エッセイ・恋のあとさき ~突撃チューリップ編 中編~
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2.エッちゃん
(本文1271字)
大学に入って、一人暮らしにも慣れてきて、
生まれて初めて彼氏ができた・・。
まさに青春まっさかり。地に足のつかない毎日でした。
あまりにも無我夢中で、当時のことは断片的にしか思い出せないほど。
けれど、忘れたくても忘れられないのがエッちゃんとのこと。
「こないだ妊婦と間違えて席譲られてもうたわ」と笑う、チャーミングな方でした。
「青ちゃん、ちょっとエエか」
そんなエッちゃんに、文さんと茜さん。
バイトの先輩3人娘に呼び出された私は、散々な目に会っていました。
主に弁舌をふるったのは、エッちゃんと同年代の文さんと茜さん(いずれも彼氏なし)。
「なんで呼ばれたんか、わかってるゥ?」
「エッちゃんとヒデくんのこと、ウチら最初に言うたやんかぁ?」
「アンタぁちゃんと聞いとらはったよなぁ」
私の行いが如何に罪深いものであったか。
ホの字に開いた唇で、歌いながら(?)詰め寄ります。
対して私は言いました。
「だから何やの」
ああ、大人しく聞いていればいいものを、面と向かって反撃したのです。
「ほたら何かいな、エッちゃんに悪いから別れろ言うんかいな。ヒデくんは私を選んだんやで」
「なんやて!?」
姉さん方が激昂したのは言うまでもありません。
「自分さえ良かったら、それでエエんか」
「ちゅーかアンタ仕事も雑やねん! 面倒ごと全部こっちに押しつけて」
「それは今関係ないやろ」「あるわ!」
その間エッちゃんはほとんど口を開きませんでした。
二人の後ろに立ったまま、私とは目を合わせようともしなかったのです。
§ § §
「何やの、あれ」
その夜。
こちらの部屋に訪れたヒデくんに、私は言葉を尽くして訴えました。
「ホンマ腹たつわ。指くわえて見てただけのくせに」
今となっては、女同士で仁義を切る大切さも分かります。
けれど当時の私にそんな協調性はなかった。
ただただ我を通すことしかできない、世間知らずだったのです。
「それで、どうなったん?」
私の膝枕で横になったヒデくんが訊ねます。
「私とは、もう一緒に仕事でけへんって」
「辞めろっちゅうんか」
「それがイヤならあっちが辞めるって」
「・・3人ともか」
ヒデくんは味方。当然守ってくれるはずだ、と私は信じて疑いませんでした。
ところが、彼の口から出た言葉は意外なものであったのです。
「今あの3人に辞められたら困るねん」
「・・それって」
言いかける私を遮って、
「いや、青が辞めることはないんやで」
口調はあくまで“ほのぼの”と。常と変わらぬ話し方です。
「顔合わせんで済むように、シフトずらしたらどうや。ぼくも来年からあの店に入るわけやし」
「・・・」
この時、自分がどう思っていたのか、あまり覚えておりません。
落ち着いた態度を頼もしく思ったか。
お店の未来を考える姿勢に、惚れ直したか。
いずれは二人できりもりしていくはずの店。
多くの常連さんを抱えた彼女らが一斉に抜けるのは、大きな痛手です。
先を見越した彼の決断に、従うほかなかったのかもしれません。
「わかった」
膝のうえの、彼のくせ毛を撫でながら答えた私は、
それ以降は土日の限られた時間帯だけバイトに入ることとなったのです。
(後編につづく)
次回の更新は、8/6(日)の予定です。
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