物語のタネ その六 『BEST天国 #42』
ミヒャエルのオフィス―――
彼の淹れたコーヒーを飲んでいる宅見氏。
いつもの風景だ。
「相変わらずミヒャエルさんの淹れたコーヒーは美味しいですね」
「ありがとうございます」
天国リストから顔を上げて答えるミヒャエル、嬉しそう。
宅見氏マグカップを両手で包みように持ち、また一口飲んで。
「しかし、天国ってのはニッチな欲望を満たしてくれるもんなんですね。山登りと尾根歩きを分けて考えるなんて思いもしなかったですよ」
「ええ、生きている時に潜在的に思っていたことをさらけ出せる、さらけ出ちゃうのが天国ですからね」
「逆にプレッシャー感じちゃいます」
「?」
「色々な天国を見る度に、私、何か深いものとか無いなって感じるんです」
「あー、はいはい。天国あるあるですね」
「天国あるある?」
「今の宅見さんみたいな気持ちになられる方、結構いるんですよ」
「そうなんですか?」
「生きている時、趣味人に憧れたりしたことあります?」
「ありますあります!で、なんか焦っちゃったりしました」
「それと似たようなもんです。そんな時は・・・」
「そんな時は?」
「あそこ行ってみましょう」
「あそこって?」
「いいからいいから、とにかく行きましょ!」
いつものごとく白い空間―――
しばらくすると、お玉を持ったふくよかな女性がニコニコしながら現れた。
「ミヒャエルさん、お久しぶり。ご飯ちゃんと美味しく食べてる?」
「ご無沙汰してます、ステラさん。はい、なんとか」
「そう、ならいいけど。あら、こちらの方はお友達?」
「いえ、私が今担当させて頂いている宅見さんです」
「はじめまして、宅見です。ステラさん、こちらは一体どんな天国なんですか?」
「ここ?ここはね、“好きな人と美味しいものが食べられる“天国よ」
「好きな人と、と言うと、自分が好きなアイドルやスターと豪華な食事ができちゃう天国ってことですか⁈でしたら、私、実は・・・むぐっ」
お玉の底でそっと宅見氏の口を封じるステラさん。
「ごめんなさい。それはそれで素晴らしい天国なんだけど、ここはそれとは違うの」
そう言うとお玉を宅見氏の口からそっと離すステラさん。
「ぷふわっ。そうじゃないんですか?」
「宅見さん、お母さんのこと好き?」
「あえて言うと照れますが、はい」
「そんなお母さんとご飯食べるの楽しい?」
「意識したことは無いですけど、言われてみれば、はい」
「そう、素敵ね。じゃあ、お母さんとの外食の思い出を一つ教えて」
「そうですね。やっぱり、初任給で一緒に行ったちょっと高い和食屋さんかな。料理、すごく美味しくて。新しいお皿が出て来る度に2人で美味しいね美味しいね、って言ってました」
「お母さん喜んでいらしたのね」
「ええ。そんな母を見てちょっとは親孝行できたかなって嬉しくて。あれは楽しかったな」
「はい、それです」
「それ?」
「美味しいもので好きな人が笑顔になって、好きな人と食べるから益々美味しくなって・・・。そんな幸せの無限ループを感じるのが、この天国なの」「!」
「好きな人と美味しいものを食べると幸せな気持ちになるって、当たり前と言えば当たり前よね」
「はい」
「その当たり前、すごく素敵じゃない?」
「ホント、そうですね」
「宅見さんもどう?」
目を瞑り、うんうんと小さく頷きながら考えている宅見氏。
やがて目を開いて、
「すみません、母との食事を思い出していました。あと、友人達とのことも」
「そう」
「本当に素敵な時間だったんだなって。ああいう時間が自分にエネルギーをくれてたんだって感じました」
「そうね」
「なので、そのエネルギーで天国探しを頑張ろうと思います!」
宅見の顔を見つめるステラさん。
その顔に笑みが広がって、
「素敵なことだと思うわ」
その言葉を受けて宅見氏も笑顔に。
「で、一つ気付いたことがあるんです」
「なに?」
「ミヒャエルさんのコーヒーが、なんであんなに美味しいのかってことに」
ミヒャエルの方を見てにっこりと笑う宅見氏。
ちょっと照れたように肩をすくめるミヒャエル。
さて、次はどんな天国に?
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