【物語】 流れない涙

彼女の左目からは常に涙が溢れていた。
その涙は流れる事なく下瞼に留まり続けた。
彼女の痛々しさに、胸が締め付けられ息が苦しくなる。
つい目を逸らしたくなる。
でも、それは許されない。
「ごめん」
「何で謝るの?」
「……ごめん」
「おかしな人ね」
彼女の悲鳴と逃げて行く僕の足音が脳裏に蘇る。
彼女の心を殺したのは、僕だ。
僕が彼女を壊した。
「あなたは悪くないわ、あなたは悪くないわ」
壊れた人形のように、彼女が繰り返し呟く。
血を吐くような乾いた笑い声が木霊する。
彼女の涙が流れたら、僕はきっと楽になれる。
でも、涙は決して流れない。
彼女の明確な意志ではないのかもしれない。
でも、きっとこれは……。
「……ごめんなさい」
感情を麻痺させたまま、微笑み続ける彼女。
涙は、決して流れない。

                                                              ─ end ─

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