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タイで性別適合手術(SRS-PPV術式)を受けた心境の変化

SNSは埋没してる設定にしてて、書けないこともあるので、匿名で残します。
結論、恐怖に苛まれる夜を2、3日過ごす覚悟ができれば、なんとかなる。だって初めて行く言葉もわからない国で、初めての手術なんて、本人だってそんなに簡単に受け止められない。

タイの現実、凄まじい砂埃

注: 当事者に簡潔な情報を届けたいので、他の方が解説されてる用語(諸姉に感謝)の説明は省きます。それでもササッとググれば出てくる用語なので、非当事者の方も少しの気力でお読み頂けると思います。


序章 休職申請とぐるぐる思考

男性ホルモンに体が侵される日々に耐えられず、ジェンダークリニックを受診した。診断書をもって、8年位勤めてる(何度か私が潰れた)英文を扱う会社で、管理職に限定して1年ほど前に症状を告知した。加えて会社のLGBTコミュニティに参加し、心の安定を得た。同じ境遇の人と繋がれると強い。その後休職許可が下りる条件をさぐり、並行でアテンド会社に見積もりを依頼し、条件が揃った時点で半年後手術したい旨会社に申し出た。休職許可まで下りても、心の中は葛藤が続く、、

病院の評判は実は情報操作がされていて、、はっ!私、統合失調なのかな、、

実は周囲の注意を惹くために、大掛かりな手術選んでいて、、はっ!私、実はBPDでそれが原因なのかな、、

発達障害は確かに薄く合致する症状があるけど、もしそうでも単に性別違和が原因の合併だ!だって大人への発達って、シス規範の礎の上に成り立ってるのだから。

でもとにかく抗い切れない性別違和があり、診断もあるんだ、間違えてないんだ、、。

主訴: 幼い頃から男性に括られるのと評価されるのが(男なのに〜という評価)苦痛で仕方ない。ひどい時はこの体で外出すら辛い。恋愛の性役割すべて丸ごと苦しみでしかない。未成年の時一度ジェンダークリニックを訪れたが、言語能力がつたなく、本質的な伝え間違い起きて未診断となり、男性社会に過剰適応しようとした時期もあった。

タイ渡航

渡航半月前にタイに潜伏するウィルスの予防接種を何種類か接種した 。都心で「トラベルクリニック」を掲げているところはワクチンの在庫(ただし時価)もあり、すぐ受けられてよかった。

そして出国当日、バンコク行きの飛行機の離陸、着陸、入国審査、病院への送迎、全てスムーズに進んだけど、その一つ一つが成功するたび、感動だった。「本当に生きたまま生まれ変われるのかも、、」という思いが確信に変わってく。

性別適合手術(SRS)

病院に到着したら3日後に手術、まだタイ人の気質も理解してないよ、、。手術前日最後のシャワー中、鏡に映る私を見ると、刑の執行を待つ囚人の様におびえてた。
そして消化器官の中身のクリーンアップが済み、ついに手術の時間がきた。頭の中が「ついに!」と「本当に大丈夫か」の無限ループ。こうなったらテンション上げて不安に打ち勝つしかないと決め込んで、好きな曲を脳内再生して手術室に入った。
白系の壁、アームつきモニター、金属ボウルと何の変哲もない手術室で、早速麻酔をかけ、意識が消え、夢が始まる。漠然と女性アーティストの曲の振り付けの練習をしている夢と、欲しかったイケてる洋服を開封する夢を見たのを覚えている。

目が覚めたのは術後回復室で、気付いたら私は「I'm conscious!!」と叫んでた。患部は麻酔が効いてるのか、痛いというより、とにかく重たく、熱い感覚がこびり付いてた。さらに、極度に喉が渇いてた。看護師に必死に伝えたら、鼻に酸素か何かを吸入する装置をつけてもらえた。加えて、腹筋も筋肉痛位だけど痛い。腹腔鏡で腸を引き伸ばして膣を作ったときに、何箇所かお腹を切った。
回復室と手術室はアテンド会社も入れない、どうしてもなにか症状を伝えないといけない差し迫った状況のために、(Could you prepare) a translator app? は覚えておくと安心。音声入力で日本語を翻訳してくれ聞いてくれる。
大体20時に目がさめ、術後回復室で翌朝5時くらいまで、ベッドの上、呼吸しかできないような状態で時を過ごす。少し寝ては覚め、寝ては覚めでとても時間が長く感じる。

