J・J・エイブラムズ: ハリウッド一やり手の若き万能選手、スタトレ再生の旗手となるか?

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 2009年、早川書房の『SFマガジン』に書いたもの。
 この原稿を書いたあとのエイブラムズの活躍は、皆さんもご存じの通り。
 テレビでは新作「パーソン・オブ・インタレスト」を成功させ、映画では「スター・トレック イントゥ・ダークネス」が空前の大ヒット。しかも、「スター・ウォーズ」の新々三部作「エピソード7~9」の監督にも抜擢されて、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
 そろそろ誰かが、今度は「JJはスター・ウォーズ再生の旗手となるか?」なんて記事を書いてる希ガスww
 それにしても、STとSWを同じ人が作る時代がやってくるとは(遠い目)。

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 去る五月八日、全米で封切られた新作映画「スター・トレック」は週末三日間で八千万ドル近い興収を上げ、上々のスタートを切った。
 この結果を待たずして、すでに二作目の製作も決定、進行しており、映画「ネメシス」の興行的失敗と、テレビシリーズ「エンタープライズ」の打ち切りによって、一旦は死に体となっていた〈スター・トレック〉が、新しい世代をターゲットにしたフランチャイズとして、完全復活を果たしたと考えていいだろう。
 この新作を見事に成功させた監督であり、プロデューサーでもあるJ・J・エイブラムズとはどういった人物なのか。本稿では、彼の経歴とその作品の特徴を追いかけてみたい。

 J・J・エイブラムズ、本名ジェフリー・ジェイコブ・エイブラムズは、一九六六年ニューヨーク市生まれ。主にテレビムービーを作り続けているテレビ・プロデューサーのジェラルド・G・エイブラムズを父に、エグゼクティブ・プロデューサーのキャロル・エイブラムズを母に持ち、ロサンゼルスで育つ。大学はサラ・ローレンス・カレッジ。
 十六歳の時(八二年)、低予算映画「魔獣星人ナイトビースト」の音楽を担当したのが、プロとしての初仕事。そして、大学時代に友達と書いた企画書がタッチストーン映画に売れ、それをそのまま自分でシナリオ化した「ファイロファックス/トラブル手帳で大逆転」(九〇年)で脚本家デビューを果たす。
 この映画は、一冊のシステム手帳を介して、さえないサラリーマンと憎めない脱獄囚とが、偶然入れ代わってしまうドタバタコメディで、監督であるアーサー・ヒラーの手堅い演出や、主役の二人(ジェームズ・ベルーシとチャールズ・グローディン)の達者な芝居もあるが、なによりも構成のかっちりとした脚本のクレバーさが光る佳作で、ここからすでにエイブラムズはその頭角を現したと言っていい。
 さらにその翌年の九一年には、監督に「卒業」のマイク・ニコルズ、主演にハリソン・フォードを迎えた人間ドラマ「心の旅」のシナリオを手がけ、そして九二年にはメル・ギブソン主演の「フォーエヴァー・ヤング/時を越えた告白」で、脚本のみならずプロデューサーとして製作の総指揮を執ることになる。
 その後も順調に映画の脚本を書き続けるが(大ヒットしたパニック映画「アルマゲドン」(九八年)の脚本にも関わっている)、「フェリシティの青春」(1998~2002)から、テレビドラマの製作に乗りだし、「エイリアス/二重スパイの女」(2001~2006)と「LOST」(2004~)で、押しも押されもしないテレビのヒットメーカーとなる。
 また、「フェリシティの青春」からは、製作・脚本のみならず、演出家としても活動を始める。そして、現代的なスパイアクションをテレビドラマとして蘇らせた「エイリアス」を見たトム・クルーズに気に入られ、二転三転していた「M:i:III」(〇六年)の監督・脚本に選ばれる。さらに、この「M:i:III」のヒットによって、パラマウント映画の重役連がエイブラムズを気に入り、彼に「スター・トレック」の再生を依頼したのである。
 その一方で彼は、低予算ながらそれを逆手に取ったドキュメンタリー・タッチの怪獣映画「クローバーフィールド/HAKAISHA」(2008)の製作もおこない、見事なまでの宣伝戦略でこの作品も成功させ、シリーズ化を着々と進めている。
 プロデューサー、監督、脚本家として、映画とテレビの両方で大車輪の活躍をおこなっているエイブラムズは、まさに万能選手であり、今ハリウッドでもっとも注目を集めている若き実力派だと言えるだろう。

