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【エッセイ】便所講 #3


前回

トラブル事例1‐フタの開閉

便座自動開閉装置

 当家の便座には自動開閉機構が備わっている。
 何と言っても、取り付けた時点では上の下、現時点でも中の上と自認している程度の便器なので、当家の便座は自動開閉であると、やや高いところからやや人々を見下すような目線で宣言させていただく。

 で、この自動開閉というのにも「便座とフタを同時に開閉する」というモードと「フタだけ開閉する」というふたつのモードがあって、男性は私だけしかも小便使用時にも着座するという信念を貫く私なので、ここは「フタだけを開閉する」モード一択である。

 便所のドアを開き近づくと、センサーが人を検知し蓋が開き、人が用を足して立ち上がりセンサーの検知範囲外に出るとその後、設定の秒数を経過してフタが閉じる。

 これが基本動作であり、便器のフタに直接手を触れる必要が無いばかりかリモコンの開閉ボタンに触れる必要すら無いという非常に衛生的な仕組みであり、これを開発した技術者に拍手を送りたい。
 送りたかった。

しかし

 つい先日、開かなくなったのである。

 いかに中の上というレベルから平民を見下すハイテク機器であるとはいえ、所詮はセンサーなので時には誤動作もあるだろうと冷静に見ていたのだ、最初は。
 朝にこの誤動作が始まり、途中、なんとなく正常動作にもどったりして、こちらがやれやれと胸をなでおろすと次にはまた開かない。
 仕方無しに手動で開いて用を足し放置しておくと、閉じる方は正常に閉じる。
 「故障」という嫌な予感を薙ぎ払ってとりあえず丸一日は「手動開」「自動閉」というイレギュラーモードで凌いでいたのだが、24時間経過しても一向にこの忌々しい挙動を正そうともしない便座野郎に対して私のイライラは限界を超え、ついに一旦この自動開閉機構を停止して原因究明に乗り出したのである。

電源を切る

 工場に勤務していて、設備がなんとなく調子が悪いという時、どうするか?

「再起動」

 いや、これ私がまだ入社して間もない頃、設備保全のベテランの人に教わったのである。
 後に、「バトルロワイヤル」という映画で、システムをハッキングされて右往左往する担当者を尻目にビートたけし扮するキタノという昔気質のおじさんが「再起動」と言って、いきなり電源ブレーカーを落とす、という場面を観たのだが、昭和のコテッコテの技術者は現実に大体そんなものなのだ。
 あ、もちろんこんなやり方は決して推奨しない。
 下手をすると設備に致命的な損傷を与えることになるのであくまでもマニュアルのトラブルシューティングを参照して処置するのが正解である。

 とにかく、私は「再起動」とひとり呟いて温水便座の電源を引っこ抜いてみた。

 ダメだった。
 やはり自動では開かない。

センサーを拭く

 自動開閉機構は動体センサーを使っていて、センサーの付近で動くものを感知すると動作するわけなのでこのセンサーが汚れ等の原因で感度が落ちた場合、正常に動作しないのではないかと考えた私は、ついでなので温水便座そのものを便器から取り外し、便座の下に隠れていた便器の汚れも除去、便座の裏側の汚れも除去、ふたつあるセンサーそれぞれを、アルコールを含まない水主体のウェットシートで拭いて汚れを除去し、再度便座を便器にセット。
 一旦便座を閉じて自室に戻り、手近にあた坂口安吾「堕落論」を無心でパラッとめくり、便座のことなんか一切気にもかけていないという風を装って粉茶を湯呑みに入れてお湯を足し、フゥフゥ言いながら一口すすった後に便所の扉の前に立った。

大きく深呼吸してから扉を開ける。

うんともすんとも言わない。

しかしセンサーが怪しい

 私は鬼の形相でセンサーの野郎を睨みつけた。
 穴のあくほどというのはこういうことであると言わんばかりの勢いで睫毛が触れるほどの至近距離で1辺が3センチ程度の小さなセンサーを凝視していると、半透明の白いセンサーカバーの内側になんとなくまだらな模様がある。
 顔面は近づけたまま、センサーにガンをくれたままで一切視線を逸らすこと無く、私は指先でその表面をそっと叩いてみた。
 その模様は微かに震えた。
 トントンとやや強めに叩くと、模様が明らかに動く。

 「ハッハーン」と私は声に出し、脳内に電球が灯るのを感じた。

 水滴である。

 これはきっと何らかの原因でセンサー内部が結露して、接触不良を起こしているのではないか?

 私はそういう推論を建てた。

立証

 私は便座のセンサーの周囲あちこちを指で押したり、こすったり、塞いだりして弄ってみた。
 すると突然フタが開いて私は危うく便座のフタに顎を砕かれるところであった。
 持ち前の鋭い反射神経で便座の速攻をかわした私は、自分の推論に自信を持った。

 

これは接触不良である。


対策

 とはいえ、センサーカバーの内側というのは、この器具の内部であり、仮にその水滴を拭き取ろうとすれば、器具そのものを分解せねばならず踏ん切りがつかずにいた。
 もしかしたら強引な屁理屈を捏ねてメーカーにクレームをつければ無料で交換してもらえるかもしれず、しかし、一旦バラバラにしたことがバレれば、そこはセコいメーカーのことである、おそらくはそれを理由に交換を渋るかもしれない。
 そうすると私はメーカーと全面戦争になるわけで、とりあえずは技術者と営業マンを人質にして、便座メーカーの社長を脅し、人質解放を条件に便座の交換をさせるという交渉をしなければならなくなってしまい、悪くするとこっちが悪者にされてブタ箱入りという最悪の結末にもなりかねない。

 ちょっとリスクが大きい気がする。

 ではどうするか。

 私は悩み抜いた。
 悩みすぎてフラフラしてきたので、ちょっと眠って、しっかり蘇った脳味噌で再度考えようと思い直した私は、よせばいいのにビールを飲んでしまってバタンキューである。

翌朝

 気がついたら朝の9時を回っていた。
 昨夜のビールが悪かったのか猛烈な尿意に襲われた私は、ヨタヨタしながら便所に直行、いつもどおり便座に座って用を足してから気がついた。

 今、自動で開いたじゃんか。

あれ?

 私はパンツを引き上げることさえ忘れ、股間でむにゃむにゃがブラブラする感触も無視して床に膝を突き、昨日同様センサーを睨みつけてみたのだが、やはり内部には相変わらず水滴がある。

しかしそれ以降、自動開閉機構は極めてスムーズに動作している。

結論

 良くわからないまま不具合解消。結果オーライ。

しかしだ

 そんなわけで直近で発生した便座開閉機構の不具合は原因不明のまま決着したわけだが、トラブルはこれ以前にもあり、どっちかっていうとこちらのほうが根深い。日本で最大のシェアを持っていると思われる便座メーカーに対する私の不信感の根幹がここにあるのだ。

(つづく)眠い、私は眠い、ものすごくねむい

次回


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