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小説:雷の道(日曜日)#28

「再会して、一週間も経ってないんだ。
しかも予定にない再会だった。
本当に偶然だったんだ。
まさかこの町で会うなんて思ってもみなかった。
でも心のどこかでずっとこのタイミングを待ってたのかな。
わからない。わからないことだらけなんだ。
わかっているのは小学校の頃から美沙岐が好きだった事だけだ。
中学校の時もずっと。それはシンプルなものだった。
わかりやすくて単純だった。
ただどうして良いのかわからなかった。
どう進めて良いのかも。
あの頃の美沙岐は僕にとって大き過ぎたんだ。

高校に進学して、他の女の子と付き合い始めた。
そしてその頃の想いは薄れて行った。
簡単に言うと忘れてしまった。
高校三年の卒業も間近の頃、僕はその恋人の裏切りにあった。
かつて担任だった先生ともつきあってたんだ。
僕はショックを受けた。
とても傷ついた。
それ以来僕は恋人が出来ても距離をとってつきあうようになった。
立ち入れない壁を作った。
その方が冷静に恋愛が出来た。
そして冷静にその恋愛を終わらせることができた。
ここへ帰って来るまではその繰り返しだった。
気に入った女の子と付き合って、寝て、別れる。
それが当たり前になっていた。この歳まで」

「随分な手痛い仕打ちに合ったのね。
しかも高校生の時に。
でもそれはよくあることよ。
だいたい男と女なんてある意味だましあいみたいなものだから。
本当の事よりも嘘の方が多いわ。
女は大勢いる男のなかから誰か一人を選ばないといけない。
より良いオスを探さなくてはいけない。
遺伝子的にね。
だから嘘が生まれる。
呼吸をするみたいに自然に出てくる。
女はそういう生き物よ」

「そうかもしれない。
でもそれは極端な例だ。
禅問答みたいな話だ。人はいつか死ぬ。
じゃあどうして今を生きる?みたいなね。
それに一般論なんかはいらない。
目の前に居るのは美沙岐なんだ。
ずっと好きだった初恋の女の子だった。
遠くで輝いていたものが突然、目の前に現れた。
何の前触れもなく藪から棒に、有無を言わせず、手を伸ばせば届く距離に。
そして今、対等に話している。
不思議な事に対等に話せているんだ。
あんなに遠くに居た美沙岐と。

でもどこかで上ずっている。
混乱している。
どう感じていいのかわからない時さえある。
現実のようで現実でない気もする。
遠い記憶のようで新しく芽生えた感情のような気もする。
握りしめたいけれど掌から零れ落ちてしまう。
中学生の時はとてもシンプルだった。
目の前に美沙岐が居て、ただただ好きだった。
いつも目で追いかけていた。でも届かなかった。
今、美沙岐が目の前に居る。
触れる事が出来る。だけどシンプルじゃない」

「ジュンの美沙岐への想いはわかったわ。
痛いほど伝わった。
でも美沙岐も生身の女よ。経験を積んだ大人の女性なの。
色んな事があるのが当たり前。
良いのよ。なすがままで。心の赴くままで。
余計なもの、全部捨てて。
人を好きになるってもっと単純なものでしょ?
状況も条件もただの幻想よ。
心を決めるのは結局、身体なのよ。身体を重ねるとわかるの。
重ねるほど、今まで見えなかったものが見えたりもするものよ。
言葉と同じなの。聞こえてくるのよ。相手の心が。
誰にも見せたことないものを見せたりしていくうちにね、はっきりと理解できるの。そしてね、相手が感じさせてくれればくれるほど落ちていくみたいに好きになっていくの。

重ねるほどね、強く深く。
そして心が溶けてしまって離れられなくなるのよ。
心は身体で、身体は心なの。だから女は子供を産むの。
大人が好きになるってそういう事よ」

「だから美沙岐は坂本って人の子供を産んだのかな?」




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