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切り絵【お祭り男】

仕事が終わり、終業時間が過ぎると、多くの人は急いで帰り支度をして、疲れた体を癒そうと、一刻も早く家に着きたいと思う人が多いと思います。
仕事から解放されたその瞬間の姿は、人によってはいささか急いでいるように見えるくらいに、生き生きしているようにも見えたりいたします。

仕事をするのが普段から嫌だと思っている人は、仕事が終わった瞬間は心から生き生きしていると思いますし、仕事がそこまで嫌ではない人でも、終わった瞬間の達成感や、家でやりたいことをやれる時間が来たことに、どちらにしても胸が躍っている瞬間でもあるのだと思います。

終業時間は、人によっては、仕事帰りの一杯を楽しめる時間であったり、家で待っている家族に会える至福を感じている時間でもあるように思います。

そんな仕事が終わる瞬間があるからこそ、また次の日も気持ちや疲れをリセットして出勤できたりするものなのかもしれません。

帰り際の気が抜けた瞬間も、人として微笑ましいと思うのですが、私は、仕事が始まる瞬間も、実は好きな時間だったりいたします。

職種によって違うかもしれませんが、デスクワークのように、長時間ずっと同じ体勢で机に向かって、表情も動かず指先だけカタカタと動き続けている様子を見ていると、人間がロボットそのものに見える瞬間があったりいたします。

労働をしている人の姿が、プログラムされた一定の動きをし続けるロボットに似ていて、そんな情緒を失うかのような仕事を続けることが、精神的に辛く、仕事が辛いと感じてしまう一因になっている人もいるのかもしれません。
私は前職で接客業をしておりましたが、お客さんと情緒溢れる楽しいおしゃべりをしたり、常に明るい笑顔でいるということが、実は苦手だったと今は思っております。

通所しているB型作業所では、仕事が始まると同時に、休憩時間以外は、一日同じ作業をひたすらこなして参ります。
始業時間になると、私を含め利用者さんは皆、まるでロボットのように、一斉に手を動かし始めます。
ロボットという言い方はよろしくないかもしれないのですが、私は、自分がロボットになる瞬間が実は好きだったりいたします。

普段から感情を表に出すことがあまりない人間だからかもしれませんが、常に静かに過ごしていたいと思っている私は、人との会話に積極的に参加することもあまりなく、笑ったり明るく振舞ったりすることが、いつの間にか負担になってしまいます。
暗い性格だと言われることも子供の頃は多かったのですが、そんな私にも楽しいことはあって、楽しいと感じていても表情や態度に出ないだけだったりいたします。

人にはもともとのテンションに差があるものなのかもしれません。
暗い性格と言われていた私が、双極性障害になり、ハイテンションと言われることになろうとは、思ってもみませんでしたが、回復してきた今では、昔のように落ち着いた性格に戻って参りました。

テンションがもとから高い人は、舞台などで自分を表現する仕事や接客などの人との関わりが主な仕事をする方が、楽しいのかもしれません。

今の私のような人には、作業所での作業はとても合っていると感じております。
他の利用者さんたちは、作業中は皆同じ表情で同じ動きをしているように見えるので、情緒が見えない分、苦痛なく作業をしておられるかというのは、よくわかりませんが、中には黙々とひたすらな作業をすることが身体に合わず、接客などの人と関わる仕事の方がしたいと思っている人もいるのかもしれません。
自分に合う仕事を選びたいというのは皆にとって、もちろんのことだろうと思います。
ある程度その仕事をやってみないことには、合うかどうかわからない部分もあると言いつつも、一度務めてしまうと、自分に合うかどうかに関わらず、なかなか辞めづらいという気持ちもわかる気がいたします。

学校の朝礼や、職場のミーティングなど、ちょっとした集まりの時に、その場にいる全員が静まりかえって、どんな人でも真面目な顔をする瞬間にも、人間がロボットになる面影を感じることがございます。
ロボットになるみんなの姿も、自分がロボットになる瞬間も、私は好きでございました。

一体感が好きなのかもしれないとふと思うのですが、個人主義な仕事以外は、全員がまとまって同じ働きをすることで成り立っていて、その歯車に組み込まれる瞬間が好きなのかもしれません。

中には、逆に社会や会社の歯車に組み込まれる感覚が苦手で、それが仕事への嫌悪感につながっている人もいるのだと思います。

終業時間に、ロボットが人間に戻る瞬間も、始業時間に、人間がロボットになる瞬間も、多くの人がシンクロして同じ顔をする姿を見ると、なんとも表現しえない、言葉がない感情が沸いて参ります。
示し合わせてなどいない、関係すら持っていない人たちであっても、似ていると感じることが出来ると嬉しくなるものでございます。