SRS後1日目

ベッドに寝てる位置から身体を動かせなく(点滴とカテーテルが刺さってて、動かせば明らかに激痛が走る)落ち込み、「自分で選んだけど生殖機能が、、、もう私の人生駄目かもわからん」とネガティブな思いしか頭に浮かばなかった。

SRS後2日目

とにかく寝て過ごす。痛みは鎮痛剤のおかげか、少し引いてきた。体の可動範囲が分かってきて(と言ってもベッドのリクライニングを使って少し上半身を起き上げるか、点滴刺さってない方の腕でベッドの囲いを押して左右移動くらいしかできない)ベッド近くに置いておいたスマホで音楽を聞いてみたけど、まだ頭部にも麻酔が残っているのか、演奏が聴き取れない。道重さゆみさんと大森靖子さんが「絶対女の子がいいな」と歌ってるのが辛うじて聞き取れ、「実現した!」って思えるようになってきた。アテンド会社との契約の中で、精神疾患発症時の労務中断があったからしっかりしなくちゃ、、

腕が白く透き通ってきて早速女性らしくなったと思ったけど、寝たきりによる「むくみ」だったっぽい。

SRS後3日目ーSRS抜糸1

小規模な抜糸。肉を貫いてた糸が引っ張られる感覚、その上でも下でもなかった。歩行訓練予定だったけど、少し膿がまだ残ってて明日に延期された。

SRS後4日目―歩行訓練

患部の腫れぼったさが結構ひいて歩行訓練。クモ女の様な不格好な足つきだけど、部屋の中を歩き回りバッグに入れてたコスメ道具も、この日初めて自分で探せるようになる。

SRS後5日目―腸開通

手のひら近くの点滴外された。これ以降は飲み薬でカバーできるとのこと。

汚い話、うんPがお尻の穴から出た。術後ずっとうんPしてなかったから、お腹が重たくなってきて病室のトイレで自主的にやってみた。

陰部の感覚は残っていて、看護師の消毒の時に特定の箇所に触れるとフワッと突き抜ける感覚がある。男性の時のブツは、本当私には大きくて苦痛だった、、

ベッドで過ごす時間が長いとアテンド会社に聞いたので、出国前にU-NEXTを契約した。性別移行後、同年代と会話をする時、必須の教養をこのタイミングで身につけたかった。タキシード仮面が登場した時、少し膣キュンするのを感じた。

SRS後6日目―顔面手術準備と昨今の反トランス運動

左右の足の間にあった胸糞な器官がなくなったから、せいせいしてる。カテーテルは差したままだけど慣れてきて特に違和感ない。でもまだ、申し込んでた別の手術が控えてて、今日も朝早くから絶飲絶食。保湿用のリップしか持ってこなかったけど、ミント系のリップとかあったほうが少し気持ちよく過ごせたかなぁ。

手術の内容は眉骨の骨切りと前頭洞後退(顔の女性化手術―FFS―の一部)。目の近くだから怖い。でも男として大きく成長した眉骨減らして、最大限パスできるようにして、トランスバッシングを受けるリスクを減らさないと、、

トランスジェンダーの政治利用を企てている人は、自分がやっている事が人を痛めつけている事に気づくべき。たとえ当人の言葉が直接差別してなくても、政治利用を意図し差別を煽っているのであれば更に重い罪。あなた達が煽った大衆が残す傷は、誰が贖うのですか? 一部を取り立てて、さも全体を語るような運動は止めにするべきです。「〜の会」の様に、こそこそ名前変え品を変え、その口でよく保守伝統謳えるわ。

あと根拠の薄い主張を、コンテキストを理解せずネットで喧噪する人々も、腹を切って死ぬべきである。手術をした体にハンデが無いとでも?多数派である事を利用して少数派の権利を制限することが差別ということに気付いてほしい。全ての権利をすぐに認めるのは難しいことはわかってる、けれど方向としては、不平等解消に動くのが特に国家の仕事でしょう。

