記憶の行方S11 小さな出来事 REC

「君の脚本はくだらないよ!会話が特にね。」

昨日は、仮の脚本を4本書いてディレクターに提出したら、くだらないの一点張り。「校正してこいよ。」今回も原稿不採用。ごっそり、ゴミ箱へ捨てられた。

(くだらなくない、面白い話って何だろうなぁ。くだらない。この上なく下らないことを思いつけ、思い描け。)

そんなことを考えて帰っていたら、電柱にぶつかった。

12月も初旬、街はクリスマスムードで、しゃんしゃんしゃんしゃん、BGMがいたるところで、鈴の音がなり、いちごのショートケーキがやたらと輝いて見える。しかし、その輝きが憂鬱、何やらカップルでイベントしなくちゃいけないような雰囲気の中、まるでそんな予定もなく、仕事をしていた。

バンマスにスタジオに呼ばれたのは、次の日の11時だった。

(もう、お昼じゃないの?声、出るかなぁ)と気になりつつ、

制作部でバンマスの彼女がやって来て、コーラスに加わった。誰が見ても可愛らしいセミロングのくるくるパーマ、少し濡れたような黒髪。そして、全体的にふくよかな人。穏やかで、怒らないんだろうなぁきっと、と、バンマスの彼女は歴代見て来たが、毎回、お目目ぱっちりの胸元は豊満な人ばかりだ。

(懲りない人だなぁ)

バンマスは彼女が出来ると急に清潔になる。彼女がいるかいないか、すぐにわかるね。しかし、もう、スタジオに根っこ生えてるんじゃないの、ていうか、待ってて欲しいだけなんじゃないの、などとスタジオ外の待合室で待っている出番待ちのミュージシャンたちは話しながら待っていた。

「違う!こう、リズムこう!」

練習開始、地声で歌ったら

「違う、ファルセットで歌って欲しい。」

ひとまず、ダメだしされ、練習開始。待ちの時間は長く、眠い。いきなりダメだしをくらい、むっとしながら、落ち着け、落ち着けと、全くやったことがないけれど、テルミンなどやったような風な仕草で音を出して、12時まわったあたりにRECが始まり、14時過ぎにOKテイクが出てようやく終わった。エンジニアも眠気が限界になり、一旦終了。

「やばいね。体が斜めになりそう。」

制作部の一人は男性で、バンマスのマネージャーでもある。5年は変わっていない。

「お疲れ様です。」

と、最後に挨拶するマネージャーのおかげでこの場が成り立っていると思っていた。

確かに平行感覚を失くしそうだと笑うしかない状況で立っていた。1日寝たら、復活するだろうか。明日は10時から仕事。

キーボード室へたどり着いて、

郵便ポストに映画やドキュメンタリーを撮っている友人から上映のお知らせが届いていた。わたしには自分の作品と思えるものは、何一つない。フライヤーを見つめて、何ものにもなれないもどかしさが渦巻いていた。

とにかく疲れていて、スタジオ近くのミスドでコーヒーをおかわりし過ぎて、眠いはずなのに、眠れない。しかし、疲れている。

電話がなった。バンマスからだ。

「お米持ってきて欲しい!」

「REC終わりました。お疲れ様です」

「俺は今、すごく傷ついた、傷つけたんだから、なぐさめて。お米持って来てーお米ー」

母の実家は、米屋なので、アルバム制作に入る初日に、バンマスに米を一度送っておにぎりを差し入れたことがあった。

「お米でなぐさめられるって、何でしょうか?」

「彼女とは、別れたから。」

「そうですか、ご愁傷様です。」

「慰めて欲しいのーお米が欲しいー」

「今どき、コンビニにもありますよ」

「もっと、傷ついた!傷ついているの。Kへの愛を俺に分けてよ。ナイチン・ゲールでしょ。」 

Kさんは、わたしと関わり出してから、健康的になった。モテるようにコーディネートして欲しいというのだから、まず、歯医者に行ってもらい、歯をクリーニング、靴、服をコーディネートし、髪や眉のカットへ行ってもらい、最後に眼鏡を変えるということを行い、すっかり、垢抜けた。出版社に入り、仕事も順調で、高齢の社長の代理となり、27歳の編集者と付き合うようになった。

「好きな人が出来た。彼女のことを幸せにしたいと思う。」

「もう、わたしのことが好きではないんですね」

電車のホームで、立ち尽くしたまま、泣いていた。

ホームで泣いてしまったわたしを見て

「君は素直だね、でも、まだ、ちゃんと恋愛したことないでしょ。恋愛しなよ。」

と、Kさんは笑った。

曖昧な関係の5年間が終わり、無法地帯で夢は、やぶれた気分で、駅前に降り立ったら、駅構内に住み着いたサバトラのネコがニャアと迎えてくれた。猫好きには、愛想振りまくネコなのだが、ひとまず、もふもふ触って、写真を撮り、一人で食べるには多いぶりの切り身を4つ購入し、キーボード室へ帰って来て、ぶり大根を作って食べ、日本酒を冷酒で呑んだ後、一週間が過ぎた。仕事以外に何も考えたくない時期に電話とかね、一切出たくないんですよね、と、大声で言いたいところだったが、バンマスだ、立てろ、と、一瞬の無言のうちに、次に何を言うべきか考えていた。

