記憶の行方-あとがき

「ぼくのポケットをあげるよ。」とは、本当に、本屋にぶらっと入ったら、2階からそう話しかけられたことがありました。知人か、詩人か?と、思って見上げたら、全く見知らぬ人でした。

あまりにも突然のことに怖くなり、速攻、その店を出ました。

その後、こんなことあったんだけれど、と、コーヒー好きの方と飲みながら、話をしたら、それは、物語になるよ、と、言うので、では、こんな会話が続いていたら、いいんじゃないかと、想像で書いて行きました。めちゃめちゃ恥ずかしいですね。読み返して、実際には、こんなことはありません。

記憶が薄れていく方の話しを聞き、嫌なことも忘れてしまえるのは、幸せなことではないかと思いました。

物語は、連想ゲームですね。読んでいく方が読みながら、想像で物語を組み立てていく。おそらく、それぞれに違うラストシーンを思い浮べる。

書いたものに、トリップできれば、楽しい。

名前をつける、という行為は、一つの儀式みたいだな、と、思います。

物語には、続きがありますが、創作大賞2020に応募したのは、32話(シーン32)までです。映像で撮っていくイメージで書いていったため、ことばが足りないところもあります。

実際に漫才や落語を聴いたり、ある一人の10代との対話の中で、こんなのあったら面白いかな、と、話しながら、口述筆記して行きました。その子が今後どのような人生を歩むのか、遠くで見守りたいと思います。

32話のつながり、自分では、わからないな、しかし、人間の記憶ってつなげると、こんなつぎはぎパズルみたいなものではないかと思ったりとします。

年齢とともに、できなくなること、忘れてしまうこと、パズルは、美しいばかりではないけれど、美しいものとしたい。

音楽・smallthingsの創作者・wonkは、すでにご活躍の方々がいらっしゃるバンドで、陽の当たる道を歩いている人、と思います。聴いた時に、なんだろう、懐かしいようで、近未来の音楽みたいだな、と、わたしは、思いました。音楽に惹かれて聴いている人たちがいるって、すごいことです。昨年、仕事に入る前や仕事終わりに、寝る前によく聴いていました。こんな簡単な言葉で書いてよいのか、迷いますが、随分、元気づけられました。

wonkを知ったのは、角野隼斗さんのラジオがきっかけでした。

角野さんのピアノには毎回驚かせれ、時には、失っていたはずの記憶に呼び戻されたり、止まっていた時間が動き始めたな、といった、とても、私的なことで、ここに書くべきことか、考えてしまいますが、それに対峙することは、楽しいことばかりではありませんでした。しかし、不思議なことに、突き抜けると、音楽はやっぱり楽しい。と、聴いていて思います。

ありがたいなぁと思います。

知らんがな、そんな個人的なこと、と、言われそうですが、その個人的なことが、フィクションみたいと、捉えられるのではないかなぁと思うことがあります。

音楽によって、人間が再生する様子が描けたらよいなぁと、思う。しかし、small thingsという歌から、なんで、この32話?と、自分で読んでも、つながりがよくわかりませんが、うわっと、湧いて来たので、しょうがありません。もちろん、実際の方々とは関係のない架空の物語です。ライブやコンサートに行ったことはありますが、なんの面識もございません。ご了承くださいませ。

(プレイハウスは、本当に行われたイベントです。)

事実と虚構の合間に見えるものは何でしょうね。

楽しんでいただけるフレーズが一つでもあったら幸いです。






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