カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑭

「おい悟空!貴様の弟弟子の八戒という奴がえらいことをしてくれたな!」
牛魔王が叫ぶと、
「牛魔王の兄貴、八戒が玉面公主を殺したのは申し訳なかった」
と悟空は素直に謝った。
「お猿さん、謝ることないよ」海松が言った。
「そういう訳にはいかないでしょ」
と悟空。
「一体玉面公主にどんな罪があって殺したというんだ!」
牛魔王が言うと、
「えーー?」海松は口ごもった。
「とっととそこにいる豚野郎を差し出せ!」
牛魔王が怒鳴ると、
「これでも俺の弟弟子だ。差し出す訳にはいかん」
と悟空。
「ならばお前が俺の相手をしろ!」
と牛魔王は混鉄棍を構えた。
「待て!その勝負、我が相手しよう」
と言って現れたのは、きらびやかな鎧をまとった武将だった。
「我は二郎真君(『封神演義』の楊戬)、覚悟せい!」
と言って、二郎真君は三尖両刃刀を持って牛魔王に向かっていった。
「ふん!貴様らまとめてかかってこい!」
と牛魔王は言った。

(俺はなぜこんなことをしているんだーー)
佑月は思った。
朝起きたら、全く知らない部屋で寝ていた。
外に出てみると、そこがタバコ屋の2階だとわかった。
外に出てみると、近くに喫茶店があるのがわかった。
懐を探ると、金を持っている。
暑いので、喫茶店に入ってアイスコーヒーを注文すると、
「アイスコーヒー?」
と、女中が怪訝な表情をした。
「アイスコーヒー?冷やしコーヒーのことですか?」
と女中が聞いてきたので、
「そう、アイス……冷やしコーヒー」
と佑月は言った。
佑月がアイスコーヒーを飲んだ。
(久しぶりのアイスコーヒーだ)
と佑月は思った。
(もうおとぎ話じゃなくなったな。いつの時代だろう、現代じゃないけど、大分文明的な感じだな)
そんなことを思っていると、
「やあ、明智くん」
と、目の前に一人の男が現れた。
(明智くん?俺は今明智って奴なのか)
「君は今日も、古本屋の奥さんの見物ですか」
男は佑月の向かいに座って言った。
(は?古本屋の奥さん?)
「いやわかりますよ、美人ですからね、古本屋の奥さんは」
(この男は明智(俺)とどういう関係なんだ?)
佑月は黙りこくった。見も知らない人妻の見物に来たと思われているのが、不快でたまらない。
「ーーなかなか出てきませんね」男が言った。
(そこにいるからって、いつも顔を出すもんじゃないだろ)佑月は思った。
「ここの奥さんは、昼頃までには何度か顔を見せるんですがね」
男がそんなことを話していると、
「キャーッ!」
と、古本屋の中から叫び声がした。
「ーーえ?」
佑月と男は、外に出てみた。
古本屋に行ってみると、既に人垣ができており、古本屋の奥の部屋で女性が倒れていた。
「奥さん……」男が言った。
(え?この人が古本屋の奥さん?)
その後警察が来て、女性の死亡が確認され、さらに古本屋の主人のアリバイが証明された。
「ふーん、これは興味深い事件だ」
と、ある日下宿を出た佑月とばったり会った例の男は言った。
「いや私は推理小説に興味がありましてね。誰が古本屋の奥さんを殺したのかと推理をしておるのですよ。それで私の思うところでは、犯人は明智くん、あなたではないかと」
「は?」
佑月は腹が立った。
(この男、何でこうも毎回毎回失礼なことを言いまくるんだ?)
「あなたも古本屋の奥さんにご執心でしたからね、どうですか?本当のことを私だけには打ち明けてもいいんじゃないですか?」
「わっはっは!」
佑月は爆笑した。あまりに腹が立つと笑ってしまうものらしい。
「それでは推理好きのあなたに、真相を告げるとしましょうか」
佑月は言った。「古本屋の奥さんの体にはいくつもの生傷があったということです。一方、蕎麦屋の奥さんも体に生傷が絶えなかったとのこと」
事件が街中の人々に知れ渡っており、人々が様々に噂しあっているので、佑月はこの程度のことは知っていた。
「つまり、古本屋の奥さんはマゾであり、蕎麦屋の主人はサドです。二人は情事を重ね、互いの性癖が次第に高じて奥さんの首を絞めての情事となったが、思いがけず奥さんが窒息死してしまった。それがこの殺人事件の真相です」
「それが真相ってあなたそんないい加減な……」
男が言った。
(そうだよ、口からでまかせを言ったんだよ)
佑月は思った。
そこに新聞の夕刊が届いた。
佑月が新聞をパラパラとめくって、ある紙面をじっと注視した後、男に新聞を渡した。
男は新聞を見た。
そこには、古本屋の奥さんの殺人事件の犯人として、蕎麦屋の主人が自首したとの記事があった。
「そんな……バカな……」
男は声を震わせていた。
(でまかせで言ったことがその通りだったとしても、こういうのは気分が良くないな。しかし『水戸黄門』の次はミステリーか?一体何のつながりがあるんだ?)

