【掌編】 春みやび

染井吉野も散りゆきて葉桜となり、次は八重桜とばかりに薄桃色の雪洞の如き可憐な花びらを枝々に咲かせております。
散り逝く桜の花びらが菫に寄り添い、またその姿を優しく見守り咲く菫の花姿に、心の薄襞を春風に靡かれたような快い感動を覚えておりましたのも、気がつけば遠い記憶とばかりに、いやはや季節の移ろいの早さには幾度も驚かされるばかりです。
やはり花の移ろいは、はやきものでございまして、此方ではもう山躑躅の朱色が山々を斑に染めております。またその姿が、何とも控えめと申しましょうか。乙女の恥じらいのようでもあり、はたまた淑女の謙遜のようでもありまして、何とも言えぬ奥ゆかしさを醸しておるのです。
そうやって美しい花々を見つめておりますと、何だか花が語りかけているような幸せな錯覚を、思わずしてしまいます。
翡翠色の池の水面に西陽が反射して、宝石の粒子を浮かべたように煌めき輝いています。
花が揺れ水面が煌めき、珠玉の四季の語らいが調べが、心の琴線を弾きながら感動の音を響かせていきます。
そしてまるで桃源郷に迷い込んだような甘美な酔いに、心が微睡むのです。
四季の景は、いずれも雅やかで美しい。
しかし、やはり移ろいは酷なるものでありまして、もうすでに枯れた身を風にただただ煽られておる山藤がちらほら見受けられたのです。
華やかな春の景に潜んで逝く花の骸でしょうか。そんな春の影に触れてしまうと、途端に悲愴感が静かに滲み、何とも言えぬ寂しい心地になるのです。
春の真実、影にて残酷。
故に、春は雅に美しい。

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