閑話休題、手術時間が近くなったら、執刀医の先生の前で額の上部から耳の上まで、切開のためのマーキングをしてもらった。アテンド会社に通訳してもらいながら手術の契約、あと手術がどれくらい時間が掛かるものなのかを確認した。今回は3時間で終わり、病室に戻ったら水分を取って良いらしい。

一度病室に戻ったあと、点滴を再度打つと(手の動きが制約されないよう、今度は前腕の内側にしてもらった)すぐに手術室に呼ばれた。

SRS後7日目、眉骨削り後1日目ーSRS抜糸2

目が覚めると頭部に殴られたような痛みと、やっぱり強い喉の乾きを感じた。だけど、術後回復室で熟睡している時間が長かったのか、今度は起きたらすぐに部屋に戻れた。
部屋に戻ると、頭部にもカテーテルが挿されていることに気づいた。この時点で、頭にカテーテルと止血帯、腕に点滴と膀胱にカテーテルも刺さってて、昔のデスクトップPCみたく多くのケーブルが繋がれ、体を移動しようにも気分が重い。(おまいらPCになった気持ちで考えるんだ

)

定期回診で枕のカバーを変えてもらったんだけど、何層か血の染みが移っていた。

この日は10日以内で2回の手術をしたので、流石に貧血の症状が出て頭がクラクラする。

そこからホームシック、だしの染みた揚げや、焼き魚、日本料理が食べたくなる、、

夕方下半身の上部の抜糸、チクチクしたけど、ミシンの縫い違いをリッパーで解く手順を思い出せば、痛みは予測可能。生地がどんな展開をしてどんな気持ちか、生地の気持ちになって考えるんだ。

SRS後8日目、眉骨削り後2日目

耳裏に刺さった脳室ドレーン(カテーテル)がキツい、、左右に支柱みたいな金具があって寝返りも打てないし、昼間は集中できない、、

切った所以外でも、その間にある額の感覚が回復せず瞼が重い。

開けない夜が再来したと思った。藁をもすがる思いで、アテンド会社に脳室ドレーンがいつ取れる予定か聞いてもらった。

交渉の結果、鎮痛剤入れてもらい、脳室ドレーンも抜いてもらえる事になった。抜いてもらった時の気持ちは全身脱力状態だった。

いらすとや

その日のお昼に点滴も抜いてもらえて、SRS後の最も回復してた段階に近づいた。音楽を楽しむ余裕も生まれてきた。

夕方初めてのダイレーション、ただただ医者に大腸の異常を触診で指摘されてる感覚。あとトイレが見つからないときのような苦しさがある。

落ち着いて、Saline(サリーン)は生理食塩水だから。

でもここまで乗り越えれば、町へ繰り出す準備は揃った、、と思われた

SRS後9日目、眉骨削り後3日目―尿トレ

頭の圧迫感は和らいだけど、ドレーンを抜いた傷口が痛む、、

午後は尿トレーニング(尿道からカテーテルを抜き自分で排尿する)。カテーテルが差さった状態でまず300ml貯めて排尿する必要があるみたいだけど、なかなか貯まりきらない、、

規定の3回目で、初めて尿カテーテルを抜いてもらい(この時は開放感よりも、尿が出るかどうかが心配だった)トイレに駆け込んだ。繰り出すように腹筋を動かしてみるも、出ない。尿カテーテルもう一度挿せば大丈夫だからリラックスしてとアテンド会社に言われるも、待てど暮らせど出る気配がない。焦る、、2時間後、リラックスのためベッドに戻りトイレに繰り出しを5回位繰り返し、恥ずかしながら今になって尿道の位置をネットで検索し、そこが一番開くよう便座にかける足の態勢を調査してみたりすると、ようやく量は少ないけど尿が出た。その後も少しづつ出る。

出ないときは前に心療内科で不眠治療のときに使った、体の力を抜く自律訓練法(ドイツ式の瞑想、一般的な瞑想とほぼ変わらないみたい)を試した。それでも「さぁ来い!」と構えている間は尿は出ず、何回か脱力状態を作り出してようやく出た。