一方、海松の方ではーー。
(あたしったら、自分のことを棚に上げて、牛魔王と玉仙公主のことを怒っていた。あたしは二人のことをどうこう言える立場じゃないのにーー)
そんな思いを巡らす海松をよそに、悟空達と牛魔王の戦いは続く。
牛魔王は二郎真君と戦ったが、地上では向かう者敵無しの牛魔王相手では、二郎真君も分が悪い。
悟空は八戒、沙悟浄と牛魔王の兵隊を相手に戦っていたが、二郎真君が牛魔王に押され、
「こいつでは手緩いわ!斉天大聖、相手をせい!」
と牛魔王が言ったので、
「おう!」
と、悟空は牛魔王に向かっていった。
悟空と牛魔王は、全くの互角。
しかし天界の兵と、八戒、沙悟浄、二郎真君により、牛魔王の兵隊達は散り散りになっていった。
形勢不利と判断した牛魔王は、コウノトリに変身して逃げ出した。
悟空は白いハヤブサになって追いかけた。
すると牛魔王は鷹に変身し、悟空はカササギになった。
牛魔王は白い鶴になると、悟空は鳳凰に変身した。
牛魔王は空を飛んでは逃げられないと悟り、地上に降りて鹿に変身して逃げた。
すると悟空は虎になって牛魔王に襲いかかる。牛魔王はヒョウになって悟空に対抗した。
悟空は金色の目の獅子になった。牛魔王が巨大な熊になると、悟空は象に変身した。
すると牛魔王は、とうとう本性を表し、頭から尾まで千丈(3000メートル)、身の丈八百丈(2400メートル)もある巨大な白牛となった。
悟空は変身を解き、これまた1万丈(30000メートル)に巨大化した。
二人の戦いで天地は大揺れに揺れ、こう騒ぎに驚いた天界の神々が集まってきた。その中で、
「よし、俺が行く」
と言ったのが哪吒太子。
哪吒太子は牛魔王に向かって進み、剣で牛魔王の首を斬った。
牛魔王の首がごろりと落ちる。しかしすぐさま、牛魔王の首は再生した。
「何を!」
哪吒太子はまた牛魔王の首を斬ったが牛魔王の首はまた再生する。
哪吒太子は牛魔王の首を十数回斬ったが、そのたびは首は再生した。
「ならばこれならどうだ」
哪吒太子は火輪児で三昧真火を吹かして牛魔王を焼き払おうとした。
これには牛魔王もたまらず、変化して逃げようとしたが、そこに哪吒太子の父の托塔李天王が現れ、照妖鏡で牛魔王を照らした。
照妖鏡の光を浴びた牛魔王は、動けなくなった。さすがの牛魔王もたまらない。
「あちちち!」
と三昧真火で焼かれる牛魔王。そこに、
「待ってください!芭蕉扇は差し上げます」
と、羅刹女が芭蕉扇を持って現れた。
「火を止めてください」
悟空は言った。
哪吒太子は三昧真火を止めた。
羅刹女は芭蕉扇を悟空に渡した。
「羅刹女さん、そんなに牛魔王のことが好きなの?」
海松が言った。
「好きというより、それ以外の生き方ができないんですよ」悟空が言った。
「どういうこと?」
「つまり、牛魔王以外の男と暮らすことが考えられないんですよ」
「そんなーー」
(じゃあ、どうやったら羅刹女は幸せになるの?)
海松は考え込んでしまった。
「お師匠様、考えごとはあと。天界の皆さんがお帰りですよ」
海松が見上げると、天界の将兵達は雲に乗って帰ろうとしていた。
海松は手を合わせて、何度か頭を下げた。
「兄貴、玉仙公主のことは申し訳なかった」
と悟空は牛魔王に頭を下げた。
牛魔王と羅刹女は仏法に帰依することを誓い、天界に護送されることになった。
「待った、まずは火炎山の火を消してからだ。芭蕉扇が本物かどうか確かめないといけない」
悟空は海松達一行と羅刹女を伴い、火炎山に向かった。
悟空が芭蕉扇で火炎山の火をあおぐと、辺りは涼しくなり、火炎山の火が消えた。
「でもまた火炎山の火は燃え上がるんだろ?火を元から絶つにはどうしたらいいんだ?」
悟空は羅刹女に聞いた。
「芭蕉扇で48回続けてあおぐと、火が元から消えるんですよ」羅刹女は言った。
「よしわかった、48回だな?」
悟空は48回続けて、火炎山に向かって芭蕉扇であおいだ。
すると雨が降ってきた。
「これで火が元から消えたな。俺も昔の悪さも少しは償えた訳だ。お師匠様、これで西へ迎えますよ」
悟空は言った。

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