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創作「真夜中の旅路」

夜になると、少女はベッドにもぐり込んだ。

頭まで布団を被ると、目を閉じる。

これから、枕元に並べたお気に入りのぬいぐるみたちと一緒に遠い場所へと旅に出る。

すべての喧騒から距離を置き、世界でたった一つの安心できる"いつもの場所"を目指して。

窓の縁に手をかけ、足を乗せて身を乗り出す。
パジャマの裾を翻し、ふわりと宙に浮かぶ。

ここからは誰にも邪魔されない。

少女だけの旅路のはじまり。

つま先が窓から離れた瞬間、大きくジャンプをするかのようにして飛び立つ。

両親のいる家をあとにして、少女は星の輝く夜空へと浮かび上がった。

体を地面と水平に倒して両腕を広げると、体が風を受ける。風は涼しさを纏って少女を歓迎する。星は煌めき少女を誘う。

沢山の家の屋根に近づいては、さらりと指先で触れながら通り越す。

徐々に高度を上げて、上空から家々を見下ろす。赤、緑、橙…様々な色の屋根が視界に入る。

「今頃あの子は寝息を立てているのでしょうね。」

くすくすと笑いながら、近所の友だちの家を通り過ぎる。


星がきらりと空に光った。

髪を靡かせながら、空を見上げる。

「マリー、見て!アンタレスよ!」連れてきた羊のぬいぐるみに話しかける。

「火星とどっちが赤いのかしらね。まるで血の色みたい。」そう言うと、瞳を翳らせた。


少女は遠くにある草原を目指して、小さな肩で風を切りながら大空を旅する。


両腕を広げて飛んでいると、途中で鷺と出くわした。

「あなたも旅をしているの?」少女は優しく問いかけた。
鷺は返事をするかのように短く鳴くと、少女とは反対の方向へ飛んでいってしまった。

ところどころにまだ明かりの灯る家がある。

「きっと眠れないのね。わたしと同じ。」

そう呟くと、また大きく上空へと飛び上がった。


しばらく飛ぶと、広大な草原が見えてきた。

目的地へ近づいてくると、少女はだんだんと高度を下げ始めた。

トンッ、とつま先を地面に付け、草原の中心に降り立った。

あたりを見回すと、満足気に笑みを浮かべる。

「ここね!ここがいいわ。」

風が吹き、少女の体にそっと触れた。一面の草原が少女を出迎える。

顎に手を当てて少しの間考える素振りをした。どうやら、特別な絨毯を敷く場所を決めたようだ。

少女は自分の体よりも大きな、毛足の長いふわふわとした円形の絨毯をリュックサックから取り出して、丸まった絨毯をくるくると広げて地面に敷いた。

そして得意げに頷く。

「このあたりでどうかしら!」

そして周りを見渡し、誰もいないことを確認した。

ふわふわの絨毯の端にリュックサックを置き、中からぬいぐるみを取り出して並べた。

準備が整うと、少女はぬいぐるみを前に静かに座った。

「ここだけ…ここだけよ、安全なのは…」そう言うと、先ほどとはうってかわって表情を暗くさせた。脚を抱え、俯いて膝に顔を埋める。

「どうして…?いつになったら助けに来てくれるの…?」頬には温かな雫が伝い、とめどなく溢れ出る。

ふと、顔を上げて夜空を仰いだ。

風は少女の涙を拭う。星は輝き少女を慰める。


その時だった。

ざく、ざく、ざく。

突然、後ろから草を踏む足音が聞こえた。

振り返ると同時に、"彼女"と目が合った。

少女は驚きのあまりに目を見開く。

そして小さく呟いた。

「来てくれたの…?」


彼女は跪き、その両腕で少女を抱きしめた。少女の瞳から涙が溢れ出す。

「待ってたよ…ずっと。」

彼女の首に手を回し、目を赤くしながら嗚咽と共に言葉を絞り出した。

「待たせてしまってごめんね。もう怖くないよ。」

彼女は少女を抱きしめる力を強くした。


しばらく抱き合った後、二人は絨毯に腰を下ろした。

そして長い長い時間をかけて、一緒に語り合った。


気づくと夜は明けて、朝焼けが見えた。

「もうこんな時間だ!」と二人して顔を見合わせ、笑いあった。

帰ろうか、と言葉にはせずにどちらからともなく絨毯を片付け始める。

最後にぬいぐるみをすべてリュックサックに詰め込んで、帰る支度ができた。

帰りは歩いて家路につき、道中でも沢山の話をした。これまでどんなことがあったのか、そしてこれからのこと。様々な話をし終わらないうちに、家に着いた。

「また話そうね!」「うん、また話そう。」

"彼女"は少女を家に送り届けると、自らも自分の家へ向かって歩き出した。

少女は、彼女が見えなくなるまで手を振り続けた。




鳥のさえずりが聞こえる。
朝がやってきたようだ。

彼女は腕を上げて思いきり伸びをして、目を開けた。

階段の下から母親が呼ぶ声が聞こえる。

部屋を見回してみた。いつも通りの朝。枕元に並ぶぬいぐるみたち。開け放った窓にカーテンが風を受けゆらゆらと揺れる。いつも通りの日常…のはずだが、何かが違う。



その瞬間、何かを思い出したようにハッと目を大きく見開いた。




あぁ、そうだった。わたしは、わたしは…!!

突然、涙が滴り落ちた。

彼女はすべてを理解したのだった。



これからは、もう一人じゃない。



今までとは違う、新たな人生の幕開けだ。

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