見出し画像

初日の出とささやかな快感

毎年の事だけど、元旦の朝に初日の出を見に行く。
ここ何年かは天候に恵まれて水平線上に太陽の姿を見る事が出来ている。

初めてそれを見たのは子供の頃だった。
暗かった水平線が一直線に赤く染まり、太陽が顔を覗かせ、
光の帯が真っすぐこちらに伸びて波打ち際を赤く染めた時、
何かが僕の中を打った。
それは初めて体験したある種の快感だった。
きっと僕はそれが欲しくて毎年ここへやってくるのだ。


今年も海岸で焚火をしている人が何人か居た。
暗い波打ち際を照らし待っている。
いくつもの目が水平線に注がれている。
時折弾ける焚火の音を聞きながら、時が来るのをじっと待っているのだ。

僕の横で小さな子供を抱えた女性が防寒着に身を包み、しゃがみこんだ。
彼女は子供を膝に乗せ海の方を指さした。
子供は真っすぐに水平線を見ていた。
大きく弾けた波の音が響いた。
そのあとシンと静まり返った。
それが繰り返された。
時は同じものを待っていた。


バン!!と言う大きな音がして焚火の炎が揺らいだ。
若い男が叫んだ。でも早口で聞き取れない。
焚火の番をしていた壮年の男は若い男をじっと見ていた。
若い男は再び叫んで焚火の支柱に大きな石を投げつけた。
明るさが増した。

隣の女は深くかぶったフードを取り、炎の方に目をやった。
若かった。
唇はくっきりと赤く艶やかで頬は昂揚し生命力にあふれていた。
彼女の視線は炎に注がれた。

若い男はこの時代に焚火をすることの是非について叫んでいた。
壮年の男はただ黙っていた。
若い男の言うことは正しかった。
温暖化。ダイオキシン。二酸化炭素。
正論だった。

だけど僕は何も感じなかった。
ここはそういう場所なのだ。
それは昔から決まっていて後から来た奴にとやかく言われたくなかった。
それよりも僕は隣の若い女が気になっていた。
彼女はシングルマザーなのか。
どうして幼い子供と二人でこの場所に居なくてはいけないのか。
どのようにして子供を産む決断に至ったのか。
これまでどんな人生を歩んできたのか。
この子の父親は漁師だったのかもしれない。
ある日の荒れた海で帰らぬ人になった。
そして今日、その父親に会いに来たのだ。
水平線の向こうに想いを馳せて。

「おお」という声が辺りを包んだ。
太陽が水平線を染めようとしていた。
ここに居る全ての人がそれを待っていたのだ。
じりじりとした時間の中で太陽は確実に上に向かっていた。
いつもよりも厚い雲に阻まれて太陽はなかなかその全貌を見せなかった。
それでも水平線を赤く染めた。
厚い雲がいびつに赤く染まった。
そしてたよりなげな赤い光が波打ち際に届いた。
若い男はウイスキーのボトルを片手に遠くへ歩いて行った。
壮年の男は不出来な太陽をじっと見ながら手を合わせ祈っていた。
ここにいる全ての人が祈っていた。
それはささやかな恒例の日常だった。


若い女の横には男が座っていた。
彼女はシングルマザーではなく夫婦だった。
子供を抱きかかえ三人で姿を消した。
残ったものはただの日常だった。
朝日を背中に浴びながら家路を急ぐ人達だった。

2024年元旦に大きな地震が起きた。
小さな日常を覆す大きな力。
僕は忘れていた。
日常がどれだけ平凡なものか。
そしてどれだけ大事なものか。

太陽は明日も昇る。
だけど新年の太陽は一つだけだ。
日常を特別なものにしているのは我々だ。
そしてそれは脈々と受け継がれていく。


来年も僕はこの場所に来るだろう。
日常を受け継ぐために。
そしてささやかな快感を得るために。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?