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正解を欲しがる日本人

星野源さんがライブで「みんなで手をあげるやつ、今日はやめましょうか」と発言とのニュースがありました。

記事の趣旨としては星野さんが誰かに決められたことではなく其々の楽しみ方で良いのでは?という発言に賛否両論とのこと。

この記事の賛否のどちらが正しいかはここでは問いません。

誰かが決めたことに乗っかることが楽しいという文化がたしかに広まっているよね。とは思います。

飲食店を選ぶのも誰かの評価に頼って自分で判断しない。

料理や酒がおいしいかも自分で判断できない人が増えているように感じます。
(正確に言うとおいしいか不味いかはわかるのだけど、自分でゼロイチでは判断していない。
誰かの評価の上でたしかに美味しいと再確認している。)

有吉さん、マツコさん、松本人志さんのフォロワーが多いのも
彼らが言ったからというお墨付きを知りたい。基準を彼らに頼っている証のような気がします。

そして私の店では日本酒に関して「おすすめは?」とよく聞かれます。
種類も多いし聞いたことない銘柄ばかりだから選べないのも良くわかります。私もワインだったらそうなります。

私としてはなるべくその方のお好みに合う日本酒をオススメしようと、いくつか質問しますが話がかみ合わない時があります。

そのような場合「余計な説明はいいからどれが一番美味いのかそれを言え」というパターンの時です。

おそらく、日本酒はコレ。ワインはコレ。焼酎はコレ。と正解を決めたいのだと思います。

たしかに情報や知識をあれこれ身に着けるよりも合理的かもしれません。

ただ正解がないものも世の中には多くあります。
ケースバイケースの物もあります。

乱暴にこれが正解とは私の口からは言いにくいです。

この辺の葛藤は永遠のテーマかもしれませんね。

最初の記事に話を戻すと賛否両論あったそうです。
どちらの意見も理解はできます。
このような場合は白黒つける必要はないのでは?と思ってしまいます。

ケースバイケース。自分はこう思う。で良いのではないでしょうか?

無理に正解を決めたがるのは無駄な争いや分断が生まれるだけの気がしてなりません。

他人の評価や世の正解を追い求めるのはゴールのないマラソンをしているのかもしれません。

それよりも自分にとっての最適解を求められるように情報や知識や経験値を積むほうが有益な気がします。

もっと言えば正解でなくても良いのです。
間違えたり失敗したりして修正していけばいいのです。

間違いや失敗ばかりしてきた自分を正当化しているだけなのですが。。。

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