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燃ゆる朝焼け、爆ぜる竹

 正月、久々に実家に戻り堕落した生活に慣れ切った体を起こして「どんど焼き」へ行ってきた。長野県の南部では「ほんやり」と呼ぶことが多い。今日はこのほんやりという私にとって原体験にようなものの話をしようと思う。
 私の地区では明朝6時に点火するから眠いし、寒い。少しでも暖かいものを着込んでいこうと思うが、ダウンなんかを着ていくと火の粉で溶けてしまうこともあるから注意が必要だ。自分でいうのもなんだが、我が地区のほんやりは大層なものだと思う。芯棒となる木の周りを竹で覆った円錐状の美しいほんやりだ。根元からつけた火が次第に上へと昇っていく。夜明け前で手手足は凍えるのに、燃え盛る竹を目前に顔は赤く火照り、目は開けられないほどに熱い。竹や達磨が爆ぜる音が静かな朝にただ響いている。


だいたい1時間ほどが過ぎると威勢よく燃えていた火も落ち着く。そうなると今度は餅焼きが始まる。燠を少し広げて均したら各家庭が創意工夫を凝らした餅焼きセットが登場する。長い竹で餅を挟んでみたり、棒の先に網を付けて餅を焼いてみたり、さらには燠をシャベルですくって自分用の餅焼きスペースを確保したり。ほんやりの燠で焼いた餅を食べるとその年健康に過ごせるという。
 このほんやりは前日に小学生から大人まで地区の大勢が集まって作られる。大人は重機を使って芯棒を立て、竹でほんやりを作る。中学生は近くの竹林から竹を切り出し運ぶ。小学生は集められた正月飾りを分別したり、達磨で飾りを作る。私はこのほんやり作りが好きだった。地区のあらゆる年代が集まって何かに取り組むなんて最近ではめったにない。
 ただ高校生にもなるとそういった地域のコミュニティや行事に関わる機会がとたんに減る。特にコロナ禍ということもありいろいろなことが中止や延期になってきた青春時代を過ごした世代である。ほんやりに行ったのも随分と久しぶりに感じた。ふと感じたのは飾りの達磨の数が随分と減ったことである。1本の縄で数珠のように繋いだ達磨は、以前は頂点からぐるりを巻き付けながら飾っていたのに、今はもう正面に垂らすのでいっぱいいっぱいだった。地区の人が減ったのか、達磨という伝統的な飾りを飾る家が減ったのか、ほんやりに関わらない家が増えたのか審議は分からないが変わりゆく街の足音が聞こえた。


 まあ、ここまでつらつらと話してきたわけだが、私はこのほんやりが自分にとっての一つの原体験であったと感じる。こうこうと燃える炎を前に顔が痛いほど熱くなること、竹の爆ぜる音、少しずつ白んでゆく空の色、私の中でそのいろいろな感覚は今もこうして残っているのだから。進学を機に地元を離れて思う。地元にあったような密な人間関係が日本中どこにでもあるわけではないし、当たり前だと思っていた伝統や食、人間性もそれぞれの地域に固有であり唯一無二であったこと。
 ふるさとに帰りたくなった時、ひとり心が取り残されそうな時、私の胸にもえるあの炎の生きる力となるかもしれない。


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