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リレーストーリー「引っ越し仕事人#9」

第9話 島本と香川正宗

その時、居酒屋のテレビがニュースを伝えた。
「……長野県警は窃盗詐欺容疑で元教員の島本英二を逮捕しました……」
新井に衝撃が走る。
「チクショー! 島本さんの絵はまだ完成してないのにッ!!」
香川はテーブルに拳を叩きつけて悔しがった。
「親父が何か動いたんすよッ」
新井は引っ越しの依頼を受けた時に知った島本のアドレスにメールした。
「今、どこですか?」
たったそれだけの一文。
しかし返事はいつまで経っても返ってこなかった。
やはり拘留されたのだろう。
「おれ、親父に被害届を取り下げるように言いますよ!」
香川が言うと、新井は「待て。親父さんが差し向けたわけでもないだろ。冷静になれ」と制す。
何もかもがあまりに急展開だ。
新井は残りのビールをごくりと飲むと「今日はお開きだ」と勘定を払って香川と別れた。

その後、新井は引っ越し車が収納される深夜の倉庫に戻ってきた。
灯りをつけて、キーを差し込み、車内をチェックする。
探知器を持ち出して、あたりをかざす。
反応がある。
「……見つけた。どおりで筒抜けなわけだ」
新井はUSBのような小型ボックスをダッシュボードで発見した。

翌日、新井は香川に運転させ、引っ越し車で再び香川家へ向かった。
「先輩、親父になんて言うつもりなんですか?」
「いつものやつだよ。香川家で見た、あるモノに好奇心がそそられたから、それにまつわる話が聞いてみたい。それだけだ」
「なにか引っかかったものがあるんですね!」
引っ越し車はスピードをあげた。

香川家の屋敷に到着すると、あの時の年老いた使用人が出迎えに来ていた。
「新井さん、坊ちゃん、こんにちは」
新井は使用人に声をかける。
「そういやあ、家の前に車を停めちゃマズイんですよね。前回来た時にそう言われたから。中まで入っちゃいますよ」
「どうぞ」
新井は屋敷へと入っていく。

通された応接室はやはり博物館のようだった。
アンティークな家具、置き時計や壺や香炉などの調度品が品よく配置されている。
香川の父親である正宗が現れた。
やはり香川は反抗期の少年のような目つきになり、口火を切る。
「親父、アンタが被害届を出して島本さんを逮捕させたんだな! 被害届を取り下げろよ!」
「……ハ?」
正宗が眉間にシワを寄せる。
「わかってんだよ! おれたちが盗んだ香炉がなくなったとなれば、もう息子に盗みの証拠はない。それで島本さんをまた容疑者にして逮捕に追い込んだんだろ?」
「博光、おまえは何を言ってるんだ」
正宗が呆れとも怒りともつかぬ表情で我が子を見る。
「なにか勘違いをしているようだな。おまえの言い方だと、私が島本になにか恨みでもあるような口ぶりだが、私は島本という人物を存じ上げない。ニュースでは見たがね」
「親父は島本さんから呪いの香炉を盗まれたんだろ?」
「わけのわからんことを言うな」
確かに香川の推理は的外れだろう、と新井は思う。
しかし正宗は噓をついている。
新井は口を挟んだ。
「正宗さん、うちの車からこんなものが出てきましてね」
とUSB型の盗聴器を見せた。
「それがなにか?」
「先輩、なんすか、それ」
新井は香川の言葉を無視して、とりあえず話を進める。
「うちは引っ越し屋ですからね、ときどきあるんですよ。盗聴器がないか調べてほしいって依頼が。もちろん専門ではありませんが、簡易な探知機器くらい持ってまして。で、これがうちの車から出てきたと」
「私が仕掛けたと?」
正宗が言う。
「えっ! それ、盗聴器なんすか!?」
息子の博光はやっと理解したようだ。
「うるせよえ。おまえは黙ってろよ」
新井は博光を張り倒して黙らせる。
「……スミマセン」
「新井さん、そんなものを私が仕掛けたという証拠はあるんですか」
「おれも正宗さんがやったとは思ってませんよ。ただ、正宗さんに関わる方が指示を受けてやったか、はたまた勝手にやったのか――」
正宗が突然、声を張り上げた。
「権藤! おまえか!」
その声で、近くにいた使用人がビクッと体を反応させる。
「以前ここへお邪魔した時に車の駐車位置を変えてほしいと使用人の方から言われたことがありました。その時にキーをお渡しして権藤さんに移動をお願いしました。その時だと思うんですよ、仕掛けられたのは」
「……も、申し訳ございませんでしたッ」
使用人が深々と頭を下げた。
「権藤、なぜこんなことを?」
正宗が詰問すると使用人は口ごもりながら答える。
「お坊ちゃんが心配でつい……。依頼主のマンションに侵入するのも目撃しましたから、これ以上悪事はしてほしくないと思いまして……」
「馬鹿者! 博光はもう大人だ。ほっとけ」
正宗は新井のほうに向き直り、頭を下げる。
「とんだ無礼をしていたようだ。新井さん、申し訳ない。息子がお世話になってる上にこんな不愉快な思いまでさせて。この通りだ。ご容赦いただけませんか」
と土下座する。
「や、やめてくださいよ。盗聴のことはキレイさっぱり忘れます。その代わりと言ってはなんですが……もしよかったら、あそこにある香炉の思い出を私にお話し頂けませんか」

