現代アメリカのミステリドラマ変遷史

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 2000年の春に早川書房の『ハヤカワミステリマガジン』に書いたもの。
 1980~90年代の20年間、アメリカのテレビドラマを席巻した、多人数と多重プロットによるリアリティ溢れるミステリドラマについて解説・紹介しています。
 今回、新たに書き足した《後記》でも触れましたが、まさか21世紀になって、この流れが思いきり切り替わっちゃうとは。世の中、何が当たるかなんて、ほんとにあと知恵じゃないとわかんねーっす。(^_^;)

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 アメリカのTVドラマにおけるミステリの変遷というお題を編集部からいただいたのですが、なにしろアメリカにはミステリが多い(とはいえ、そのほとんどは警察モノか私立探偵モノで、パズラーは少ないのですが)。今回は、大変革があった八〇年代以降にぐっと話を絞りたいと思いますので、そこはご容赦ください。
 さて、近年のアメリカにおけるTVドラマでもっとも顕著なのは、その語り口の変化にあります。マイクル・クライトン原作ということでも有名な病院ドラマの傑作『ER』(94年~:カッコ内はアメリカにおける放映期間)を1話でも見た方ならおわかりでしょう。
 とにかく話の展開が早い。1話の中にいくつものエピソードを詰め込み、目まぐるしく展開させていくため、少しでも画面から目を離していると、話の筋が追えないほどです。これは、多くの登場人物にほとんど平等に視点をあてる、多人数ドラマの形式を採用しているからです。
 最近ではこのような形式のドラマが、あたりまえのように増えていますが、その原点は80年代にTVに登場したある警察ドラマだったのです。
 その番組こそ『ヒル・ストリート・ブルース』(81-87年)でした。この作品の登場が
、その後のアメリカTV界におけるドラマの姿を一変させたと言われています。ある大都市(名前は作中で明示されませんが、たぶんシカゴがモデルだと思われます)の下町にある警察署:ヒル・ストリート分署を舞台に、そこに勤める警官たちの日常を描いたこの作品は、先に述べた要素、すなわち複数エピソードを多視点で追いかけることによって、TVドラマに強烈なリアルさを持ち込んだのです。
 とはいえ、実はこの手法は推理小説の世界ではすでにお馴染みのものでした。《ギデオン警視》シリーズや《八七分署》シリーズのような、いわゆるモジュラー型警察小説として、すでに確立していた手法だったのです。
 ただ、『ヒル・ストリート・ブルース』がそれまでの警察小説と違ったのは、警官たちの私生活と彼らが追う事件とを、まったく等分に扱ったところです。このドラマに登場する警官たちにとっては、仕事と同じかそれ以上に私生活も大事であるという、普通の職業人としての警察官の姿を見せたところが、新しかったのです。また、扱われる事件が謎に満ちた殺人事件などではなく、小はひったくりや近所のもめ事、大は警官の汚職や暴力団の抗争など、現実に即したものが大部分だったこと、また事件によっては解決しないまま終わってしまうこともあることなども大きな特徴でした。この、現実そのままに、ドラマ内で事件が未解決のまま終わるという展開も、当時は大変な衝撃だったと言えるでしょう。
 ちなみに、このドラマが全米で大人気になったあとで、《八七分署》のエド・マクベインは自作の登場人物にドラマの悪口を言わせたりしています。パイオニアとしての意地があったのでしょうか。
 さて、このドラマを作り上げ、今やアメリカでも最も有名なTVプロデューサーとなったのが、スティーブン・ボチコでした。
 ボチコは、四三年ニューヨーク市生まれ。七〇年代には『刑事コロンボ』の脚本を何本か手がけています。『ヒル・ストリート・ブルース』の成功で一躍有名になったボチコですが、その制作費が予算をオーバーしすぎたため、制作会社であるMTMを首になっています。もっとも、ボチコはそんなことをものともせず、別会社で『LAロー/7人の弁護士』(86-94年)を大ヒットさせます。こちらはロサンゼルスにある法律事務所を舞台にした法廷ドラマですが、『ヒル・ストリート・ブルース』で確立した手法をそのまま持ち込み、それまでの法廷ドラマのスタイルをここでも一新してしまったのです。
 そのボチコが現在手がけているのが『NYPDブルー』(93年~)です。ニューヨーク市警の一分署内の私服刑事たちの活躍を描いたこのドラマは、『ヒル・ストリート・ブルース』の後半で人気を得た異色の俳優デニス・フランツ(チビでデブでハゲでどこから見ても悪人顔)を主人公の刑事に抜擢、彼の強烈な個性を核に、それまでTVではタブー視されてきた卑語や大胆なラブシーンなどを積極的に盛り込み、一般視聴者はもちろん批評家たちの圧倒的な支持を受け今も放送中です。
 一方、八〇年代に『ヒル・ストリート・ブルース』と双璧を為した刑事ドラマが『女刑事キャグニー&レイシー』(81-88年、95年)です。こちらはニューヨーク市警十四分署
に勤める二人の女刑事クリス・キャグニーとメリーベス・レイシーを主人公にしたこのドラマは、『ヒル・ストリート・ブルース』同様、刑事たちの私生活にも事件同様に重点が置かれ、特に兼業主婦であるメリーベスの家庭が細やかに描かれていたのが特徴でした。
