記憶の行方S19 小さな出来事-他愛のない会話

「最近、何、読んだ?」

「ポイントサービス利用規約」

深夜のファミレスで、右隣のテーブルから聞こえて来た。

明日の正午までに提出のレポートをまとめていた。

「ねぇねぇ、綺麗だった?」

「うーん、めやについてたよ。」

美人の姉さんの目鼻、耳に余計なものがついていると、夢が消え失せる。余計なものは、さらりと失くしてしまえる方がよい。と、いった話をしている。

「カネない奴が映画とっちゃダメなんだよ。」

「まるで、ドブネズミだね。」

隣のテーブルからの会話は、依然と続く。

深夜のファミレスには、家族連れはいない。

BGMは、何故かソウルミュージックだったりする。

Kさんは、ファミレスが嫌いだった。居心地が悪いと、BGMがない、定食屋に連れて行ってくれた。仕事以外では、醤油を入れ過ぎた肉じゃがみたいな色したスニーカーを履いている。

「馬鹿じゃないの?一端の主婦が書けるわけないだろ。」

「あの人、何で俺らのチームにいんの?」

「さあね、監督と撮監が気に入ってるんだよ。」

「何で?」

「新しい視点を持ってるってさ。」

「あの、おばさんが?」

「あいつ、史上最悪な制作部だね。」

「主婦の友みたいにね、映画は優しくないの。」

「いつも、汚い靴履いてんだよ。」

「どうせ、すぐに消えるよ。」

「うあー、無料でネタ提供しまくってるよ。いただき、いただき。」

「うわぁ、自分の話しし過ぎだろ。」

左隣のテーブルでは、ネット検索しては、ブログを見て、嘲笑しつつどんどんパクってシナリオを書いていく奴が座っていた。どんどんパクっていいんだよ。と、にやにやしながら、書いている。

「パクるって言う言い方がよくないね。模倣だね。模倣。」

「不謹慎ながら、面白い。」

「笑いたければ、笑えばいいさ、ファック!シネ。」

「いいじゃん、それ、名文句!」

「面白いものを書いた人が勝ちです。」

「シナオリでは、本気で嘘を突き通すことが出来なければ、映画は撮れません。」

「いやらしいや汚なさ、全部、映ります。隠しても無駄です。」

深夜のファミレスでの会話は、続く。

濡れた路面で滑った音がした。

「いらない、いらない、もう、いらない。」

亀のぬいぐるみを路面に何度も殴りつけている。

駐輪場の自転車は雪崩れを起こして、将棋倒しになっていた。

雨に濡れた女が一人、ファミレスに入って来た。斜め向かいに座った女は、いちごパフェを注文する。

誰も通らない信号は赤と青で点滅を繰り返す。

とにかく、歩いて、夜が明けるのを待った。

シナリオは、続いていた。

監督は、人を動かす、演出の言葉を発するはずなのだが、時々脱線する。

「その年の出来事を入れるのは?」

「あのね、それじゃあ記録映像でいいだろう?それは、ストーリーの背景だよ。背景が描き割りだろうが、人がいて、成立するドラマを描かなけりゃ、意味ないだろう?」

「意味?そんなの無意味だろ。」

「じゃあ、何、撮りたいんだよ。」

「そんなの撮らなきゃわかんないだよ。」

進行が途切れている。

このままでは、撮影は今日中に終わらない。ゾーンに入ろうが入るまいが、映画の時間は永遠だが、現場は止めては行けない。とめられないのだ。

撮影監督と助監督で対話が続く。

困った時は、藤沢周平を見習う。丁重な若だんな風情の言い回しで、

「あの〜!お話し中申し訳ありません。俳優部の皆さんは、トイレ休憩とメイク直しに入ってよろしいでしょうか?」

ぼくは、商人として、その場に立っていた。


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