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銀幕と投票箱

春が待ち遠しい…は時候の挨拶ではなく、「映画『ソウルの春』の日本公開が待ち遠しい」の短縮ですというのは、我ながら無理がありますね。

強引な出だしですが、韓国で大ヒット作となった「ソウルの春」は、そう遠くないうちに日本でも公開されるそうです。
韓流ファンの方なら、いや、そうでない方も、こちらの予告編を観ただけで期待が高まるかと。

この映画は1979年に朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺されたあとに軍の全斗煥(チョン・ドゥファン)保安司令官がクーデターによって権力を握る過程を描いた作品。
観終わった人たちはおしなべて全斗煥への憤りで心拍数が上がるほど、彼(作中は「チョン・ドゥグァン」)を演じたファン・ジョンミンの演技が真に迫っているそうです。

やはり春が待ち遠しい。

一方で、軍人たちによるクーデターを描いているとあって、作品が政治的な論争に巻き込まれていることでも話題となっています。
春の総選挙が近づいているだけに。


政治イシューになりやすい韓国映画

保守派と進歩派との分断が深い韓国においては、映画やテレビドラマのテーマが近現代史であると、その分断と無縁でいるのは難しくなります。
作品が、保守か進歩の「どちらか一方の陣営の歴史観に寄り添っている」とみなされて、片方の陣営からは称賛、もう片方からは酷評、となることが珍しくないのです。

とりわけ時の大統領が映画館に足を運んで鑑賞する映画は、全面的にその大統領が所属する陣営からの「お墨付き」を得ることになります。
例えば、朴槿恵大統領が観た映画の一つに、「オペレーション・クロマイト」がありました。

これは朝鮮戦争における仁川上陸作戦を描いたものです。
主役イ・ジョンジェに加えて、国連軍最高司令官のマッカーサー役には「シンドラーのリスト」や「バットマン・ビギンズ」など数々のメジャー映画に登場してきたリーアム・ニーソンという豪華キャスティング。

実際にあった歴史をベースにしつつ、「ここは明らかに創作だな」というシーンも盛りだくさんで、私はエンターテインメントと割り切って気楽に観れました。
ポイントは、「北朝鮮はひたすら悪辣で、韓国軍と国連軍はひたすら正義で勇猛果敢」に描かれていたことで、いかにも朴槿恵氏&保守派にウケること間違いなしでした。

一方、進歩派陣営からは「駄作」と評判は散々だったと記憶しています。

では、次の文在寅(ムン・ジェイン)大統領はどんな映画を観たのか。

例えば、流血の民主化運動を描いた「1987、ある闘いの真実」や光州事件を題材にした「タクシー運転手 約束は海を越えて」など。
とくに「タクシー運転手」は日本でも話題作となりましたよね。

この2作品には、共通点が。
ともに全斗煥執権下の歴史を扱っているのです。当然、「全斗煥はひたすら悪辣」というポジションです。

進歩派は拍手喝采、保守派は渋い顔。

「ソウルの春」は?

さて、2023年11月公開の「ソウルの春」。
数日前のニュースによれば、観客動員数は1312万人を記録して、韓国の映画史上6位と驀進中です。

総選挙を4月に控える中、進歩派の最大野党「共に民主党」がこの大ヒットをスルーするはずがありません。毎度の悪役となった感のある全斗煥に関して「今の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に通じる。軍人が検事に替わっただけだ」といったメッセージを盛んに発信しています。
現在の保守政権は全斗煥からの流れを汲む、という改めての批判です。実際、保守派のルーツが軍事政権にあるのは誰もが分かっていることです。

進歩派のハンギョレ新聞も、「ソウルの春」に関するコラムでこう指摘しました(「粛軍クーデター」は映画で描かれているクーデター、「新軍部」は全斗煥らを指します)。

 「成功したクーデター」だとして新軍部勢力を不起訴処分にしたチャン・ユンソク当時ソウル地検公安1部長は、現与党「国民の力」の前身であるハンナラ党に入党し、国会議員を3期務めた。粛軍クーデターを「国を救おうとした」と美化したシン・ウォンシクは、国民の力の比例代表議員を経て、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の国防部長官になっており、光州民主化運動への「北朝鮮介入説」を主張したキム・グァンドンは現在、真実和解委員長を務めている。偶然の一致だろうか。

https://japan.hani.co.kr/arti/opinion/48638.html

ただでさえ支持率が冴えない尹錫悦政権、旗色が悪いです。

政権を支える保守派与党の「国民の力」は、のちに全斗煥らを逮捕・起訴したのは保守派に連なる金泳三(キム・ヨンサム)政権だったと反撃はしていますが、あまり効いてないようです。

李承晩を再評価の作品も

「ソウルの春」の代わりに、とばかりに保守派の人たちの間でいま評判が高いのはドキュメンタリー映画「建国戦争」。
初代大統領・李承晩(イ・スンマン)の業績を再評価する内容です。

韓国では一般的に評価が低い李承晩ですが、この映画では農地改革やアメリカとの相互防衛条約締結などの功績に光をあてています。韓米同盟を非常に重視する尹錫悦大統領なだけに、「歴史を正しく知ることができる機会」と「建国戦争」を評価したとのこと。
保守派推奨映画となったわけです。

一方、進歩派陣営は「歴史修正主義の映画」と一刀両断。

日本映画も積極的に近現代の政治を作品に

ここまで読まれて「韓国の映画は政治色が強すぎるのではないか」、あるいは「韓国は政治家たちが特定の映画に肩入れし過ぎではないか」と受け止められた方が少なくないと思います。

そうともいえます。
ただ、映画が政治的な論争に巻き込まれるのは、そうした作品が「まずイデオロギーありき」だからではありません。多くが十分なエンターテインメント性やドラマ性も備えているためです。
韓国の映画界が政治指導者を含めた近現代史を描くことが多く、かつ、それらの作品が面白い結果なのです。

日本の映画界に目を向けると、そうしたテーマを扱うことには韓国に比べるとやや及び腰のような気がします。
それでも近現代史に踏み込む力作がないことはありません。
ここ最近でいえば、安倍政権の闇をモチーフにして日本アカデミー賞3冠に輝いた「新聞記者」が代表格でしょう。

日本の映画製作者たちには、ぜひもっと積極的に政治的な論争を巻き起こす映画を世に出していってほしいと思います。

最後に韓国映画からは離れますが、もう一つ、個人的に日本公開が待ち遠しい映画が。
巨匠クリストファー・ノーラン監督の「オッペンハイマー」です。

こちらは3月29日の公開が決定。
世界で初めて核兵器を開発した「マンハッタン計画」の中心にいたJ.ロバート・オッペンハイマーは、どう描かれているのでしょうか。
アカデミー賞では13部門にもノミネートされています。


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