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[短編小説] 東雲の幻

[短編小説] 東雲の幻

※ 扉絵は、さくらゆきさんの作品です。さくらゆきさん、ありがとうございました。

 院内の見回りを終え、私はようやく最上階の師長当直室に戻れると大きく息をついた。看護師になりたての頃は、くたくたでも駆け上がれた階段だが、還暦まであと数年の脚にはこたえた。

 階段を登りきると、窓の向こうに桜色と空色のパノラマが広がっていた。 思わず息を飲み、歩みを止めた。たなびく雲は朝日を浴びて淡い桜色に染められ

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小説『泡沫(うたかた)の初恋』(全文/約7200文字)

小説『泡沫(うたかた)の初恋』(全文/約7200文字)

 一.椿 君と初めて会ったのは、僕が齢十二を迎えた年だった。
 
 父さまに連れられて、日本橋の薬種問屋に薬草を仕入れに行った帰りの道中、町に立ち寄った。
 皐月のはじめの良く晴れた午の日、端午の節句を迎えた店や家屋の軒先には、蓬や菖蒲が刺され、辺り一帯に生薬の匂いが漂っている。民家の前では子どもたちが印地と呼ばれる石を投げ合って、今では珍しい石合戦を繰り広げていた。

「ちょいと嘉兵衛さまに挨拶

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【短編小説】魚が空を泳ぐ季節に終わった恋

【短編小説】魚が空を泳ぐ季節に終わった恋

上司の中でも種村さんは最初から特別だった気がする。

初対面の折、なんとなく私はこの人と一緒になるんだろうな、という感想を彼に持ったのだ。

一方の種村さんは、私の事をただの部下、もしくは仕事仲間として接していることはわかっていたが、何度となく仕事の相談や、時にはプライベートな事まで酒の席で交わす内にごく自然と親密になっていった。

私は種村さんと結婚して幸せになると信じて疑わなかった。

なのに

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少女の告白

少女の告白

*本文には一部暴力的な描写が含まれます。ご了解の上、お読み下さい。

私の名前は笠原舞。ええ、私が彼女を殺しました。白石田紗耶香を。間違いありません。学校の階段から突き落とし、動けなくなった彼女をハンマーで殴りました。何度も何度も。死ぬまで。

罪悪感ですか?ありません。彼女は殺されて当然のことをしていました。彼女は私の親友を死に追いやったのです。当然の報いです。悪事を成した者は罰を受けるべき、そ

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2021年4月|最も読まれた物語

2021年4月|最も読まれた物語

2021年4月に私が書いた中で最も読まれた5つの物語をまとめました。

1位 天使マネー
2位 倒置法のラブレター3位 心が痛かったら手を上げて4位 星空の糸電話5位 死神とシーソーたくさん読んでいただき、ありがとうございました!

先月のまとめ

オールド・クロック・カフェ #1杯め「ピンクの空」(4)

オールド・クロック・カフェ #1杯め「ピンクの空」(4)

前回までのストーリーは、こちらから、どうぞ。
(1)から読む。
(2)から読む。
(3)から読む。

<あらすじ>
京の八坂の塔近くにある『オールド・クロック・カフェ』はある。時計に選ばれた客にだけ出される「時のコーヒー」は、時のはざまに置いてきた「忘れ物」を思い出させてくれるという。亜希は時計に選ばれた3番目の客。白い柱時計が示した時刻は4時38分。亜希は小学4年生の夏休みの宿題の絵を描いている

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小説『オールド・クロック・カフェ』 #1杯め「ピンクの空」(3)

小説『オールド・クロック・カフェ』 #1杯め「ピンクの空」(3)

前回までのストーリーは、こちらから、どうぞ。
はじめから、読む。
(2)から、読む。

<あらすじ>
京の八坂の塔近くにある『オールド・クロック・カフェ』。時計に選ばれた客にだけ出される「時のコーヒー」は、時のはざまに置いてきた「忘れ物」を思い出させてくれるという。亜希は時計に選ばれた3番目の客。白い柱時計が示した時刻は4時38分。亜希は小学4年生の夏休みの宿題の絵を描いている過去へ。ピンクの空を