 まあ、少々羨望を込めて言わせてもらえれば、ここまで才能と運とに恵まれたゴールデン・ボーイも滅多にいない。
 両親がプロデューサーで最初からコネはあっただろうとはいえ、二〇代前半でいきなり脚本家デビューし、仕事をするたびに、それがまた次の仕事の呼び水となって、トントン拍子にさらなるステップアップをしていったあげく、四〇代前半でハリウッドの超大物におさまってしまったさまは、ほとんど昔話の「わらしべ長者」みたいで、リアリティに欠けることおびただしい。普通は、どんな人でももうちょっと苦労するものだ。
 ありあまる才能、他人と交渉するスキルの高さ、そしてチャンスを逃さない機敏な対応能力。この三つが備わっていないことには、こうはうまくいかないだろう。まさにプロデューサーの鑑。自らもプロデューサーである両親は、さぞや喜んでいるのではないだろうか。

 彼の作風の特徴は、なんといっても視聴者を引き込む「フック(鈎)の巧みさ」にある。
 いったいこれはどんな話なのか。次に何が起こるのか。見ている人をひきつけ、チャンネルを変えさせない、謎と驚きに満ちた波瀾万丈の展開が、彼の作品の特徴なのだ。
 それを明確に作品の構造として見せてくれたのが「エイリアス」だ。国際的な陰謀に立ち向かうCIAの女スパイの活躍を描いたスパイアクション、というのがメインの筋立てで、それ自体はあまり目新しいものではない。
 ところが、エイブラムズはこれをかつての「連続活劇映画(シリアル)」調の連続ドラマとして作り上げてしまったのだ。
 通常、テレビドラマは、あまりに連続性が高すぎると、新しい視聴者を途中で獲得しにくくなるし、飽きた視聴者が途中で脱落してしまいやすいため、視聴率が先細りになってしまう危険性が高い。特にアメリカのテレビドラマの場合、ヒットした場合は何年も続く長期シリーズとすることが成功の条件とされているため、普通は、全体の大きな話の流れを緩めに入れ込みつつも、基本的には一話完結のエピソードを連ねていく。つまり、各話ごとに一つのお話としての「起承転結」があるわけだ。
 ところが、「エイリアス」の各話の作りは、基本的に「結起承転」となっているのだ。つまり、毎回毎回、クライマックス(主人公が大活躍するところ)で始まって、クライマックス(主人公が危機一髪に陥るところ)で終わるようになっているのである。別の言い方をすれば、その話数のエピソードのオチを見るには、次の回の冒頭を見るしかないのだ。
 これは、同時期に始まったもう一本のスパイもの「24」(こちらは、皆さんご承知の通り、シリアルの要素を持ち込んだだけでなく、実時間ドラマという従来は実験的な作風だったものを、連ドラに持ち込んでしまった)と共に、アメリカのテレビドラマの概念をひっくり返したと言ってもいい。
 もう一つ、「エイリアス」が普通のスパイものとは違ったところは、妙にSFっぽい小ネタが伏線の一つとして盛り込まれていたところだろう。主人公たちは、ルネッサンス期ヨーロッパの発明家が残した超先端技術を、悪のテロ組織と争奪戦を繰り広げることになるのである。
 この路線をさらに推し進めたのが、大ヒットドラマとなり、現在も放送中の「LOST」だ。これは、謎を秘めた孤島に不時着した旅客機の生存者たちが繰り広げるサバイバルアクションなのだが、やはり先に書いた二つの特徴である「連続活劇的構成」と「SF風小ネタ」が盛り込まれている。
 さらにこのドラマがおもしろいのは、徹底的に作品世界の時系列をシャッフルしてみせたことにある。第三シーズンまでは、物語は不時着したあとのサバイバル生活と、飛行機に乗り込む前の各キャラクターの人生とを交互に描いてみせることで、多数の人物の背景説明を自然な形で物語の中に盛り込むと共に、過去と現在をシャッフルさせて、「島にたどり着くまでに彼らに何があったのか? それは島の秘密とどんな関係があるのか?」という謎を徐々に明かしていくという、ミステリアスな演出を実現したのだ。
 しかも、第四シーズン以降はがらりとシャッフルの時間軸を反転させ、島でのサバイバルと、島を脱出したキャラクターたちの数年後の日々とを描いてみせ、今度は「島を脱出した彼らにいったい何があったのか?」という謎に切り替えて、視聴者の興味を見事にかきたてなおしたのである。
 こうして、テレビで鍛えたエイブラムズ流の視聴者獲得術を、映画に応用してみせたのが、低予算ながら強烈な新機軸の怪獣映画となった「クローバーフィールド/HAKAISHA」だ。
 これは、「ブレアウィッチプロジェクト」に代表される低予算実録風ホラーの手法を怪獣映画に当てはめた(要は、すべての物語を登場人物の一人が持つビデオカメラが捉えた映像ということにしてしまった)ことで、日本の怪獣映画が失ってしまった「怪獣の恐怖」を、圧倒的な臨場感で再び生み出してみせた快作だった。
 しかも、作品のおもしろさを最大限に宣伝すべく、エイブラムズは徹底したじらし戦術で広告を展開、内容をほとんど紹介しないまま、観客の興味をかきたてる作戦をとり、見事に人々の歓心を惹いてみせた。
 また、この作品は、誰一人としてスターが登場しないという、ハリウッド映画の常識からは外れた作りになっている。このため、大スターたちの意向を気にすることなく、自由に作品のストーリーを練りあげることができている。
 これもまた、ホラー映画の製作手法を怪獣映画への応用であると共に、テレビドラマの製作手法の映画への応用でもある。
 一方でスター映画の製作経験も持つエイブラムズは、ここでは徹底してハリウッドのスター・システムを回避し、テレビ製作で得たノウハウをたっぷりと注ぎ込むことで、こぢんまりと計算の行き届いた構成を持つ作品を作り上げたのだった。

