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小説:雷の道(土曜日)#25

「つきあって、どうなった?」
「月並みな話しなのかもしれないけど妊娠した。当時はかなり噂になったらしい。聞いてないか?」
「全く。そんな事があったなんて知らなかった。そう言えば美沙岐の高校の文化祭に行った時、加奈子とすれ違った事がある。すっかり忘れていた。三年の時だ。渡り廊下で。綺麗になっていた。びっくりするくらい。でも美沙岐は居なかった」

「その時はもう退学してたのかもな。詳しくはわからないけど。それがきっかけで学校を辞めたって話だ」

「詳しいな。おまえまさか、その事を交渉材料にするつもりじゃないだろうな」

「野暮な事は言うなよ。ちゃんと正面から攻めますよ」
とアツシは言った。

それから僕は高校の頃の顛末をアツシに話した。
それもよくある話だとアツシは言った。
そう。その通りだ。
どこにでもある話に僕たちは振り回される。
「しばらくこの町に居るんだろ?」とアツシは言った。
「多分」と僕は言った。

そのあとは当たり障りのない世間話をした。
僕にだってそういうことは出来るんだ。
害のない、ただ時間を埋め合わせるだけの話し。
誰も傷つけず誰も傷つかない。

そう、僕は傷ついていた。
聞きたくはなかった。
美沙岐が子供を宿したという事実。
それを僕に隠していたという事実。

いや、隠していたなんてことにはならない。
まだ僕たちは再会して五日だ。
言わなくても仕方ない。
いや、むしろ言わない方が普通だ。
誰が過去の事を話したがる?
僕だって何も話してない。
だからそのことで美沙岐の事を責めはしないしそのつもりもない。
だけど何なんだ?このモヤモヤは。

相手が今から対峙しないといけない男だからだ。

アツシはその後どうなったのか、何も知らないと言った。
誰が知ってる?本人に聞くわけにはいかない。

誰に聞けば?「久しぶり!」と肩をたたかれた。
加奈子だ。
うちの近くに住んでる、幼馴染で小学校の頃から美沙岐と親友の、高校も同じだった加奈子なら知ってるはずだ。

僕はアツシとの会話を早々に切り上げ家路についた。
加奈子に会って確かめる。
何かあるとしたら知らないはずはない。
全てはそれからだ。




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