 さて、先程名前を挙げたボチコのあとを追うように、今アメリカTV界で最も活きがいいプロデューサーとして注目されているのが、デイヴィッド・E・ケリーです。ケリーは五六年メイン州生まれですから、ボチコの一つ下の世代ということになります。そのボチコの『LAロー/7人の弁護士』に同じくプロデューサーとして参加したケリーは、そこで得たノウハウを生かして、『天才少年ドギー・ハウザー』(89-93年)という三〇分もののコメディを(やはりボチコと組んで)作って腕を磨き、次に『ピケット・フェンス』(92-96年)という作品に取り組みます。
『ピケット・フェンス』は、ウィスコンシン州の片田舎にある架空の町ローマを舞台に、そこで起こる難事件珍事件を相手に奮闘する保安官事務所の面々を描いたドラマです。とにかく町の人々が変わり者揃いなおかげで、いつも奇妙な騒動が持ち上がり、堅物の保安官をきりきり舞いさせるという、まるで陽気な『ツイン・ピークス』とでもいったテイストの作品に仕上がっています。主役のブロック保安官を演じるトム・スケリットが、まじめな顔をすればするほどおかしいというのがミソ。
 さらにケリーは、『ER』と同時にスタートするというハンデを負いながらも奮闘を続けている病院ドラマ『シカゴ・ホープ』(94年~)を製作、この二作で一気に人気プロデューサーとなります。
 そして、『ピケット・フェンス』が終了した翌年、『ピケット・フェンス』の中に混在していたコメディ的要素とシリアスな要素とを二つに分離して、同時にスタートさせたのが『アリーMyラブ』(97年~)と『ボストン弁護士ファイル/ザ・プラクティス』(97年~)です。どちらもシカゴを舞台にした弁護士の法廷ドラマでありながら、『アリーMyラブ』の方は民事中心の奇妙な裁判と主人公であるアリーたちの恋愛模様をドタバタした喜劇調で描いているのに対し、『ザ・プラクティス』の方は、あまり経営がうまくいっていない刑事弁護士事務所を舞台に、シビアな犯罪ドラマが展開されます。一度、双方のキャストが互いの番組にゲスト出演し、相手の事務所に行って目を丸くするシーンがあって、爆笑してしまいました。
 いろいろ番組名をあげてきましたが、現代最高の警察ドラマとして特筆したいのが、『ホミサイド/殺人捜査課』(93-99年)です。残念ながらアメリカでは昨年で放送が終了
してしまいましたが、『ER』、『NYPDブルー』と並んで、九〇年代のエミー賞の座を奪い合っていた大傑作です。
『ナチュラル』や『レインマン』、『スリーパーズ』などで知られる映画監督、バリー・レヴィンソンがプロデューサーを勤めたこのドラマは、レヴィンソンの生まれ故郷でもあるメリーランド州ボルチモアにある警察署を舞台に、殺人課の刑事たちの活躍を描いています。
 手持ちカメラを多用し、ボルチモア市内でのロケ撮影を繰り返したリアルな映像は、『ER』や『NYPDブルー』より一足早くドラマに更なる迫真性を持ち込んでいました。荒れ果てたアメリカの地方都市の姿を映像で見せつけられると、そりゃこんなとこじゃ犯罪が多くても当たり前だよなあ、と不謹慎なことを考えてしまいます。
 しかし、映像よりもすごいのはなんといってもその物語でしょう。元々、デイヴィッド・サイモンのノンフィクションを基にして製作されたこのドラマは、徹頭徹尾リアルを追求しています。事件が解決しないなんてことはザラ。次から次へと凶悪な殺人事件が起こり、所内に置かれた黒板には捜査進行中の事件名が山のように書かれたまま。刑事たちは事件に追われながらも、内職に精を出したり、昇進試験に悩んだり、不倫に走ったりと、私生活でも問題山積み。しかも、ほとんどが人相の悪い人たちで、TV俳優らしい美男美女が極端に少ない配役も、作品のリアルさを増しています。
 ここまでお話ししてきたように、八〇年代以降のアメリカの連続TVドラマ、特に警察ものや法廷ものといったミステリ・ドラマの特徴は、現実感とかリアルさの追求にあります。現実に凶悪事件が多発している現在、一つの事件を六〇分かけて解決するようなドラマには、視聴者もあまり親近感を持てないでいるのかもしれません。
 もっとも、ここまで触れてこなかっただけで、今でも昔通り、一話一事件といったスタイルの番組や、ヒーローが活躍する番組もあります。
 たとえば、六〇年代の短命な警察ドラマ『事件と裁判』のコンセプト(番組の前半では刑事たちが容疑者を逮捕するまでを描き、後半ではその裁判の様子を描く)を復活させた"Law & Order(法と秩序)"(90年~)は、典型的な一話一事件ものですし、"Walker, Texas Ranger(ウォーカー,テキサス・レンジャー)"(93年~)や『刑事ナッシュ・ブリッジス』(96年~)のように、主人公の名前が即タイトルといったアクション中心のドラマも人気番組として残っています。
 ただ、"Law & Order"や"Walker, Texas Ranger"は物語の語り口が非常にシリアスですし、『刑事ナッシュ・ブリッジス』は主人公のヒーロー性こそ強いもののドラマの構成自体は多エピソード型だったりと、昔の警察ドラマのままではありません。やはり、時代と共にTVドラマも変化しているということでしょう。
 最後に、この手のアクション路線で今一番注目しているドラマを一つ。それは、かつての『燃えよデブゴン』ことサモ・ハン・キンポーが主演している"Martial Law(マーシャル・ロー)"(98年~)です。彼が中国からロス市警にやってきた敏腕刑事に扮し(『警部マクロード』と同じ設定だよ)、カンフーの技で悪人をばったばったと倒すというんだから、ちょっと見てみたいではありませんか。

