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2月16日

 10時半から人が来て店でのポップアップの片付け作業があるので、早めに行って大まかな片付けをしてしまおう、といつもより早く身支度を整える。昨日少し片付けをやっておいてよかった。
 今週中に何か新しい品物が届くように、と急いで発注や支払いをしたものがあったけど、残念ながら週が明けないと何も届かないようだ。

 一緒に子供服を畳んで片付ける。「〇〇のお客さんだった方がいらしたよ」と、かつて〇〇で働いていた彼女に伝えると、「私のことなんて知らないと思いますよ。もう辞めて13年にもなるんですよ」と言うからそうだったっけ?と思い出そうとしたけれど、私の時間軸が訳がわからなくなっているのでピンとこない。でも、昔そのお店で会った時、全身にラメを振りかけたみたいに若さで輝いていた彼女も、ラメ星人から地球人になった感はあるし、実際のところ今日も子供連れである。随分時間が経ったんだ、と実感する。

 沢山並んでいた子供服を片付けたら、店が空っぽみたいになってしまった。

 夕方に娘が帰宅して、やっぱり今日も9人欠席だった、とのこと。インフルエンザが流行っている。

 店の外から中を覗いている人がいる。よくあることだ。大体の人は気にしつつも中には入って来ない。でも今日のその人は意を決したように中に入ってきた。ウインドウの近くにおいてあった、タラバガニのポーチやぬいぐるみ の前で考えている様子だ。おばさんだろうと思っていた。お客さんをそれほどジロジロ見ないからだ。それになんとなく物腰が女性っぽかったから。
 「カードでもいいですか?」
差し出されたのは小さなタラバガニのぬいぐるみで、その人はおじさんだった。現金の持ち合わせは無いけれど、ふと見たガラス越しの店内の、ファーで出来たふわふわタラバガニのぬいぐるみを衝動買いするおじさん。ああ、日本の東京にも、こんな小さな平和があるんですよ、と思う。
 このタラバガニはいろんな人が買ってくれて、こんなに役に立たないふわふわタラバガニを欲しがる人が沢山いる、と知るにつれ、まだ世の中捨てたもんじゃないな、と思ったりするのである。

 夕方、大学生の頃に沢山お手伝いをしてくれていた子がふらりお店に来てくれた。ずっと大学生くらいの印象だけど、きっと彼女も随分大人になったはずだ。

 深夜、気になっていた漆の器の半額セールで、私的爆買いをする(金額的にはそんなに買っていないけど、皿なんて滅多に買わないから)。一人暮らしの時はさほど気にならなかったのだが、今は皿の重さ、皿の重なりが気になるのだ。娘が洗った皿を雑にカゴに入れる、そのガチャっと言う音も、夫が使いたい皿を出す時の騒がしさも嫌いだ。全部木の皿にしたらどんなにか気楽だろう、と夢想する。でも、陶芸をやるほどに器も好きなので、そんな日は来ないだろう。

 明日やってしまいたい絵本の下絵、他のコンペに出したい過去に描いたものを手直しするためにプリントアウトする。お風呂に入りながら、全部無駄になってしまったら嫌だな、でもそうなるのかもしれないな、と思った。

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