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【東京】真夜の東京を征け!

 まだ東京に住んでたころ……。
 四回ほど、終電をのがして、アパートまでてくてく歩いて帰ったことがあったっけ。
 深夜の東京は、人の通りもそこそこあって、街灯も明るく、案外と安全なので。

 一度目は、働きはじめた会社の初日。
 部署で歓迎会をしてくれたものの(もっとも、わたしとしては早く帰宅したかったけど……)、23時をすぎても終る気配もなく、終電を気にしてそわそわしても、上司は気にすることなく飲み続けてる。
 0時をすぎても状況は変わらず。
 先輩の女子社員の様子をうかがうと……これまた、けろっとした様子で飲み続けている。
 絶望のまま、午前2時。
 ようやく散開となり、各自めいめいにタクシーを拾って帰って行った。
 お金のないわたしは、途方にくれて、北千住のアパートを目指し、歩くほかなかった……。
 あんな時間まで付き合わされるなら、せめてタクシー代くらい支給してほしかった。
 翌日、寝不足のまま出社すると、昨夜けろっとした様子で飲んでいた先輩女子が、
「なんでタクシーで帰らなかったの!?」
 お金がなかったんですよ!!
 これ、大手の企業なら、問題視される事案だよ?
 当時の世間知らずなわたしは、こういうもんかと諦めてたけど、ITのベンチャー企業は、案外とブラック気質なとこが多い。

 二度目は、週末に友達と盛り上がりすぎて、終電を逃した。
 でも大丈夫。
 今度はひとりじゃないし、その友達とわいわいおしゃべりしながら、池袋から歩いて行った。
 途中、吉原付近で、ホストクラブの呼び込みにつかまったけれど、
「いえ、いいです……!」
 かたくなに断り、振り切ったっけ。
 ただ、実際の吉原跡地を通り抜けてみると、かつての大門(おおもん:吉原の正面玄関)のあたりが、伝承に聞くとおり本当にくねくね曲がっているのを見て、妙に感動したっけ。
 その後は、友達の家についたところで、車で送ってってもらった。

 三度目は、またも終電を読み間違えて、今度は神田駅から歩いて帰るはめに。
 地下鉄は、終わるのが早い。
 ただ、これまでの中ではだんとつに短い距離で済む。

 前述の通り、東京の深夜は想像以上に安全である。
 あちこち明るいし、人の通りもあるから。
 むしろ危険なのは、真っ暗で人の監視の目がない、田舎の道なのだ。

 途中、南千住を通過するあたりで、近辺に住んでいる友達へメッセージを送る。
「坂井のどか、参上!」
 さらに、
「近くを通ったら、挨拶しなきゃね。いまは眠ってるだろうけど、起きた時にこれを見て、びっくりしてくれ」
 満足したわたしは、そのまま千住大橋へ接近した。

 その手前で……。
 狭い道にて、建物へ向かって、立ち小便をしている男性がいて、
(やだなあ……ばっちいなあ……)
 こういう人からは、早足で離れるに限る。
 千住大橋の歩道へ上がる螺旋階段をのぼりきったところで、不審な足音をきいた。
 来たばかりの道を階段から見下ろすと、
(げっ、さっきの立ち小便男!)
 まっすぐ、こちらへダッシュしてくるではないか。
 しかも、あろうことか、この螺旋階段を登り始めているではないか!

千住大橋の歩道へのぼる螺旋階段

 さすがに怖いので、そそくさ早足で、千住大橋を渡ることにした。
 ……が。

 もう一度、おさらいしておくけど、東京の深夜が安全なのは、
・街灯があるから
・人通りがそこそこあるから
 なのではあるんだけど……。

(やばい、橋の上って、街灯はあるけど、人通りがまったくない!
 あるのは、車の通りのみだ。
 冷や汗で、すたすた歩いていると、男性の乱雑な足音が急接近し、
「ねえねえ、お姉さん、どこ行くの?」
「あ、いえ、家に帰るとこなんで」
「これから、どっか飲みに行こうよ。真夜中に女性一人で歩くのは危ないよ」
 今まさに、危ない目に遭ってる最中なんですけど!!
「いえ、お家へ帰るんで、いいです。さよなら!」
 無視して歩き出した、その刹那──。

 いきなり、背中から抱きつかれたではないか!
 しかも、その両手が、わたしの両胸に……!
 さらに、よくよく考えたら、
(この手、さっき、立ち小便をしてた手! 洗ってないやつ!)
 ここまで、あからさまな痴漢に遭ったことなどなかったので、パニックになったわたしは、
(とにかく、逃げる!)
 身体をはげしくよじって、男の拘束を強引に振り解き、そのまま──ガードレールをまたいで車道へ出た。
 車のヘッドライトが、わたしを照らし、東京方面へ去ってゆく。

「ちょっと、そんなことしたら危ないよ! 戻ってきて!」
 男の声がわたしの背中にぶつかって跳ね返る。
 冗談じゃない。
 歩道へ戻る方が絶対に危険。

 男はうろたえたかして、それ以上は追ってこなかったが、わたしはとにかく必死に走り、千住大橋を渡り切った。

千住大橋の歩道と車道

          ◯

 後日、いろんな友達から叱られた。
 当時の彼氏からも叱られた。(現・夫)

 さて、四度目の深夜東京散歩。
 この時もまた、神田駅で終電を逃したけれど、今度は大丈夫。
 本当に、大丈夫。
 だって、彼氏(今の夫)が一緒だったから。

 千住大橋を渡る最中、あの時のエピソードを話すわたしの隣で、彼氏は大いに憤り、怒りの形相で、あの痴漢への罵詈雑言を吐き散らしてくれてた。
「のどか、お前はときどき、心臓に悪いことをしでかす。今までは運がよかっただけってこと、肝に銘じておけ!」
 いや、ほんとごめん。
 なるべく、危ないことはしないようにするから。

 その後ほどなくして、結婚を前提に、彼氏の住む北関東へと移住したのであった。

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