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エッセイ・恋のあとさき ~突撃チューリップ編 後編~

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3.お花畑

(本文1259字)

あのゴタゴタがあってから、暫くののち。
エッちゃんはお店を辞めていきました。

わざわざ私がお店にいる時を狙ってエプロンを返しに来た彼女。
たつ鳥あとにごしまくりの心臓に、内心舌を巻いたものです。

あおちゃん、ヒデと付き合ってくれてありがとな」
エッちゃんを見送った後、お店の奥さん(ヒデくんのお母さん)は言いました。
「これからもよろしくな」と。

けれど状況は変わりません。
私がお店に行けるのは、依然として土日の夕方のみ。
残る二人の先輩方が拒絶しているのは明らかでした。

がしかし、当の私は気にしなかった。
「ヒデくん、今日も会えるやんな?」
相も変わらずのラブ猛進、能天気のうてんきに我が道を突き進んでいたのです。

  §  §  §

翌春。
大学を卒業したヒデくんは本格的にお店に入り、生花業界が一年で最も忙しい“母の日”商戦を迎えていました。

なかなか会う時間の取れないヒデくんに電話すると
「あのな・・お店忙しくて回らんくて」
と、何だか歯切れがわるい。
「うん、なんやの、どうしたの」
「あの・・当分の間エッちゃんに手伝いに来てもらうことになったわ
「・・・」

世の中には、こういう事があるのです。
切ったと思っても切れない「えん」。
感情以上に固く結びついた「義理」というものが。

しかしそんな事なんて到底理解できない私は、
なんでやの!? イヤや
ただ拒絶することしかできません。

人手が足りないのは分かっていました。
だからこそ、母の日前後は先輩二人と顔を合わせても我慢しようと決めていた。
「でも、エッちゃんだけは堪忍かんにんや・・なぁヒデくん分かってくれるやろ?」

肝心な時に沈黙するエッちゃん。
目を合わせないのに感じられる、無言の圧。
恋に破れたのは彼女のほうです。
なのに私にとって彼女の存在は、いつしか恐怖の対象となっていたのかもしれません。

そんなワガママ言わんと
ヒデくんの困った声が、電話口から伝わります。
「ワガママやて? ウチの気持ちはどうでもエエんか」
オトンとオカンが決めたことや。エッちゃんもOKしとる」

跡取り息子などとはいっても、ヒデくんはまだまだ新人。
口出しできる立場ではないのでしょう。

それだけではありません。
実は以前、彼は口を滑らせていたのです。
あの3人娘がバイトに入った頃のことを。

『この中やったら、どれでも好きなえらんでエエで』ってオカンに言われてなァ

甘かった恋の花園。
ふと振り返れば、そこには現実が口を開けて待っている。
笑みを浮かべて迫りくる“しがらみ”だらけの現実が・・。
そんな景色にゾッとして、慌てて心の奥にしまい込んでいた言葉でした。

  §  §  §

そして迎えた母の日当日。
多くのお客さんで賑わう店頭で、小太りのエッちゃんが愛嬌を振りまきます。
「エッちゃん、久しぶりやな」
「戻ってきたんか?」
「母の日だけカムバックやねん」「ハハハ」
常連さんからもてはやされて、満面の笑みを浮かべるエッちゃん。

対して、私はというと・・。

――なんでや、なんでなんや。

あおちゃんは制作な」
奥さんの指示で裏方に回され、寒くて暗い冷蔵庫のなかで花束を作り続けていたのです。

(おわり)


思い出エッセイ・恋のあとさき、
第一回「突撃チューリップ編」はここまでです。

第二回「恋の二股編」もつづけてお届けする予定でしたが、よく練り直してからの再挑戦とさせて頂きます。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

来週からは、これまでどおりの小話エッセイをお届けします。

あと、アイコン画像を変更しました。
新しい土偶ちゃん(フリー画像サイトから拝借)にて、今後ともよろしくお願いいたします。

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