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小説『オールド・クロック・カフェ』 #1杯め「ピンクの空」(2)

小説『オールド・クロック・カフェ』 #1杯め「ピンクの空」(2)

前回のストーリーは、こちらから、どうぞ。 

<あらすじ>
京の八坂の塔近くにある『オールド・クロック・カフェ』には、さまざまな柱時計が飾られている。時計に選ばれた客にだけ出される「時のコーヒー」は、時のはざまに置いてきた「忘れ物」を思い出させてくれるという。亜希は時計に選ばれた3番目の客。白い柱時計が示した時刻は4時38分。亜希はその時刻にどんな「忘れ物」をしてきたのだろう。

* * tick

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小説『オールド・クロック・カフェ』 #1杯め「ピンクの空」(1)

小説『オールド・クロック・カフェ』 #1杯め「ピンクの空」(1)

 その店は、八坂の塔へと続く坂道の途中を右に折れた細い路地にある。古い民家を必要最低限だけ改装したような店で、入り口の格子戸はいつも開いていた。両脇の板塀の足元は竹矢来で覆われていて、格子戸の向こうには猫の額ほどの前庭があり、春になると山吹が軒先でゆれる。格子戸の前に木製の椅子が置かれ、その背もたれにメニューをいくつか書いた緑の黒板が立て掛けられていなければ、そこをカフェと気づく人はいないだろう。

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小説|ふたばのクローバー

小説|ふたばのクローバー

 二本のクローバーに、子どもが生まれました。お母さんクローバーも、お父さんクローバーも、この子を必ず幸せにすると誓います。子どものクローバーには、他のクローバーとは違って、葉が二枚しかありませんでした。

 子どものクローバーは、何度も他のクローバーからいじめられました。二枚しか葉っぱがないからです。子どものクローバーは傷つき、悲しみました。「お母さんとお父さんは三つ葉なのに、どうして私だけ双葉な

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雨音

雨音

行為の最中、ポツポツと窓を叩く雨音が気にかかった。

今朝起きた時、天気を気にしなかった私の失態だ。

もちろん、傘など持ってきてはいないし、タクシーを呼ぶほどでもない。

目の前の男は今を動く事で必死だ。

この先の事などまるで考えてはいない。

激しくなる雨足とぬかるんだ地面を想像すると私たちの今がなんだか滑稽に思えてくる。

いつの間にか終わっていた行為に気付かず、私は裸のまま横たわっていた

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流れは塵とともに

流れは塵とともに

流れる 農家の朝は早い。
 都からは程遠く離れた村。それでも小さいながら市も立つし、行商の旅人が少なからず行きかう山あいの農村。
 みつは、今朝もかまどに入れる木ぎれを納屋に取りに行く。昨夜の雨も上がり、空気が新緑の匂いを包む。
ここへ来て嫁入り話がぽつりぽつりと交わされるようになった。みつ自身、深い考えも無くそんなものだと受け止めていた。

 人の気配を感じてふっと目をやると、朝もやの

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流れは塵とともに

流れは塵とともに

断つ 気が付くとみつは山の中にいた。何かに導かれるように山の中を歩いていた。
 怖い物見たさ。
 怖れという名の好奇心が、みつを山へ向かわせたものの正体だと、気付くことも無いままに山の中を歩いていた。

 あの時、桔梗が言った言葉の意味が、みつにはわからなかった。
 「それが舞手の血か? 」と尋ねたみつに
 「血…… 血とはまた…… もしそれが運めを決めるなら、わたしは運めにあらがって生きるしかな

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流れは塵と共にースピンオフ1

流れは塵と共にースピンオフ1

noteを始めてしばらくの頃。ですのでかなり前になりますが、短編『流れは塵と共に』という物語を投稿しました。古来よりの文化・芸能の担い手はその多くが賤民とされ、怖れを含む好奇な視線を向けられた被差別民でした。

白拍子の流れをくむ舞手ふたりが登場する物語です。
この物語のその後のようなものを『桔梗』『葵』というふたつの作品にしてみました。

流れは塵と共に
1『流れる』はコチラ2『断つ』はコチラ

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