新井は応接室の本棚の上にある香炉を指した。
「?……」
正宗は唐突な交渉にピンと来ない。
「あれ、“呪いの香炉”と呼ばれるものとそっくりだと思うんですが」
「あれですか? 確かに、ああ、そっくりですね」
正宗は合点が行ったようで高笑いをする。
「新井さん、あなた、さすがに引っ越し屋さんだ。家の中のものに注意が配られるようですね」
「ええまあ。なにか思いが込められてるものなんじゃないかと思いまして。それと、もうひとつ。島本さんと香川家には何らかの関係がありましたよね?」
「!? ハハハッ……そうですね。話しましょう。いい機会だ。すべてお話ししますよ」
新井が「あの、もうやめてください、それ」とお願いすると、正宗は土下座を解いてソファーに座り直した。
そして語り出した――。


新井さん、あなた、ずいぶんと勘の鋭い方のようだ。
いや、たくさんお調べになったのかもしれない。
確かに、島本と私には関係がある。
島本はうちで雇って骨董品の買い付けをしていました。
昔のことです。
彼の目利きは確かだった。
全国から美しいものを見極め、交渉して私に勧めた。
おかげで私は骨董の世界ではちょっとした実力者になれた。
しかし島本はそんな私にうんざりしていたのかもしれません。
本音ではね。
私は骨董で派手に金儲けをしていましたから。
けど、彼も従わざるを得なかった。
奥さんが病気でカネが必要でしたからね。
教員の薄給じゃどうにもならんかったんでしょう。
それで内密にうちで働いてたんです。

ある時、島本が「呪いの香炉が手に入る」と言ってきました。
骨董愛好家の間では、知らない者はいません。
持つ者に災いをもたらすという、いわくつきの香炉です。
もちろん、そんなものは噂に過ぎません。
が、そういったものこそ高値で欲しがる者がいる。
妙な世界です。
私は島本に「なんとしても手に入れろ」と命じました。
手に入れた香炉は見事な美しさでした。
私の家内もそれをとても気に入りましてね。
これは簡単に売るまいと誓いました。
ところが、それを置くようになってから家内の体調が悪化してしまって……。
入退院を繰り返するようになってしまったんです。

島本は自分のせいで家内がおかしくなったと責任を感じたのでしょう。
辞表を出して去っていったんです。
それからしばらくして家内は亡くなってしまいました。

その数年後、私は愕然としました。
あの香炉をほしいという人が現れ、交渉にために香炉を見せたら、こう言われたんです。
「これは贋作です」と。
確かに、よく見たらおかしいのがわかった。
サッと青ざめましたよ。
私の愛好家としてのメンツは丸つぶれだ。
大恥ですよ。
こんなこと口外されたら香川家のメイツは丸つぶれどころか、地に落ちてしまいます。

どうやら島本が罪ほろぼしに、辞める際、贋作をつくって入れ替えていたようです。
本物は自分で持っていったんでしょう。
情けない話です。
結果的に、島本に私の審美眼が衰えていることを握られてしまったわけですから。
彼も彼で、自分のポリシーに反して、芸術を金儲けに使ってしまった。
我々はお互いに弱みを握りあう関係になってしまったんです。

島本の本当の不幸はそこから始まったのかもしれません。
彼は贋作づくりに自信を深めてしまったのでしょう。
贋作で金儲けを始めたようでした。
同情する余地はあったと思います。
奥さんです。
彼の奥さんの病気が悪化してるようでした。

――遮るように「呪いじゃないんだな!」と博光が口を挟んだ。
新井は、以前にひとりで刑事に話を聞いてきたことを博光に打ち明けた。
「刑事さんも言っていたよ。島本さんの奥さんは重い病気だったって」
「そうなんすか? なんで言ってくれなかったんスか」
「おまえ、お母さんを亡くしてるだろ。万が一、呪いだなんてことになったら、おまえ、親父さんを恨むだろ」
「……先輩、やさしいスね。その気遣い、うれしいす」
今度は正宗が口を挟む。
「島本と私は、ともに妻が病気がちだった。このことも我々を近づけた要因かもしれない。私は彼に同情したし、彼も私に同情していた。分かり合える関係だったと思う」
そして再び語り出す――。

