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フジ子・ヘミング 哀悼

特に好きなのは、輝くように緑がでてくる五月、六月。植物では白い花。とくに百合が好き。ほんとは大きい木のほうが、花より好き。
フジ子・ヘミング

ピアニストのフジコ・ヘミングさんが天に召され、哀悼とともに、手元にある著書をひらいています。『フジ子・ヘミング 運命の力』。

若い頃から苦難に悩まされ続けたという、フジ子さんの波乱に満ちた人生は、その名を世に知らしめた、かのドキュメンタリー番組にはじまり、以降もたびたびメディアで取り上げられてきました。

そんな高名な方とは、つゆとも知らぬ2008年の頃、たまたま手にしたのが、このエッセイ。その中で惹きつけられたのは、彼女の放つ、純真な言葉の数々はもちろんのこと、何より印象的だったのは、フジ子さんの孤独の傍らに、いつも愛らしい小物や絵画や、植物が置かれてあったこと、またその鮮やかな色彩でした。

ご自身が描く絵の中や刺繡にも、まるで小さな庭を見るように、大小の花がちりばめられており、そうした純真無垢が目に飛び込んで来る一方、彼女の心底に揺蕩う孤独が感じられたこと、その対比に心を奪われたことを、今ふたたび思い出しています。

あえてここでは、これ以上のヒストリーにふれることはいたしませんが、ひとつたけ、この本にある「あとがき」を。

きっと今も天国で、私たちが希望を失わずに生きていけるよう、ピアノを弾き続けていることを願いながら、彼女の愛した五月に、哀悼の意をこめて。今日もいちりんあなたにどうぞ。

あとがき

私の歩んできた道は、困難に見えるかもしれない。
インタビューを受けて昔のことを聞かれたりする。
なかには思い出したくないこともある。
人間はなんのために生きるのかって考えるけれど、
人生はいろんな苦難を乗り越えていくためにあると思う。
なにもしないで、生きていくなんてダメ。
(中略)

トルストイの言った言葉、
「他人に対して、どうあるべきかを押し付けてはいけない」
をよく思い出す。
人間は身近な関係から、違うところを認め合っていかないといけないわね。

若いときはちょっとしたことでもしゃくにさわって、人を傷つけたりしたこともあった。
それで、夜も眠れないくらいに悩んだこともある。
でも、嫌なことを乗り越えていけばいいのよ。
淡々と空でも見て。
人間がそんな気持ちになれば、戦争も起こらなくなるでしょうに。

2001年5月
ピアノの前にて フジ子 ヘミング

『フジ子・ヘミング 運命の力』より

シラユリ 花言葉「堂々たる美」

運命はいつか必ずやってくる。

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