出ない時は本当こんな不安がずっと続くなら、”Irreversible Damage”の主張も間違えでないんじゃないか、それよりも前の調査で性別移行と引越回数の相関が述べられてたけど、それは排泄障害を意味していたのか、、など頭に過ぎり凹んだ。でも一度出れば、その後はすぐに慣れた。尿トレに焦りは禁物。むかし膀胱炎になった事があって、我慢のし過ぎもいけないのもわかってたんだけど。不等号ではさみ打ちして、上限を狙い撃つんだ(バランスが大事)。

SRS後10日目、眉骨削り後4日目―退院

チューブは全部体から外れた状態。直立すると、まだ皮膚の表面積が足りないのか、お腹が下に張られてる感覚がある、そして排尿後、まだその部分の皮膚が硬いのかゴソゴソとした感じがある。そのほかは、FFSで一度骨から剥がした皮膚(眉)は動かすことはできるようになったが、感覚が鈍い、あとは腫れている感覚がまだ少しある。

そこで退院のお知らせ。今日午後退院できるとのこと。最後の病院食ランチは一番好きだったカレー味のパンプキンスープ。一緒に出たオレンジジュースを優雅に飲みながら、男らしさを要求された過去を思い出す。もうあんな辛い思いは過去のものなんだと感慨にふける。

正直ここまで来るまで、トランスジェンダー治療は本当に信じていいのか、私の苦悩を救えるのか、日々情報を眺め白か黒かで揺れ動いていた。けど今なら経験を通して90%位の確信で信用に足ると思えるようになった。残りの10%は術後の変化と機能かな、、

自分も治療や病理を信じられなくなった時は、周囲に理解を求めることもできなくて、でも辛さは否応なく積り、本当孤独で辛かった。

午後、ホテルに移動し、ダイレーションのトレーニング。準備する時にクリトリスをゴシゴシ洗いされてヒリヒリ痛む。男性諸兄、手マンが痛いというのは、濡れてない亀頭をベタベタ触って擦られる感覚だ、多分。そんなの乾燥してヒリヒリもするだろう。

SRS後11日目、眉骨削り後5日目

下腹部の皮膚が引っ張られている感覚は、少しへっぴり腰(おしりを突き出すように、とも言う)で立つようにしたら改善してきた。加えて、前から内股気味の姿勢だったけど、もう少し更に内股にすると楽(後で聞いたら患部にストレスが掛かるのであまり良くないらしい)。それと笑えるような話、ナプキンをいわゆる前張りの感覚で、最初粘着面を皮膚に接着し、歩くたび皮膚が引っ張られて痛かった。ナプキンは皮膚でなく下着に接着しましょう。

陰部は病院関係者に綺麗と何度か言われて、お世辞かと思ってやり過ごして、今まで自分で一度も見てなかったけど、たまに圧迫感感じるのはどこなのかを確かめようと鏡越しに見てみた。確かに整ってるかも。今まで他人の女性器も、それに似た形状のものを見るのも、仲良かった友達に「欲情しろカス」と罵られた記憶が蘇りそうで嫌だったけど、いざ自分のものならば、嫌悪感ないかも。

今日はタイのお正月(水掛け祭り)、夕方ホテルからスーパーに向かい歩道を歩いていたら、スクーターに乗った男の子(多いと1台に4人くらい乗ってる)から水鉄砲を発射された。

SRS後12日目、眉骨削り後6日目

タイが今乾季で日中は毎日38℃にもなる。日差しもとても強く、道を歩くと砂埃被った風景が今にも脳内で白飛びしそう。

路面と壁のコントラストがほとんどない、、

でも朝晩は元気でホテルの近くを散歩できるようになった。知り合った日本人の患者さんとお食事したり。

気分は悩み事が嘘のように消え失せ、無双モード。「タイ料理の夏期講習や〜!」と、アプリで色々お店を調べてたら、アテンド会社から「まだ早い」とお咎めを受ける。PPVの場合、いくつか禁忌があるけれど、麺類なら2週間後から基本OK扱い。S字結腸法は厳格なルールがあって滞在中は基本お粥らしい、、

液体なら没問題!セブンイレブン·タイで売ってた日本と近隣の味と香りを独自に配合して商品企画してる「いちたん」ってブランドの美味のトップ2。梅ジュース+台湾仙草は突き抜ける爽やかさとコク、と、真ん中のメープル菊茶、菊茶はジャスミンティの香りはそのままで苦味を消したような味わい。

料理の話は語り出すと本当きりが無いのでここまで!

