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島の未来に大きな希望を持っている話。


山口県の周防大島に移住してはや6年になりました。季節を肌で感じ、周囲の人たちの関わりがとても幸せで、今年はついに思い切って集落に家を建てることになりました。借金してでも住みたい、家を建てた方がいいと思ったのにはワケがあります。

「周防大島は毎年、人口が400人ずつ減る。あと10年で1万人を下回る。ヤバいよね」こんな話をよく耳にするけれど....

人口の推移を「自然増減(死亡と出生)」と「社会増減(転入と転出)」に分けて考えると

自然減は所与のものとして規模が縮小した未来に備え歴史に学ぶことが必要な一方、社会増減の面で周防大島町がとても、とても良い状態にあるようです(画像の分布図参照)


具体的には、周防大島の人口「社会減」は、大島大橋の事故要因を除けば毎年平均30人前後の減少、すなわち5年間でもわずか150人減、「率にして△1%を切る水準(!)」となっている。

(人口規模が周防大島町と同規模である自治体の)全国平均の社会減少率(2015-2020)は△3.85%(!)

仮に周防大島町が「全国平均並みの社会減」となっていた場合は、5年間で650名以上の「社会減」があったと試算できます。

言い換えれば、①500人の人口流出(転出)を防いだ、②500人の人口流入(転入)に成功したのどちらかということ...!

住民基本台帳等のデータを見るに、周防大島の社会増減は「毎年相応の流出があるが、その分流入があり、結果トントンである」という評価が正確で、

全国の市区町村を人口規模と社会減少率の分布図にてチェックすると(画像参照)人口規模1万~3万人の自治体の中で減少率が△1%を切る水準にある団体は少なくとも偏差値65(上位5%)、場合により偏差値70(上位2%前後)に位置する。

周防大島町が全国的に見てもめちゃくちゃ良い状態にあることがわかります。こんな自治体、探したってなかなかありません(社会増もチラホラありますが、そのほとんどが1万人未満の自治体で分母が小さいので比較できない)

周防大島は、団塊の世代がUターンして自治会の役員をしている人も多いし、全国的に移住ブームが起きる何年も前から町を挙げて先輩方が取り組まれてきた成果が如実に出ていて本当にすごいことだなぁと。

集落の先輩がよく「ないものばかり見ずに、あるもの、与えられているものはなにかしっかり評価せよ」と教えてくださいます。

第一、日本全体の人口が100年で1/3になるんですから、自然減(死亡により人が減る)は別に恐れることというよりも「まあそうなるよね」と大きく構えて人が減ったら減った状態でのコミュニティ運営をすればよくて、努力でコントロールできる部分はバッキバキに成果が出てるって、むしろめちゃくちゃすごいんじゃないかと。

そして周防大島は、産業構成の特徴、歴史的背景から、雇用されずに働く人の割合が高いのです。(3人に1人が家業か事業主)。

「雇用を生み出す」「所得を上げましょう」という都市的発想はむしろ今後も必要なく、個人事業主と家業が全国対比で3倍以上の割合存在する特徴に着目し、

生産拠点としての特徴を高めていく必要があるとともに、自治活動(自治会、消防団等)が他市区町村に比べ残っている現状も、こうした就業者属性によるものでもあると前向きに捉えたい。

明治期からの日本の超長期人口推移をみれば、今後の人口は2100年ごろに明治期前後まで「戻る」ものと予測され、


その時代(1960年代以前)に主流であった個人事業・家業・組合的営みが合理的になり、「自治が重要になる未来」が来ることを考えると、「遅れているように見えるけれど、じつは時代の最先端」なのではないかと。

社会減がほぼないということは、日本のなかで、かなり早いうちに「人口が下げ止まる」ポイントが来るということでもあり、それまでしっかり自治と共助を残せれば、時代の最先端だと思っている話でした!

と、データばかり見て思うというよりも、

端っこの集落に結構子育て世代がいたりとか、隣の集落の自治会長が40代の先輩移住者になったりとか、

隣の集落の80代の大先輩がまだまだチェーンソーで荒地をバリバリ開拓していたりとか、師匠もあっちが痛いこっちが痛いと言いながらガンガン漁に行ったりとか、事業をしてる商売上手な先輩がいっぱいいたりとか、

たくましい爺様姉さまたち、先輩方の背中を見ていると全然課題だらけどころか、こんな素晴らしい島はないと思うのです。

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