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【小説】愚。#2


前回

鮒畔と雑葉

 1畳半程の喫煙室は定員が1名と決められている奇妙な空間である。

 なにしろ元々何も無い休憩室の一角にアルミの骨組みをして強引に設えたスペースなので室内ぐるりを見渡す感じで既に違和感満載ではあるのだが、その骨組みに対して透明なアクリル板で3方を塞ぎ、残る1方にも同様の透明アクリル板を貼り付けた扉が設置されているので外から丸見えになっており、最近の風潮からただでさえ肩身の狭い思いをしている喫煙者を隔離したうえで晒すという、やや懲罰的な、やや見世物小屋的な、ややモラハラ的なそういう空間になっているように思えてならないのだ喫煙者目線では。

 喫煙室内の外界に面した壁の上方で換気扇が回っている。ヤニにまみれて。黃黒茶色のまだら模様で。粘着的な触感と匂いをその外見から漂わせて。

 定員は1名だっつうの。
 贋蔵が重々しいその換気扇の音を愉しみながら心豊かに一服しているとそこへ、鮒畔と雑葉が既に火を点した紙巻きタバコを咥えたまま入室してきた。
 40男の鮒畔は右手の中指と親指で紙巻きを挟みそれをちょいと持ち上げて、土民的ダンディーを醸しながら贋造に「ちす」と声をかけた。
 20代の雑葉は左手薬指と中指をピンと伸ばしたままやはり紙巻きを挟み、その手をだらりと一旦下ろして怠気に頭を下げた。
 換気扇の排気能力が追いつかず、喫煙所内は燻製器の内部くらいに煙が充満している。
 目が痛い、と内心で思いながら贋蔵は口を開いた。
「具田がよ」
 ゲホゲホと咳込みながら鮒畔が「え?」と訊き返す。
「いや、具田がよ、新入社員にちんこのサイズを尋ねたらガン無視されたってよ」
 贋蔵がそう言った後に5秒ほどの沈黙。鮒畔と雑葉の表情は伺えない、だってタバコの煙で真っ白だから。
「なんか今日、目がしょぼしょぼするんすよね。ああ、具田さんがね」
 雑葉は若々しいイケボでそう言い贋蔵は、お前らが闖入してきて定員オーパーしたために煙が充満して目に染みるんだよバカタレと心で叱責しながら、負けじと煙を吸い込んで目を瞬かせた。
「ゲッゲッゲホッゲッ・・・ちんこのサイズってどの状態の事を指してんですかね?」
 嘔吐寸前のような激しい咳で声を嗄らしながら鮒畔が問い、更に続ける。
「平常時か、勃起してるときか、もう発射寸前でパンパンになってる時かあるいは終わった後かゲホゲホ、ゲホゲホ、ゲホゲホ」

 休憩時間が残り僅かになって贋蔵は、短くなった紙巻きを燃やし尽くそうと思いっきり吸い込みながらそんな鮒畔のどうでもいい疑問を聴き、今俺の肺の中にはこの愚かな鮒畔と雑葉の吐いた煙も充満してるのかと不愉快を感じながら、彼らを残して喫煙所の扉を開いた。
 不毛。

 外側から見た喫煙所の中はやはり真っ白く煙っていて愚者2体の姿はまるで視認できなかったが、息も絶え絶えに咳き込みながら「クックックックックッ」と喉を鳴らすような鮒畔の嗄れた声と、「ひぇひぇひぇひぇ」と引き攣るような雑葉のイケボ、その2声の笑いが真っ白な見世物小屋から不気味に絡み合い「クひクェクひぇクッひッひぇ」みたいなポリリズムを構築しながら漏れていた。

 新入社員て、なんて名前だっけ?と、そんな事を思いながら贋蔵は現場に戻った。

(つづく)

次回


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