家出、亡霊、お姉ちゃん。
17歳、高校3年生のとき。
家出した。
大学進学を控えてナーバスになっていた。母親から、進学予定の大学のきったない寮に住むよう言われたからだったか。希望する大学ではなくて、地元の大学に行くように言われたからだったか。
もしかしたら、夜中まで受験勉強していることを心配されてうっとおしかっただけかもしれない。理由は覚えていない。
とにかく甘ったれた理由だったことに間違いない。甘ったれで生意気な高校生だった。このあと世間の荒波に揉まれてそうそう甘ったれてもいられなくなるので、17歳の時点の私に甘ったれているところがあるのは御容赦いただきたい。
家出少女と聞くと危険な感じがする。
夜の繁華街に女子高生が1人でいるのを想像してみよう。ね、ほら危険がいっぱい。
家出少女像が聖子ちゃんカットで、白い靴下を三つ折りにして、セーラー服で長めのスカート、という想像になるのは何故だろうか。なんならヨーヨーだって持っていそうだ。ちなみに私が女子高生だった頃はミニスカートにイージースミスのルーズソックスが定番だった。ヨーヨーではなく、みんなポケベルを持っていた。
スケバンでもデカでもない、田舎の純朴な少女だった私はその日、家出少女になった。
家出期間は2時間弱。
すぐに見つかった。
ネオン街を彷徨ってないし、知らない人についていってもいない。
危険な香りは少しもしない家出少女がここにいる。
今回は家出から発見までの経緯を書いていこうと思う。
家出したのは夜だった。
20時ごろか。
確かお風呂に入ってしまい、パジャマを着ていた。
着ているものがパジャマなのだし、何も持たずに飛び出したので、お金もない。
行くところがない。
とりあえず1人でうろうろするのは怖いので、愛犬ごまちゃん(元野犬、小心者)を連れて行くことにした。
この時点で家出少女としては緊張感に欠ける。その点は否めない。本気の家出少女から怒られそうだ。陳謝したい。でも、もう少し待ってほしい。
ちゃんとするから。
あてもなく暗闇を歩く。
すぐ引き返す。
とてもじゃないけど田舎道は暗すぎる。都会と比べて街灯が少ない。
どうしよう。このまま帰るのは癪だ。
これでは家出ではなくて、ただの犬の散歩だ。日常でしかない。そもそも家族の誰も私が家出したことに気付いていない可能性すらある。
ならば、とえばちゃんの家の影から家の様子をそっと見守ることにした。
やっぱり気付いていない。誰も慌ててない。しばらくごまちゃんを撫でながら様子を見る。
電話が鳴った。
幼馴染のもっちゃんからの電話だった。
もっちゃんはしっかり者だ。
小学校5年のときに同じクラスになってそれから仲良くなった。明るくて人気者。アクティブな女の子。
よく遊びに誘ってくれた。
その誘いを断る理由が、ちゃんともっちゃんの納得できるものでないと怒られた。私は休みの日は家にいたいと思うことがあるのだけど、アクティブなもっちゃんにそんなの通じない。
出不精な私にはありがたい存在だ。
絶妙のタイミングでの電話。これで家族に私の不在を知らせることができる。
ありがとうもっちゃん。
「さちこー!!電話ー!!」
何度か呼ぶ声がする。
しばらくして「さちこがいない」とざわざわし始めた。
ここまでで1時間ちょっとくらいか。
捕まるまであと15分くらいだ。
本気の家出少女におかれましては、私の甘ったれた家出話に再び怒り心頭かもしれない。もうしばらく辛抱して読んでいただきたい。重ねてお詫び申し上げる。
なんせ敷地内にいるのだ。
見つかるのは時間の問題だ。
捜索隊が出動する。
父が車に乗って探しに出て行った。
一人暮らし目前で、多分私は不安定になっていた。7人の大家族で育って、家にはいつも誰かがいた。もうすぐ私は1人になる。お父さんもお母さんももっと困ればいい。そう思った。
父が出た後、後陣が出陣する。
姉だ。
5つ年上の姉にはいつも頭が上がらない。
姉と書いて暴君と呼びたい。
保育園に通っていたころ、姉に
「さちこにはお姉ちゃんにしか見えない亡霊が取り憑いてる」と脅されたことがある。
亡霊から守って欲しければオヤツやおもちゃを献上せよ、とのことだった。その亡霊は姉としか話ができない。大人に言ったら喰い食い殺される。姉の都合の良いように設定が後からいろいろ追加されていく。
そもそも亡霊は人間を喰うことができるのだろうか。
保育園児にそんな疑問を抱く余地もない。亡霊がなんだか良く分かってさえいないのだから。私は震え上がった。
大好きなコーヒー味のキャンディも、鈴が入ったお気に入りのビーチボールも取り上げられた。あれで遊ぶの好きだったのに。
「亡霊が欲しいって言ってる」
亡霊がビーチボールで遊ぶことなんてあるのだろうか。私に取り憑いた亡霊は案外陽気なのか。
陽気でも陰気でも怖さに変わりはない。亡霊に怯えて姉の言いなりになった。
毎日暗い気持ちで生活した。
恐ろしい亡霊に取り憑かれている。何が起こるか分からないけど、とにかく怖い。みんなよくそんなに楽しそうにしていられるもんだ。見えないのか、私に取り憑く亡霊が!
もちろん私にだって見えない。
私はもう二度と笑えない。平和な日々は終わった。ランドセルを背負う前に私の人生は終わるのだ。
元気がない様子に、保育園の連絡帳にも、「最近さっちゃんの元気がありません」と書かれた。
もう食い殺されても構わない、この苦しみから逃れたい。
連絡帳を読んだ母に理由を聞かれてついに打ち明けた。
「まーたそんな作り話して!」
と母は姉に怒った。
バレたかーと姉は逃げていった。
そんな感じのことは日常茶飯事で、私は姉にやられっぱなしだった。
友だちの優しいお姉ちゃんが羨ましかった。
その日もやっぱり、姉には敵わなかった。
小さい声で、「さちこ、お母さんたちには言わないから出ておいで」と言いながら歩いてくる。
敷地内にいることを読まれているのだ。暗闇に1時間以上、1人でいた心細さから、返事をしたくなった。
お姉ちゃんにだけならここにいるって言っても言いかな?
その後帰るタイミングを考えよう。
「おねえちゃん」
小さく囁く。
間髪いれず、家に向かって姉が叫んだ。
「さちこいたよー!!」
言わないって言ったのにー!!
また騙された。
何度騙されたら懲りるのか。
そんな訳で私の家出はあっけなく終わった。まもなく父も戻り、捜索隊も解散となった。
私は今でも姉に逆らえない。
暴君ぶりに耐えかねて爆発し、20歳くらいのときに大げんかすることになるのだが、結局何枚も上手な姉にやり込められた。
それはまた別の機会に書きたいと思う。
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