私の家内は子供を授かることは難しいと言われていた。
けどそんな中で、博光、おまえを授かった。
お母さんがおまえに甘かったのは、自分の人生はそう長くないと悟っていたからだ。
せめて一緒に暮らせる間は、笑顔でいたかったんだろう。
おかげでおおらかな男に育ったものだよ、おまえは。

けど、島本の家には授からなかった。
このことは私も悔しい……。
一度はうれしい知らせがあったようだが、この世に生まれてくることは叶わなかったんだ。

――それを聞いて博光が叫んだ。
「天使だ! 島本さんの絵には天使が描かれていた! そっすよね? 先輩!」
新井もそれを覚えている。
長野の島本の新居には描きかけの絵があった。
奥さんの絵だ。
その絵の頭上には、確かに天使が描かれていた。
なんのことだろうと怪訝な表情を浮かべる正宗に、新井は説明する。
「息子さん、引っ越し屋なもので。記憶してたみたいです」
正宗は博光が成長しているらしいことを聞かされ、とりあえず頷いた。
そしてまた語り出す――。

あの頃は私も必死だった。
一族の繁栄のために。
島本もまた必死だった。
彼はよく言っていた。
「わたしは美しいものを愛す」と。
だが、彼の美しいものはどんどん奪われていった。
それを守るために苦渋の選択で過ちに手を染めてしまった……。

新井さん、だからあそこにある香炉は島本が作ったニセモノです。
戒めのために置いてあるんですよ。
私にとっての戒めです。
カネに目がくらんで、美を見極める目が濁らないようにね。

――話を聞いて新井はまだ残る疑問を口にした。
「島本さんが逮捕されたのは、やはり警察が新たな容疑を固めたから?」
「でしょうな。少なくとも私が彼を逮捕に向ける力なんてあるはずがない。彼には罪を償ってほしいと思う」
「……」
博光は黙っていた。
新井は、ある提案をする。
「正宗さん、美を見極める目をお持ちなら、見てほしいものがあるんですが。まだその目、濁ってませんよね?」
「失敬だな、君。一度は贋作をつかまされたが、私の目はまだ健在だよ」
「でしたら、ちょっとお願いがありまして」
新井は正宗に耳打ちをする。

× × ×

一週間後、新井と博光は長野署に接見に行った。
久々に見る島本は頬がこけ、浦島太郎のようにひとりだけ時の流れを背負いこんでいるように老け込んでいた。
「スマイル引越センターの新井です。お久しぶりです」
「何の用でしょう」
「じつは、引っ越し先の住まいですが、買い上げの話がありまして」
「まったく、呪われた人生だよ……」
「違います。島本さん、あなた自身、本当はわかってるんじゃないですか。ごまかさないでください。呪いなんてありませんよ」
「…………」
「香川正宗さんは、あなたの創作を認めていると言ってました」
島本が身体を硬直させた。
新井は、正宗が島本のつくった贋作を見事だと讃えていたことを伝え、それから長野の新居をいっしょに訪れたことを説明した。
すでに警察に押さえられていたが、自分たちは転居を担当した業者であること、そして正宗はかつて島本を雇っていた関係にあったことなどを話し、中に入れてもらったことを伝えた。
「正宗さん、あの絵に期待してると言ってました。とても美しい、と」
「それがなんだと言うのだね?」
「あの家、香川家で買収すると言ってます。島本さんにはもう肉親はいないのかもしれない。だったら香川家で所有したいそうです。アトリエとして」
「アトリエとして……?」
「正宗さん、島本さんの芸術家としての才能を買ってます。だから、あの絵を完成させてください」
黙っていた博光も願いは一緒だった。
「親父、こう言ってました」

罪を精算したらまたここに戻ってきて、絵を描けばいいじゃないか。
ここで、奥さんが待ってるんだから。

「だから罪を償って帰ってきてください!」
博光は訴える。
島本の目から大粒の涙がこぼれた。
「……正宗さん、すまない。ごめんよ、ヒロコ……」
それは奥さんの名前だった。
接見時間が許されるまで、島本は新井と博光の前で嗚咽を止めることができなかった。
新井は博光も泣いているのを確認したが、目をそらす。
自分も危なかったからだ。

これで終わりだ。そして始まりだ。まるで引っ越しみたいに。

その後、新井はふと心配事を口にする。
「香川、やっぱり母親がいないってのは寂しいものか?」
「なんすか、急に」
「や、ちょっと気になってな」
今日もまた新規の引っ越し依頼に応えるため車を走らせていた。
しっかり稼ぐぞ、と新井は気合を入れた。

(つづく)

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