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タクさんのヒカリの花

あるところに、タクムという青年がいました。
タクムはずっと、自分には何もないと思っていました。
何のとりえも、才能もない。
心を許せる友達もいない。
ないないずくしの人間だ、と思っていました。

大学に入学したての同級生は、サークルやアルバイトなど新しい生活をめいいっぱい楽しんでいる様子でした。

「僕なんて、この場所に居て良いかさえも自信がないのに。。。」
タクムが同級生をぼんやり眺めていると、
年をとったおばあさんが話しかけてきました。
「おにいさん、ヒカリのタネをもっていますか?そのタネからはとってもきれいな花が咲くらしいんだけど」
「・・・持ってませんよ」
「良かったら探してもらえませんか?病気の孫の部屋にヒカリの花を飾ってあげたいんです」
「良いですよ!でも、どこを探せば良いのですか?」
するとおばあさんは、方位磁石をタクムに手渡しました。
「これは魔法の磁石です。この磁石がさす方へ探しに行ってください」

タクムのヒカリのタネを探す旅が始まりました。

成功の世界

方位磁石がさした方を歩いて行くと階段がありました。
それは、成功への階段でした。
階段を昇った先には、ビジネスで成功してお金と自由を手に入れた世界がありました。
タクムは一歩一歩階段を昇りました。
成功するために、毎日努力を続け、1年後、とうとう成功の世界へたどり着くことができました。
大学生にして毎月、十数万円以上の収入を得ることができるようになっていました。
しかしそこは、周りには気持ちを共有できるような友達もいない、寂しい世界でした。
タクムはそこでお金のようにキラキラ光るタネを見つけました。

おばあさんの元へ急いで戻りましたが、ヒカリのタネは成功の世界を離れたとたん、黒色に変わってしまいました。

タクムはがっかりしておばあさんに報告しました。
「それは、本物のヒカリのタネじゃなかったんだね。もう一回、磁石の方角へ歩いてみてごらん」

思い出の世界

次に磁石がさした方向は、タクムの心の中でした。
タクムは目をつぶって、自分の心の中へ入っていきました。

それは、思い出の世界でした。
剣道の思い出の世界でした。

タクムは幼稚園から高校卒業まで、ずっと剣道を続けていました。
最初は練習が楽しかったのですが
小学校の大会で優勝して、
ずっと勝ち続けるようになると
だんだん剣道が嫌いになっていきました。

才能がある、と
大人がタクムに期待するようになっていったのです。
練習も厳しくなって
試合に勝つのが当然で、
負けると、ものすごく怒られるようになりました。

剣道がどんどん嫌いになっていったけれど

「きっと親はやめさせてくれない」
「何を言っても無駄だ」
とか
「剣道をやめてしまったら
自分には、何の価値もなくなってしまう」
という恐怖がわいて

自分の気持ちを押し通す勇気もない、
諦め癖がついてしまったタクムがいました。

嫌々ながらずっと続けていた剣道の世界には、優勝トロフィーのようにキラキラしたヒカリのタネがありました。

タクムはおばあさんのところに戻って、報告しました。
「剣道はあんまり良い思い出じゃなかったし、自分の嫌なところが目についちゃいました。」

おばあさんは、優しく笑って言いました。
「嫌な思い出や嫌いなところは、あなたにとって大切なものなのよ。傷ついた分だけ、人に優しくなれるし、自分の嫌いなところと向き合って、成長していくことが大切なんだから」
「ヒカリのタネを見せてごらん」
タクムはおばあさんにヒカリのタネを見せました。
ヒカリのタネは、また黒い色に変わっていました。
「良いことも、悪いことも、たからもの、全部ありがとうってタネに話しかけてごらん」

タクムは手にしたタネを見つめて言いました。
「良いことも、悪いことも、たからもの、全部ありがとう」
すると、黒色のタネは透明な涙色に変わって、すっと手の平から消えました。

未来の世界

次に磁石がさしたのは、未来への方角でした。
タクムは未来へ向かいました。

病室の前にいる未来のタクムを見つけました。
未来のタクムはヒカリのタネを見つけられず、手ぶらのまま、おばあさんの孫が寝ている病室の前にいるのでした。
病室にいる女の子の顔色は悪く、浅く早い呼吸を繰り返していました。
「初対面でなんてあいさつすればよいのかな」
「全然タネを見つけられなかったこと、正直に伝える勇気がないな」
結局、病室に入ることもせず、タクムは帰ろうとしています。

自分のことばかりを考え、女の子のために一歩を踏み出せない自分を情けなく思いました。
タクムは心の底から
「ヒカリのタネを見つけたい!」
と思って、未来の世界を後にしました。

もう一度!