スタジオ内では、わたしのご飯を食べると出世するらしいとまことしやかに囁かれていた。別段、わたしが作ったご飯を食べたから出世したわけではなく、もともとの素養があった方が偶然うちでご飯を食べて、その後、居るべき所へ行った、それだけのことだ。

「……何言ってるか、よくわからないです。大体、バンマスは、いつも、お目目ぱっちりの肉感的な方がお好きでしょう?」

「そうなんだけれど、お目目ぱっちりは、自意識が高いんだよ。俺は上手く行かないと、最近気づいた。細身だけれど、白い太もものむちむちした感じが好きなんだよ」

「下品です!何言ってるんですか?見たことないですよね」

「え?褒めてるよ。大事な事だよ」

「白いとか見たことないですよね。」

「あのね、真面目過ぎるよ。もっとさ、こう、なんていうかさ、男女にキビっていうものがあるでしょ、男女のさ、あれこれを楽しんだ方がいいよ」

(男女のあれこれ?)

彼女と別れるたびに、制作部の女の子は、変わっていった。バンマスは、半径50センチ以内の女性には、手を出す。何度も見て来た光景。うんざりだと思った。

(いつもメロディーメーカー、尊敬しています。でも、すみません。全く好みではないんです。)

と言ったら、二度と仕事が来なくなるんだろうか……、一瞬言葉に詰まり、実際に、一度もそんな気持ちになったことがないので、男女のあれこれとか言われてもね。とにかく電話をきれいに切りたい、と、思っていた。

「そうですね。お勉強させていただきます。お米は、後で送ります。明日は仕事が早いので、失礼します。」

わたしは静かに電話を切った。

後日、某レコード屋でアルバムを見かけたけれど、聴かなかった。アルバムの中から、次の世代に残したい100曲の一つに選んでくれた店長さんがいて、それは嬉しかった。制作部からサンプル盤が届いたが、聴き返さなかった。自分の声がいいとは、一度も思ったことがない。ヨーロッパ帰りの酔いどれさんのオリジナルアルバムは、海外から逆輸入されて店頭に並んでいた。非の打ち所がない、圧倒的にかっこよかった。

(わたしには、何がある?)

一眠りした後に、携帯の電話がまた、なった。

わたしは勢いよく

「お米はスーパーにあります!」

と、言ったら

「知ってます」

と、返事が返ってきた。

酔いどれさんだった。

「すみません、間違いました」

「何が?」

酔いどれさんは、電話口で笑っていた。

「今から呑みませんか?」

「これからですか?わたしは、呑めないので、ご飯なら」

時計を見たら夕方4時だった。

「でも、少し早くないですか?」

「じゃあ、1時間後ぐらいにご飯にしませんか?」

「いいですよ」

とは、言ったものの、電話を切って、何を着ていくか、悩んだ。

人を見た目で判断したくないが、見た目は、判断材料になる。

酔いどれさんは、何が好きか??わたしは何が好き?鏡を見て、ふんわりやら、やんわりやら、甘さやら、あざとさ、やら、トライするが、違和感があり、いつも着ている服を着て行った。

気づけば、朝、陽は登り始めていた。いつまで呑んでいたんだろうか、2時ぐらいまでは、覚えていた。

見慣れない天井を見て、目が覚めた。時計を探して、隣に生暖かい脚があった。

(誰?!どこ、ここ?!)

酔いどれさんが無防備な姿で寝ていた。

「あのー……何かありましたか?」

寝ている酔いどれさんに話しかけてみた。

「起きた?そうね。半年振りの再会だったから、」

携帯のリマインダーが鳴った。

「大丈夫か?」

社長からの電話だった。

「はい、大丈夫です」

(全然大丈夫じゃないけど)

「時計、見て」

時計は何度見ても朝10時。社長と待ち合わせの時間が朝10時。

「今、行きます。申し訳ありません。」

「仕事?」と、口パクで、酔いどれさんが同時に話している。

電話口で一礼し、毛布を手繰り寄せて、服を探して、床に落ちていた、下着を拾い、毛布の中で着替えていた。昨日、どのようにして、ここにたどり着いたのか?

「隠さなくてよくない?昨日、エレベーターの中からヤバかったよ」

酔いどれさんは、あっけらかんとしていた。

「エレベーター?」

(朝方のこと、記憶にないんです、その下り。)

記憶を探るが、頭が痛い。

「俺は嬉しかったよ。また、会えるかな。また、連絡していい?」

「え、ええ。」

「俺はもう少し寝るよ、いってらっしゃい。」

酔いどれさんは、ベッドの上から手を振っていた。


♪wonkのsmall thingsを聴いて物語を書いています。

自分の話?と、言われますが、違いますね。昨年、いろんな話を聞いていて、こんな物語があってもいいんじゃないかと書いています。

頑張っている人に、がんばれとか、言うのは、酷なことで、そっとね、側にいる、そんな物語になったらよいなぁと思います。前向きに一歩踏み出そうとするけれど、でばな挫かれる、そんな順風満帆ではない人も肯定したい。
















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