あと、眉骨縮小で縫った頭皮と髪の毛にまだ血の塊がこびり着いていたから、病院でシャンプー、リンスしてもらいスッキリ。

SRS後16日目、眉骨削り後10日目ーSRS抜糸3

車で一分も掛からない病院に向かい下半身の縫合をすべて抜糸。チクチクするのと、感度が高いところは痛い、、しばらく糸で止められてたから、肌に食い込んだ糸を引っ張る痛さがあるけど、痛みは想定の範囲内。抜糸後はやはり自由を感じて、局所的に引っ張られる感覚はほぼ無くなった。

しかしこの日小さな生活習慣の積み重ねで夏バテモード。外はとても暑いのでノースリーブワンピでOKかと思ってたけと、室内が寒い。胃腸が少し重たく感じるので、食べ物も「食べちゃうぞ」は止めよう。水をしっかり飲む。

SRS後17日目、眉骨削り後11日目―FFS抜糸

FFS(眉骨縮小)で縫合した頭皮の抜糸。額を触れたときの感覚はまだない。目蓋触れた時の感覚は戻ってきた。

下半身の張りは、まだ感じるけど、痛いほどじゃない。この時の腹腔鏡でメスを入れた腹部はこんなになってる。

(出国前は11字腹筋だった、等供述しており…)

人に話しかけるのが億劫で無くなった気がする、きっと自己像が本来の姿に近づいてきたからだ。

お土産の買い物してる時、男性トイレで清掃スタッフに「女性用はあっち」と指摘される。この手のWミスリード、コミュニケーションのデフレスパイラル、どうしたらいいんだろう。私は戸籍の性別変えるまで、風向き変われば、男子刑務所に投獄される可能性があるから、それが怖くてあっちで用を達せない。説明はしたくない、とにかく首を振ってやり過ごす。

SRS後19日目、眉骨削り後13日目ー最終チェック

術後経過の最終チェック。ガモン先生に見てもらい、頭部も下半身も問題ないとのこと。やったー!!

心もリラックスして日本の親友にも少しずつ連絡をいれる。

どこまでも 走れ ISUZUの(タイ版デコ)トラック(ホテル近くで遭遇)―マイノリティーの人生は、物流があってこそ。

明日は何もない、けど、とにかく明日が来るのが楽しみになった。以前は、日々は寿命までの苦痛に満ちた消化試合のようだった。産まれ直すことでしか性別移行できないと感じてた頃もあり、今こうして時代を変えずして性別移行できたことは本当奇跡的。

SRS後22日目、眉骨削り後16日目

下半身の患部はまだ腫れが少しあるけど、軟膏を塗っていれば気にならない程度。額を触った時の感覚は徐々に戻ってきた。帰国は明後日。地元での早く生活を始めたい気持ちと、タイを離れる切なさの狭間。


たまに口数少ない看護師が周ってきたり、信用できるか不安になることもあるけど、技術と実績のある病院だから大丈夫、すぐに驚異の回復を見せるから。

きっと払う対価は結果になる。

ムーンパワー、洗練された女性になーれっ!

そして手術をしないと激しく自尊心が脆くなる状況を変えてくれ(阿呆なおいらには社会にどんな次のアクションが必要かわからん。今はただ、善をなし、理解を得るのみ)

おまけ 病院名の表記と発音について

そこから不安を感じてる人のために説明しよう!どうして英語でKaと書かれた音を、日本ではガと表記してるのか、タイ語が分かる人に聞いてみたところ、タイ語ではKhaではなくKa(無気音)の場合、「カ」と「ガ」を区別しないらしく、この病院名はガで発音するのが現地の慣例らしい。最後の”l”を「ン」と発音するのは、日本語でも「何して『る』の?」が「何して『ん』の?」と変化するのと同じで、それが固定化してるらしい 。英語表記の方が機械的すぎて、実際の発音が反映されてないらしい。

ヘッダ画像は病院の近くで売られてた、餅粉とココナッツミルクを重ねたタイスイーツ(カノムチャン)です。

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