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小説:雷の道(日曜日)#32

家に帰ると父が刺身を肴に日本酒を飲んでいた。
加奈子の家にあった銘柄と同じだ。
一緒に飲まないかと誘われたけど断った。
僕にはまだ考えるべき事があった。
美沙岐と坂本さんの事だ。
でも家では落ち着かない。午後五時。
僕は車を走らせた。
海を見ようと思ったけど、信号で直進し駅を目指した。
コーヒーが飲みたくなったんだ。
蛍。喫茶店の蛍。僕は階段を登りドアを開けた。
「いらっしゃい」と女主人は言った。


小夜子さんはコーヒーミルにキリマンジャロを入れた。
注文を聞かれコーヒーと答えたら銘柄を聞かれ、お勧めをと返したらキリマンジャロを選んでくれたんだ。
僕はカウンターに座りその淹れたてのコーヒーを目の前にしている。  

「昨日、焙煎したばかりなの。色んなコーヒーがあるけど私はこれが一番好き。ただ苦いだけのコーヒーじゃあ、ダメなのよね。男と同じ。奥行きが無いとね。その先に隠されたものを探すのが好きなのかな。少数派なんだけど」

僕はカップに口をつけて一口味わった。

「少数派。僕もそうかもしれません」
「わかる気がする。背中を見てそう思った」
「背中で?」
「男の背中ってね、生涯を物語るのよ。生涯というと大げさかな。今まで生きてきた証、みたいなもの。ジュンはいつも何かを創ってて、それがなかなか認められず、少数派」
「それはひどいな。でも当たってはないけど外れてもないかな」
「そう?私の背中占い。割と当たるんだけどな」
「もう僕は何も創っていない。システムに取り込まれている。でも少数派であることは確かかな。個性的と言って欲しいと思うことはあるけど。でも何で僕の名前を知ってるんですか?」

「あの子達が言ってたの。立花ジュンでしょ?」
「図書館カップル?」
「この町の出身か気にしてたでしょ?親の卒業アルバムをひっぱりだしたみたいよ。好奇心旺盛だから。あの年代は」
「好奇心に年代は関係ないでしょ?」
「そう?衰えるものよ。私くらいの年齢になると」
「小夜子さんはいくつなんですか?」
「女性に年齢を聞くなんて失礼ね。でも隠すほどのものでもないから、一回りくらい上とだけ答えておきましょう」
「もっと若く見えました」
「それはどうも。何も出ないけど。でも写真くらいなら見せてあげてもいいわ。これでもモデルだったの」

小夜子さんは棚に立てかけてあったアルバムを手に取った。



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