記憶の行方S17小さな出来事-阿波踊り

その年の高円寺阿波踊りは、土砂降りの雨が降っていた。

鐘の音と太鼓のお囃子と踊り、毎年楽しみな光景だ。

「てめぇ、なめてんのか?何笑ってんだよ、表に出ろ!」

「額に犬って書いて歩いてたら、見るでしょ?てか、なんで、肉じゃないの?額に書くなら肉でしょ。ミートでしょ、ジャンプでしょ。」

僕は額に犬と書いて、ぎんちゃんの家に向かった。高円寺駅前には、リングが組まれて、僕は、ぎんちゃんと格闘技を観に行った。

帰り道に、「傷だらけのローラ」をカセットデッキで流して、ジャージ姿で踊る女性を見た。笑っていいのか、どうか、迷ったが、シュール過ぎて笑ってしまった。

噴水広場では、ギター抱えて歌っているお兄さんが、警察と押し問答していた。

「逃げろ!」

自転車に乗って、ぎんちゃんとダッシュした。

僕のうちは、八百屋だったが、店先に立つ母は、仕事の終わりに朝まで酒に呑まれて、最後には蕎麦屋の店主と喧嘩して醤油を頭からかぶっていた。八百屋は格闘技に近いと思っていた。

「今日からノーパンで過ごす。健康にいいらしいよ。自由よ、自由!」

「そんな自由だったら、いらないよ。それ、自由じゃなくて、勝手だよ。」

母は、健康マニアで、何かといろいろ、試している。自由の女神は、ノーパンらしいと、深夜のスナックのママの小ネタを信じて、自由になるには、ノーパンがいいんだ、と言い出した。

「おかんやめてー!パンツ履いてよ。」

「何言ってんの?八百屋は健康が生命なのよ。野菜を食べて元気で、健康な人でなくちゃいけないのよ。」

「酒呑んで醤油被ってる時点で、不健康だから!」

「あー、この前、あの人見たよ、あの人……誰だっけ?」

「人の話し聞いてないでしょ。」

「聞いてる。聞いてる。この前さぁ、あの人見たよ、あの人……すだまさゆき、ひろゆき……誰だっけ?」

「わかるわけないだろうっ!」

たぶん、古着屋に来た菅田将暉のことなんだろうが、母は、微妙な間違いをいつもするので、本当に微妙にわからない。

「見たのよ、本当に、仮面ライダーよ、仮面ライダー。好きだったでしょ。」

「わかった、わかったよ。」

確かに、僕は、仮面ライダーが好きで、家の家計では、まあまあ、高価なレジンのバイオリンを買ってもらい、弾いて、倒れる、という練習を公園でやっていた。

今日も、八百屋に営業の人がやって来た。

母は、バイヤーとしての舌は確かなもので、うまいと言った物は、必ず置いて、完売させる。一度食べた物は、何が材料で、出汁が何か、隠し味まで、当てる。全て舌に覚えているという絶対味覚の持ち主で、自宅で再現するということだけは、美味しいのだが、時々、餃子の王将の生餃子を買ってくるが、毎回焦がす。焦がすことに関しては、天下一品なのだ。朝食の食パンも大体こんがりやけ過ぎている。そして、よく、喧嘩する。これが、まあまあ、はた迷惑なことだ。

「なーに言ってんの?商品に物語がないものを何で手にしたいと思うのよ。」

でた、この一言が出た時は、不味い、と、思ったものだ。たぶん、あの商品は置かないつもりだ、と、会話の流れでぼくも少しわかって来た。わざわざ喧嘩を売らなくていいところで、喧嘩を売る。

かっかっかっかっ!

竹馬に乗った大道芸人がやって来て、店先で踊る。毎度ながら、ぼくもマネをして踊る。

有機野菜の八百屋は、まだ、あまりなく、店は繁盛しているようだったが、雨漏りばかりしていたアパートから、雨漏りのしない八百屋の2階に住むようになったぐらいだった。

ある日、玄関先で、寝転がっていた。

びくともしない。

「おかん!おかーん!」

すぐに救急車を呼んだ。

「何よ!昼寝してただけなのに」

病室で怒り出した。とりあえず、元気だと思っていた。












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