成功、思い出、未来の世界へ行ったけど、見落としてる部分はなかったかな?
タクムは自分が旅した世界をもう一度思い出しました。
思い出の世界にキラッとした瞬間があったことを思い出しました。

タクムはもう一度、思い出の世界へ向かいました。

剣道は嫌な思い出が多いと思い込んでいましたが、わずかですが光に満ちた時間がありました。

それは、タクムが仲間と「充分」と思えるまで、ひたすら打ち合いをする時間でした。
この時だけは、剣道を心から楽しみ、時間が過ぎるのも忘れて打ち合いに没頭していたのです。

力も互角、
お互いを知り尽くしている関係の中で、
ほんの一瞬を逃さずに技を繰り出す、
よける、
それは、
言葉を必要としない時間でした。

相手の気を感じて、
自分の気で動く濃密な時間は、
言葉や思考の先にある魂で
相手とつながったような
なんとも言えない一体感がありました。

光に包まれた時間の中で、タクムは大切なことを思い出しました。
「何にもできないって思っていたけれど、そんなことない、僕はすごい力を持っているんだ!」
「集中力、瞬発力、忍耐力、全部持ってるじゃないか」
「言葉がなくても僕は、人の心とつながることができるんだ!」
タクムを包んでいた光は、タクムの中へ吸い込まれ、
いつの間にかタクム自身が輝きだしました。
体中がブルブルとふるえ、力に満ちた感覚がありました。
「これだ!」
と思いました。

タクムは、自分の中に光る、ヒカリのタネを見つけたのでした。

タクムのヒカリのタネ

心にヒカリのタネを見つけたタクムは思いました。
もう僕は、何も恐れない。

これからは
違うと思ったら、違うと言おう!
違和感を感じたら、声を上げよう!

誰かが悲しんでいると思ったら、手を差し出そう。

目の前の人の笑顔を僕は守れる人間だ。
苦しんでいる人を助ける人間だ。

重たくて、冷たい雰囲気を、僕は明るく、軽く変える。

誰かの本音も受け止める。
自分の本音も、本気で伝える。

僕は、誰かを幸せにすることを絶対に諦めない人間だ!

タクムは、ヒカリのタネを胸に、現実の世界へもどりました。

病室にて

青白い顔をした女の子に、あいさつをしました。
彼女が元気になるために、タクムは何事も惜しみません。

心からの笑顔で、タクムは言いました。
「絶対元気になるから、安心してください!」
「僕があなたを元気にさせますから!」

タクムは心に咲いたヒカリの花をリボンでくるんで、病気の女の子にプレゼントしました。
そばにいたおばあさんも、女の子も、顔色が一気にバラ色に輝き、こぼれんばかりの笑顔になりました。

「タクムさん」
「おにいさん」
「ありがとう!!」

もう、タクムは何のとりえもない、ないないずくしの青年ではありません。

タクムは、心にヒカリのタネをもった勇気のある優しい心の青年になっていました。


あとがき

書いても、書いても、
もっと良い言葉がある気がして
もっと良い構成がある気がして
いつまでも満足できなくて
こんなに書き直したのは初めてかもしれません。

4月から社会人になるタクさんの人生の歴史に
タクさんのために本気を出し尽くした大人がいたっていう事実を刻みたかったのです。
最高の物語が書けなくても
この物語に力を出しきろう、
と思って書いていました。

自分の文章に満足できなくて遅々として進まない毎日。

そんな私に
タクさんは勇気が湧く言葉をたくさん送ってくれました。

「青い鳥」の本が読みたくなったら息子が協力してくれました。

学校の図書室にはなかったのですが、
司書の先生がどこかから見つけてくれて
こっそり息子に貸してくれました。

タクさんをはじめ、いろいろな人が協力してくれて
私は物語を書くことができました。

何度も書き直して、
やっとできあがりました。
本当に嬉しい。
本当に
みなさんに感謝しています。

私の経験を言わせてもらえば
社会人になってからが人生キツイ。
想像を絶する
辛いこと、苦しいことが大人の世界にはある。

そんなとき、この物語がタクさんを守り、前に進む力を与える存在になれたら良いな、と思っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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