埋葬してください。

僕は懇願する。嘆願する。

目の前には碧(あお)い僕たちが産まれ流れ着いた惑星が僕たちの戯れの行き先をしっかり見守っている。
僕の両目から涙が溢れる。
どうして、これほどまでに愛している人に触れたがるという気持ちと葛藤が出てしまうのだろう。傍にいてあげると誓った近づきの印が砕け散るのが僕は何よりも畏れ、そして一方でもっと『キミ』の存在に深く深く介入したがる。

「カイ君、悲しいの?」

訝(いぶか)しげに何処までも純粋な心の持ち主は僕に問う。
ああ、やっぱり『キミ』の声だ。

これは《依存》ではない。でも『キミ』のことがこんなにも胸が破裂しそうなくらい、様々な感情がマグマの様に溢れ出してくる。お願いします、誰か、誰かこの呪縛から僕を解放してください。止めてください。

「カイ君。カイ君ならできるよ。わたし知ってるよ。カイ君優しいってこと」

『キミ』はいつも平気で笑って優しい『嘘』をつく。

ごめんと本当は僕は『キミ』に一生をかけて償わっていけない。『キミ』を「犯した」大罪を。

どうして『キミ』は真実を知りながらもまた再会を受け入れてくれたんだろう。もう一人の『僕』。僕の中に潜む《破滅的な僕》。

僕でないけど僕の一部。

それが命の恩人であり亡き母さんの生まれ変わりの存在を「犯した」事実。

あの頃にもどりたい。いや、戻ってもおそらくこの事実は変えようがない。あのときの僕の記憶はずっぽり抜け落ちているが、もう一人の僕は意識が戻った瞬間、自分の身に何が起き、目の前に下半身から一筋の血を流して床の上に倒れている、か細い体全身を震わせがら孤独の中すすり泣いている『キミ』の身に起こった恐ろしい事実を知った。

僕は生きていてはならぬ者だ。
だけど、神は僕を生かした。
そして、またこうやって『キミ』というハルという女性に巡り合う。
何の因果だ。苦しくて堪らない。どれ程謝っても刑罰を受けてもどんな地獄よりも最高の処刑内容は『過去の『僕』という容れ物に存在する複数の中のうちの攻撃的で破壊的な僕』が僕という統合人格がただ一人亡き母さん以外に心を打ち解けられた異性を、幼馴染という愛する『キミ』へ合意なしに…


「わあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

宇宙空間という真空の中、号泣しながら声にならない声で僕は絶叫し続ける…

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