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名誉感情侵害について(侮辱)

1 名誉感情侵害とは

 「名誉感情侵害」とは聞き慣れない言葉かと思いますが,その典型は,「侮辱」です。名誉感情侵害は民事での「侮辱」と捉えてよいでしょう。民法に「侮辱」という言葉はありませんが,「侮辱罪」は刑法に規定されている犯罪であり,近時,法定刑が引き上げられました。刑事と民事の侮辱は,保護法益が違う,成立要件(公然性の有無など)が異なるなど,いくつかの違いがあります。
 名誉感情とは,「人が自分自身の人格的価値について有する主観的な評価」のことで,プライドや自尊心といったものです。法的な意味での「主観的名誉」が侵害されてはじめて名誉感情侵害の問題となるため,嫌な気分になった,といった単なる不快感は含まれません。
 民事における名誉感情侵害の判断基準として,最高裁は,「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」か否か,としています。「社会通念上許される限度を超える」か否かについて,下級審の裁判例では,

・「誰であっても名誉感情を害されることになるような看過し難い,明確かつ程度の著しい損害」

・「通常の社会生活において投げかけられることは滅多にないような強い侮辱表現」

・「何人であっても名誉感情を害されるような,社会通念上許される限度を超える侮辱行為」

・「誰もが,到底容認することができないと感じる程度に著しく名誉感情を害するもの」

 といった表現が用いられています。これらの表現から窺うことができるのは,前述のような,単なる不快感やプライドが傷ついたかどうかの問題を遥かに超えて,客観的に,「およそ言ってはいけないこと」を言ったか否か,といった問題として捉えているのではないかと考えられます。

2 同定可能性について


 名誉感情侵害は,プライドや自尊心が傷ついたか否かといった,主観的名誉の問題であり,名誉毀損での外部的名誉(社会的評価が低下したか否か)の話と異なることからも,被害者本人が侮辱行為を受けたと認識すれば足り,第三者が,「その人」が侮辱行為を受けたと認識する必要があるか否かといった同定可能性までは不要と考えられます。
 もっとも,侮辱行為が同定可能性を満たすようであれば,なおさら,社会通念上許されないことを言った,という評価につながるのではないかと考えられます。

3 公然性について


 侮辱表現が公然に行われる必要があるか否か(例えば,インターネットのように不特定多数の場で行われる必要があるのか,DMでもよいのか),についてですが,刑事の侮辱は公然性を要求していますが,民事ではその人のプライドや自尊心(主観的名誉)が傷ついたか否かといった話なので,公然性までは要求されていません。

4 名誉感情侵害成立の難しさ


 名誉毀損と名誉感情侵害は保護法益が異なるため,一方は成立するもののの,もう一方は成立しない,といったことが考えられます。ただ,名誉毀損が成立する多くの場合は,名誉感情侵害も成立すると考えられるため,そのような場合にまで名誉感情侵害の成立まで検討しなければならない場面は多くはないのではないでしょうか。一方で,名誉感情侵害のみしか成立の可能性が見込めない場合は,慎重な見当が必要です。
 前述の「社会通念上許される限度を超えるか否か」といった基準を踏まえる限り,名誉感情侵害の成立が認められるには,それなりのハードルがあるのではないかと思われます。
 例えば,長野地方裁判所諏訪支部令和5年1月10日決定(D1-LAW)では,「とんだヤブ医者です。見当違いの診断と治療をされて全然治りませんでした」という投稿が名誉毀損ないし名誉感情侵害であるとして争われたケースです。
 裁判所は名誉権侵害について認めず,名誉感情侵害侵害についても,「倫理的に,あるいはモラルの観点から,相当性につき何らの問題がないものではない。」としながらも,「ヤブ医者との言葉の使用自体が社会的に相当性を欠いており,控えるべきものとの共通認識が形成されているとまでは認めるに足りない」として,結論として,「社会通念上許容される限度を超えるような侮辱行為とはいえず」,として名誉感情侵害を認めませんでした。
 おそらくグーグルマップでの口コミであり,口コミの場合は肯定的な評価や否定的な評価もされるものという背景からすれば,このような表現がされた場合,直ちに名誉感情侵害が一般化されるものではないと考えますが,おそらく「とんだヤブ医者です」などと書かれれば,多くの医療関係者は自尊心やプライドが傷つけられたと感じることが多いと思われます。
 しかし,このような表現であっても,「社会通念上許容される限度を超える」侮辱表現とされていないケースがあることについて,名誉感情侵害の成立を考えるにあたって参考になるのではないかと思われます。




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