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【シルクロード】国境の崖を越えろ!(4)崖のぼりと、巨大おにぎりっぽいリュック

 前回のあらすじ:
 消失した、国境への道は、まるで怪獣がかじった跡のように見事な消えっぷりだった。

 左側はダークグレーの激しい濁流。
 右側は切りたった崖。
 パキスタンへ伸びているはずの道は、崩れた崖にながされ、ぽっかり大きな穴があいていた。
 工事用のブルドーザが、しずかにたたずんでいる。
 おそらくどこかに工事用のキャンプがあるに違いない。
 いちおう、復旧工事はおこなっているようだ。

 薄暗がりの中、早速、崖との格闘をはじめることにした。
 崩れた跡なので、実に地盤がもろい。
 先陣を切ったのは、大学時代は登山部だったという沖さんで、
「装備がしっかりしていれば、こんなの何でもないんだけどなあ。この靴じゃ、信頼性がないよ……」
 登山用の靴であれば、ほんの少しの接点でも安定した登坂が可能らしいけど、スニーカーでは、いつ足を踏み外はずすか……。

中腹あたりまで登ったとこ

 計画では、ある程度のぼって、崩れていない箇所まで到達したら、そこから横移動し、さらにそこから降りよう、ということになっている。
 とはいえ……。
「やば!」
 油断をすると、背中の荷物の重さに引っ張られて、あやうく仰向けに落下しかねない。

 二番手は、最も荷物が軽い波村さん。
 小さなリュックのみの軽装で、ほいほいよじ登ってゆく。

 三番手が、わたし。

 四番手が人のよさそうな顔立ちの、小野田さん。
 背中のバックパックに加え、胸の前のバッグ、衣類のはいったスポーツバックを腕に引っ掛けているものだから、彼のみが、はるか後方へと引き離されてしまった。
 大丈夫なんか……?

 剣のように尖った山間から、ついに太陽が顔をのぞかせる。
 重心に気をつかいつつ、砂や小石を払いながら、体重をあずけられそうな岩をえらび、手をかけ、足をのせる。
 その繰りかえし。
 そして……ついに、動けなくなってしまった。
 間抜けなスパイダーマンのごとき体勢で、崖にへばりつく。
(これ、ちょっとでも体のどこかを動かすと、延々とずりおちるやつだ……!)
 さすがに死にはしないだろうけど、怪我は避けられないよね。
 下手すると重症かもね。
 ついでに、下をうろうろしている小野田さんを巻き添えにするよね……。
 脂汗が、じっとりにじむ。
(困った……)
 少し降りて、別の岩を模索しようかとも考えたけど、半端な体勢をとるしかない今、下手に降りるのは、登るより危険。
 かといって、このままの体勢では、数分後には筋肉が疲労し、自分を支えきれなくなるに決まっている。

 誰にも、頼れない。
 助けも、呼べない。
 ひとまず、呼吸をととのえるところから始めてみる。
 なるべく冷静に、周囲を観察する。
(ああ、なんとか……行けそう)
 ちょっとずつ指をずらして、より安定しそうな隣の岩へ手をかけ直す。
 右足も、少しずつずらしながら、つまさきでそっと重心をかけ、全体重に耐えられそうな箇所をさがす。
 同時に、Xの字にひろがった手足の位置を気づかいながら、次のモーションへ移れそうな姿勢を模索する。
 数分後……。
 人生最大の、誇張でもなく生命の危機にあった状況から、どうにか脱出できていた!

 やがて、ずっと下の方からブルドーザのエンジン音が鳴りひびいてきた。
 そっと地上へ視線をむけると、排気口から立ち上ったであろう黒煙が視認できた。
 ゴマ粒のような作業員たちが、うろうろしている。

 ついに、先を言っていた沖さんと波村さんに追いつけた。
 二人は、小さな舞台のように張り出した岩の上で、そろそろ横移動しようかと相談していたところだった。
 しかし、荷物を背負ったままでは、どうも難しそう。
 次の移動ポイントにしたいのは、前方に横たわる、ここと同じくらいの岩舞台。
 沖さんがうなりつつ、
「もっと人数がいればなあ。まず荷物をここに置くだろ。一人一人が横に這っていって、一列に手をつないだところで、バケツリレーの要領で、全員分の荷物を向こう側の岩の上へ運ぶんだよ。でも4人じゃなあ……」
 悩んでいるうちに、小野田さんが追いついた。
 波村さんが、
「荷物を、あの岩に着地するよう上手くなげてみるのは、いかがでしょうか」
 いや、現実的にはかなり難しそう……。
 わたしをふくむ他3人が、渋い顔で腕組みをしていると……信じられない出来事がおこっちまった。
 波村さんが、何かを投げたのだ。
 実験的に、てごろな石か岩を投げたのだろうと思って、それを目で追ったところで、わたし達3人は仰天した。
 それは、彼のリュックだったのだ。
 いきなり本番!
 巨大なおにぎりのような転がりっぷりで激しく回転し、やがて……はるか遠く、眼下の濁流へと、音もなく消えていったのだ……。

 つづく。
 

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