《後記:そして21世紀の現状は?》
 さて、この原稿を書いた年の秋にアメリカで放送が開始された、『CSI:科学捜査班』が大ヒットし、アメリカのミステリドラマは科学捜査モノや特殊捜査モノが大流行するようになります。
 本家CSIはスピンオフが2本作られますし、それ以外にも、数学をネタにした『NUMBERS 天才数学者の事件ファイル』、プロファイラーたちの活躍を描く『クリミナル・マインド FBI行動分析課』、迷宮入りした事件専門の捜査班を扱った『コールドケース 迷宮事件簿』や失踪事件専門の捜査班を扱った『FBI失踪者を追え』、元自称サイキックが犯人のウソを暴く『THE MENTALIST メンタリストの捜査ファイル』、さらには『ドクター刑事クインシー』以来の検視ものも『BONES』を筆頭に続々と登場、まさに雨後の筍のごとき乱立ぶりとなりました。しかも、ほとんどの作品がヒットしたのです。

 一話完結型のプロットは、80年代以前のミステリドラマへの退行にも見えますが、従来の「名探偵が登場するパズラー」、「刑事や探偵が足で稼ぐ捜査モノ」、「とにかく派手なアクションモノ」のいずれの枠組みとも違う「専門家による科学捜査(もしくは特殊捜査)モノ」というジャンルが確立したことは、2000年代アメリカミステリドラマの大きな特徴だったと言えるでしょう(ちなみに、アクションモノの流れは、リアルタイム進行とクリフハンガーという構成上の大ネタ二つで突っ走る『24』が、ほぼワン・アンド・オンリーなドラマとして、すっかりお客さんをもっていったのですが、それはまた別の話)。
 とはいえ、今やすでに2014年。上記のドラマの多くも終了し、特殊捜査モノのブームも一段落しつつある気がします。
 一方、シリアスでリアルなドラマのほうは、アーロン・ソーキンの『ザ・ホワイトハウス』や『ニュースルーム』のように、ミステリよりも人間ドラマのほうへ軸足を移して続いていますが、こちらも(個々の作品の評価は抜群に高いですが)メジャーなトレンドにはなっていない感があります。
 さて、この先10年のミステリドラマのトレンドは、いったいどんな方向に向くのでしょうか?

 んじゃ、今、「どんなミステリドラマがアメリカで放送されてんの?」ということに興味がある方には、『翻訳ミステリー大賞シンジケート』というサイトで、『TVを消して本を読め! 堺三保の最新TVドラマ・映画事情』という連載をやってますんで、ぜひとも以下のリンクからそちらを読んでやってください。よろしく~。

http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/searchdiary?word=%2A%5B%A1%DA%CB%E8%B7%EE%B9%B9%BF%B7%A1%DB%BA%E6%BB%B0%CA%DD%A4%CE%BA%C7%BF%B7%A3%D4%A3%D6%A5%C9%A5%E9%A5%DE%A1%A6%B1%C7%B2%E8%BB%F6%BE%F0%A1%DA%A3%D5%A3%D3%A3%C1%A1%DB%5D

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