現在30代後半くらいの私の世代は、いわゆるゲーム世代といわれておりますが、オタクと呼ばれる人たちの先駆けだったりする世代で、ゲームやアニメが好きな人がたくさんいるそうでございます。
私の同級生にもたくさんいましたし、私の兄も、ゲームが大好きでオタクを自称しているのですが、兄の影響で私も子供の頃は、おさがりのゲームで遊び、アニメもよく見ておりました。

今では、ゲームやアニメが好きな人はとてもたくさんいて、必ずしもオタクと呼ばれなかったりするくらい、多くの人にとって公に好まれる趣味となりました。
オタクと呼ばれる先駆けの人たちは、本人たちが暗い性格を自称する風潮があったような気がするのですが、ゲームやアニメに目を輝かせて思いっきり楽しむ彼らが、どこか自虐的にふるまうのはなぜなのだろうかと、私は陰ながら感じておりました。

彼らの口から「陽キャ」「陰キャ」という言葉が出てくることが比較的多く、私たちの世代は、明るい暗いを区別するそんな世代なのかもしれません。

対照的というのか、私たちの両親は、ゲームやアニメという文化にあまり関心がなく、自分たちが若いころは、ディスコで踊ったり、ナンパしにいく人や、女性はフラフラ遊び歩いてナンパされにいくのが、普通だったと言っていました。

家にこもってゲームやアニメを見てるなんて、もったいないということを、私たちに言っていたこともありましたが、ディスコというものも知らず、たくさんの人がいるところに踊りに行くなんて私にはとても出来そうもなく、今の世代に生まれてほっとしている気持ちもございます。

若いころはとにかく遊び惚けていて、お金もよく使ったらしいのですが、若いころにお金を使って遊べるということは、将来とか自分に関する不安なことがあまりなかったのかもしれないと感じました。
両親が「若いころは楽しかった」という感覚を持っていて、その時代が変わってしまうとは想像もしてなかったということも伝わって参りまして、遊び方もお金の使い方も、たった30年時代が違うだけで、変わってしまうというのは生きてみないとわからないことだったのだと思います。

毎日がお祭りだったらいいのに、みたいな考え方をしていると、両親の話を聞いていて私は思いました。
求人が十分にあって仕事もそれなりにできて、派手に遊ぶこともできて、みんなが当たり前のように結婚して子供を産む選択をして、お金もあって将来への不安も大きくなくて、まるでお祭りのような楽しさが毎日あることを自然に望んでいたり、今享受している幸せがずっと続くと思っているような生き方をしてきたような、そんな勝ち組的な感覚を持っているようにも感じました。

私の両親がたまたまそうであっただけで、世代全体がそうというわけではないと思いますが、私たちの世代が「陽キャ」と「陰キャ」に分けられているのならば、両親の世代は「陽キャ」の世代だったのでしょうか。

私の両親は二人とも仕事が好きではありませんでした。
私たちが子供の頃から、「仕事に楽しいことなんて一つもない」という言葉が口癖だった父と、「パートすら絶対にやりたくない」という一点張りの専業主婦の母でございました。
出来ることならずっと遊んで暮らしたいという思いは、二人の共通項だったように思うのですが、私たち子供との違いがあったとすれば、仕事にしても遊びにしても真剣に取り組むか、という点だったのかもしれません。

オタクと呼ばれた人たちも、遊びとはいえ、あまりに真剣に取り組む姿が、特殊に映り、そう呼ばれるようになったのだと思いますし、私たちの世代あたりから、心を病む人も多くなったと聞くこともございますが、それも仕事に真剣に取り組みすぎてという、要因があったのかもしれません。

一概に世代で一括りにはできませんが、ロボットになる瞬間が好きな私も、人が何かにのめり込み真剣になる瞬間を体現している、世代を象徴する一人のように思えてきました。

人一人の個性がその人のすべてではなく、それぞれの世代特有の個性や文化が上塗りされて、時代の色と自分個性がマッチすればその世代を象徴するような人になれる場合もあったり、時代の色に自分の色が消されてしまったり、良い色にならなかったりすると、その時代にとっては異端となってしまうこともあるように思います。

何事にも真剣に取り組む姿勢があっても、嫌な仕事に全力で取り組もうとしてしまうと逆効果になりますし、そんなときは手を抜くことを覚えなくてはならない時もあると思います。
毎日がお祭りだったらいいのにという考え方も、遊びも仕事もそれなりという生き方も、私たちの世代には必要な知恵なのかもしれませんし、そしてこれからの若者たちには、私たちの知恵が必要なこともあるのかもしれません。

時の流れを感じるのは、心が落ち着く瞬間でもございます。
今日も長々と脈絡のない話になってしまいました。
読んでいただいた方、ありがとうございます。

また次も見て頂けましたら、幸いでございます。

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