【短編】 告白 4

❮妻なる者の告白❯

夫を責めないであげてくださいませ。あのひとは可哀想な人なんです。人間の感情を真に理解する事ができないのです。作家なのに、と申されますか。確かにその通りでございます。しかし、作家先生である時のあのひとと、ただの夫、いや男である時のあのひとは、たぶん違うのです。
 あぁ、昔の全盛期の作品たちを読んだ時の衝撃と感動が、今でも忘れられません。あのひとの執筆する姿にも勿論小説にも、常に気迫と凄みのようなものを感じましたもの。しかし近年はそれも、風前の灯火となっておりました。才能の枯渇っていうんですかね。確かにあのひとには、惚れ惚れするほどの才能が嘗てはあったんです。あの頃は良かった。あの頃の事を思い出すと、心が自然と華やいでくるのが解るんです。そこには心身ともに若かかった頃の私とあのひとが、仲良く寄り添っていて。
 本当に懐かしい。
 自分勝手で我が儘で、他人の気持ちなんてお構い無し。本当に生きるのが不器用な人でした。まぁ、その不器用さがまた愛らしくも感じられましてね。そういうところに惚れたっていうのもあるんですよ。ほら、手が焼ける子供ほど可愛いって申しますでしょ。まさにあれですわ。きっとあのひとなりに訴えかけていたんでしょうね。現状に踠き苦しみながら、何度も葛藤していたんでしょう。理解していたつもりだったんですが、やはり足りなかったんでしょうね。
 もうすべてにおいて、潮時だったんですわ。
 愛人たちにも愛想をつかされて、すべてのモノに見捨てられた気分だったんでしょうね。小説を書く事しか能がない人でしたからね。他の道で生きていくなんて考えられなかったんだと思います。本人にとっては、たぶん最良の選択だったんでしょうね。残された者たちの気持ちを考える余裕なんて、全くなかったはずですしね。
 私はあのひとに、何を言われても何をされても許す、と決心していたんですけどね。その決心も無駄に終わったという事なんですかね。
 あなた、はどう思われますか。
 あんなひとでも、私にはかけがえのないひとだったんですよ。どんなに無碍にされようと、私は一生涯あのひとを支え尽くして生きていこう。夫を一生涯愛し抜く妻であろうと心に誓っていたんです。例えあのひとが私を愛してくれなくても。例え私を忘れてしまったとしても。
 生きていてくれさえすれば、それだけでよかったのに。それだけで、ただそれだけで。
 最期まで本当に自分勝手な人でした。

 

❮夫という者の告白❯
 僕は本当に何も解っちゃいなかった。
 まさか、すべてが妻のおかげだったとは。今更、どう妻に詫びればいいというんだ。僕は本当に人間失格の最低な屑だ。愚かすぎるよ。今更、後悔しても遅すぎる。
 あぁ、そうだね。彼女たちにも心から感謝しないとね。僕は本当に傲慢だった。実に恥ずかしい。実に情けない限りだ。今は心底猛省しているよ。
 君はすべて解っていたんだな。いや、責めているんじゃないんだ。ただ、君が僕に会いに来た意味がやっと解ったんだ。
 感謝しているよ。ありがとう。
 あぁ、そういえば。インタビューを終えて帰ろうとした時に、妻がこの花を渡してくれたんだが。どうも僕は花には疎くてね。君にはこの花が何だか解るかい。
 えっ、ききょう。あっ、これがあの桔梗なのかい。そういえば、僕の仏壇にも飾ってあったな。
 そうか、桔梗か。
 えっ、花言葉なんてあるのかい。勿体ぶらずに教えてくれよ。
「永遠の愛」

 


❮……❯
   人間の愛は最も美しく悲しいものだと、そのモノは涙とともに知ったのでございました。

                                                                ─ 完 ─

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