エッセイ・恋のあとさき ~突撃チューリップ編 前編~
恋ーー。
それは一度迷い込めば、決して逃れられない秘密の花園。
この“思い出エッセイ・恋のあとさき”では、修羅場に二股、先輩方からのとっちめと、毎日が恋のジェットコースター状態であった若き頃をふり返りつつ考察して参ります。
(本文1289字)
1.咲いた咲いた
時は平成。所は京都。
駅前の生花店でバイトをしていた大学2年生の私・青子(19)が、
店の跡取り息子・ヒデくん(21)とお付き合いするに至ったお話です。
ヒデくんは近隣の商業大学に通う4年生。
卒業後は実家のお店を継ぐことになっていました。
ガーデニングブームによって、業界に関わる方々はみな大変羽振りのよかった時代。
ーーお花屋さんって、いいかも。
将来の計画など何ももたず、芸大で好きな色を塗りたくるだけの日々だった私は、
生まれてはじめて「働く楽しさ」「人さまに喜んでもらう嬉しさ」を知り、画業そっちのけでバイトに勤しんでおりました。
「てゆーか、青ちゃんの色合わせ、エエな」
「やっぱ絵ェ描いてる子は違うわ」
「センスやな」
「へへ、へ・・どうもどうも」
先輩バイトのエッちゃん、文さん、茜さん。オーナー夫妻も常連さんも、みんな優しい。
皆とおそろいのエプロンで、毎日がウキウキだった私の前に現れたのが、
そのお花屋さんの跡取り息子、卒論準備の合間にお店に顔を出したヒデくんでした。
それまで恋愛など遠い世界の物語だと思っていた私は、なぜかその時心にきめた。
ーーあ、この人にしよ。
と。
取り立ててハンサムという訳でもなかった彼の、どこに興味を持ったのかは今もって分かりません。
彼はどこからどう見ても普通でした。
変人ぞろいの家族や、風変りを良しとする芸大の同級生たちとは違って、ほのぼのと優しく、しかも地に足がついていた。
他愛ない世間話も笑って聞いてくれる、そんな安心感に惹かれたのかもしれません。
「なぁなぁヒデくん、今度映画観に行こ」
と、アプローチかける私・青子。
「なんか観たいのある?」
「うーん、じゃあGODZILLA」
こんな娯楽作を観たいなどと言う日が来るとは。まったく自分でもおどろきです。
「ええで。ほな映画館調べとくな」
今思えば、お互い軽いものでした。
ヒデくんは割とアッサリこっちを向いて、
何度かデートを重ねるうちに、自然とお付き合いすることになったのです。
しかし軽いとはいえ本人にとっては大事件。
誰かに「たった一人の相手」として選んでもらう喜びは、例えようもなく甘かった。
はじめてのデートに、お手々つなぎ。
「ぼくはもう付き合ってるつもりやで」
と、そう言った彼の微笑みと、この胸のときめきは生涯忘れられるものではありません。
「ガチッ」
初めて唇を重ねた時、かち当たった前歯の音は、今でも耳に鮮明です。
何もかもが輝いて見えました。
退廃的な生活苦の描かれていた画布には、彼の好きなチューリップの花が咲き乱れ、
ジョニ・ミッチェルのかかっていたCDラジカセからは、これまた彼好みのB‘zやミスチルが流れるようになりました。
まさに脳内お花畑。
いずれは二人でお花屋さんを・・。
なんて妄想を抑える術はありません。
ところが、そのお花畑の向こうに、面白くない顔で佇む女性がおりました。
バイトの先輩エッちゃん(24)。
実は彼女、ずっと前からヒデくんに想いを寄せていたのです。
「青ちゃん、ちょっとエエか」
ある日私は、バイト先輩三人娘のエッちゃん、文さん、茜さんに、お店の裏に呼び出されていたのです。
(中編につづく)
※3回に分けてお届け、次回の更新は8/4(金)を予定しています。
※プライバシー保護の為フェイクを多めに入れています。
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