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第47話≪カイ χの章⑩≫【scapegoate】 ―Seeing is believing. Believing is seeing.―

「さて、今から出発だけど…」

フード付きのコートをかぶってちょび髭に黒ぶち眼鏡、それから特殊メイクとやらで画像認証技術もすり抜けていくすっかり誰かわからなくなった姿に変身した僕の方向へハルは威勢よく振り返る。

「カイ君。これはね、私からのカイ君への特別お守りメモ!全部クリアしようとしなくてもいいから少しづつ少しづつ意識してみるともっと素敵なことが起きるかもしれないと思って心にとめておいてね」

「…お守りメモ?」

「うん。大それたことはなくて、これは衣食住をしばらく共にする私からのカイ君へのメッセージ」

変装用のちょび髭が痒くて口元を掻きながら、きょとんとして僕はハルからもらった可愛らしい便箋を手に取る。ハルの人間性が滲み出た整った綺麗な字が並んでいる。

《カイ君へのお守りメッセージ》
・『関係』というものはお互いの気持ちという球(たま)のキャッチボールで育てていくもの
・生産性であろうとしない
・ありのままの自分でいい
・まちがえてもいい。まちがっても素敵なことだと胸をはる
・疲れたら休む
・自分以外の評価や顔色を窺(うかが)わなくていい
・自分と自分以外の間に見えない境界線をひいてみる
・主語は「I」で自分の感情を言葉にしてみる
・自分は自分。相手は相手。自分の感情は相手に左右されない。自分の感情は自分の感情。相手の感情は相手の感情。
・自分の境界を犯す人間や事象などの嫌なことにははっきり「No」という姿勢で関係を断つ
・Seeing is believing. Believing is seeing.


一通り眺めてハッと僕は何か心を大きく揺さぶられる感覚に襲われる。
境界。
夢の中でも《キミ》は何度もその言葉を口にしていた。
何だろう…この気持ち…

「思いつた事だけさっと書いたけど少しずつ少しづつ階段を私と一緒に登ってみようね」

ハルはそういってにっこりすると、ドアを開ける。いい天気で太陽の光が度数の入っていない眼鏡のプラスチックを通して僕の瞳孔を収縮させる。

三毛猫ミケはハルに僕が何か浮ついて変なことしないか監視役で一緒についていくとの一点張りだったが、魔界とやらに緊急裁判の御呼出(およびだ)しとのことで、完全に僕とハル二人だけのデートだ。まるに一緒についてきてよと懇願してもまるは家事をするから、二人でいってくるんだよと何の思惑か僕は人生で初めて好きになった女性と人生で初めてデートというものをすることになってしまった。
冒険とは違う。心臓がどきどき爆発しそうだ。
だけど、ハルからもらった不思議な《お守りメッセージ》にかかれたことが全て僕の心の奥の鍵穴をあけていくような感覚に襲われる。

「よし!いくよー!」

ハルは僕の手をとり外へ飛び出す。僕は慌ててハルからもらった便箋をコートのポケットに大切にしまう。
「ハル!ぼ、僕やっぱり心の準備が!」

「カイ君!ありのままのカイ君でいいの!まちがってもそれがいい!私たちは今日こどもに戻るの!」

ハルの体温が僕の掌を伝って僕の全身を熱くさせる。ハルの何処までも優しい言葉は《ぼく/僕》の心の奥の小さな《ぼく》までも安心させてくれる。

僕の心の奥の《ぼく》。いつも震えて怖がりであたふたしていつも複雑な仮面と鎧と壁を作り裸になれずにいつまでも、《ぼく》をおんぶにだっこしてくれる人をどこかで探し続けながらも、もう一人の《僕》は老いて疲れすぎて諦めていて攻撃的になっていた。どれも《ぼく/僕》だけど、どの《ぼく/僕》もこのハルという女性には心から打ち解けるとても不思議な人だった。

階段を駆け上がる。
「カイ君‼私のお気に入りの場所に行こ!」

僕の手を暖かくも優しく引っ張るハルは身長が30㎝くらい僕の方が高くて、歩調が僕の方が早くて間違ったらハルを抱きしめてしまう距離感なのに、まるでうさぎのようにころんころん童心に戻ったように、柔らかい薄紅をひいた桜舞い散らせる笑顔で僕を見上げる。

愛おしい…

「うん!」

こんなに無邪気にも誰かと遊ぶなんてもう何十年ぶり?


《終わらないで 《ぼく/僕》のつかの間の時間》


ハルは速足(はやあし)気味だけど、歩調を合わせて僕はゆっくり。両端にドイツの人びとが笑顔でハルと僕にドイツ語で挨拶してくれる。世界は…こんなにも明るくて綺麗なものだったんだ…


《お願い 消えないで 《ぼく/僕》の大切な現実》


少し涙腺が緩みそうな僕はハルと笑いながら異国の街を駆ける。

幸せだ…

天国の母さんは今の僕の姿をみていますか?


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