 今回の新作映画版「スター・トレック」は、そんなエイブラムズの手腕を買ったパラマウント映画が、自社最大のシリーズものである〈スター・トレック〉の再生を彼に依頼したものだ。
「ネメシス」と「エンタープライズ」の失速の最大の原因は、〈スター・トレック〉があまりにもたくさんの作品を抱える長大なシリーズとなったため、作品世界内のお約束が増えすぎ、新しいファンにはとっつきにくいものになってしまって、既存の熱烈なファンにしか訴えかけないものとなったからだ、と判断したパラマウントの重役陣は、かねてからシリーズの原点回帰による新規まき直しを望んでいた。実のところ、「エンタープライズ」もそのための試みだったと考えていいだろう。
 このため今回の新作は、最初の作品である「宇宙大作戦」のキャラクターたちの若い頃を描くという方向が最初から求められていた。
 しかし、この手の前日譚(たとえば、「スター・ウォーズ」新三部作のようなもの)は、既存の作品とのあいだの「答合わせ」に陥ってしまいやすい。
 そうなってしまうと、答を知っている既存のファンにとっては、何の意外性もないオチの見えているストーリーに、何も知らない新しい客にとっては、結局わけのわからない小ネタだらけのストーリーに、それぞれなってしまうことになりやすい。
 その上、既存の作品へと続くような形の、しまらないエンディングでもついてしまったら、単体の作品としてのまとまりまで欠いた印象ができてしまう。
 最悪の場合、古いファンには見放され、新しいファンは獲得できずに終わってしまい、シリーズの命脈を決定的に絶ってしまうことになりかねないのだ。
 エイブラムズに課せられたのは、その逆を実現することだった。つまり、既存のファンを満足させつつも、新鮮な作品として新たな観客層(特に、今までのシリーズを見たことのない十代から二十代前半の若者たち)を獲得することを要求されたのである。
 それに対して、「LOST」では、まさに「答合わせ」のおもしろさを延々と追求していたエイブラムズは、本作では逆に、決然と答合わせを拒否してみせた。
 詳しくは読者諸兄の楽しみを削ぐのでここでは書かないが、映画の冒頭でいきなり始まるアクションの結果、「これはきみたちの知っている〈スター・トレック〉ではない」ということを高らかに宣言してしまう。そして、エンディングにおいて、このあとさらに、誰も見たことのない冒険が繰り広げられるであろうということまでが示唆されるのだ。
 本作は、アメリカではすでに新しい観客層と古いファンの双方から熱烈な歓迎を受け、さらには批評家たちからも高い評価を受けており、興行収益もシリーズ過去最高額を記録することが期待されている。
 エイブラムズは、見事に人々の期待にこたえ、ヒットメーカーとしての実力をまたしても証明してのけたのである。

 さて、そんなエイブラムズは、すでに次のプロジェクトをいくつも進行させている。
 まず、昨年秋から放送開始された新作テレビドラマ「フリンジ」(日本ではまだ紹介されていない)の第二シーズン続行が、無事に決まった。
 この作品は、謎のテロ集団による最新の科学技術を使った陰惨なテロに対し、FBI内に設立された特別班が立ち向かっていくというストーリーで、かつての「X-ファイル」も真っ青のトンデモ科学ネタ(しかもルーツは七十年代に流行ったニュー・サイエンス)と陰謀論ネタが満載のいかがわしさが特徴だ。正直な話、まともなSFファンは眉をひそめるか頭を抱えたくなるような作品なのだが、そのいかがわしさが普通の視聴者には受けが良いようだ(苦笑)。
 また、ヒットした「クローバーフィールド」と「スター・トレック」は、それぞれ続編が製作中(なんと「スター・トレック」は映画公開前からすでに次回作の製作がスタートしていたんだとか)で、それぞれ来年と再来年の公開に向けて作業が進んでいるらしい。
 さらには、スティーヴン・キングの大長編ファンタジー『ダークタワー』の映像化に着手したこともつい最近発表された。
 まさに今のエイブラムズは、脂ののりきった状態だと言えるだろう。次はどんな手で観客をあっと言わせてくれるのか。彼の一挙手一投足に、ハリウッドの注目が集まっているのだ。

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