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「平和のための4本柱」と「文攻武嚇」

5月20日、台湾で頼清徳(らい・せいとく)新総統が就任しました。
世界が注目した就任演説はいくつか注目点がありましたが、ここでは頼総統が以前から掲げてきた「平和のための4本柱」を中心に置きたいと思います。(冒頭の写真は台湾総統府HPより)


釣り堀外交

本題に入る前に、いかにも台湾らしい一幕から。

就任式の前日、台湾と国交を結んでいる国の首脳を頼総統と蕭美琴(しょう・びきん)副総統が歓待しました。
庶民的なエビ釣りで。

上の記事 ↑ にある動画や写真のとおり、小さくて実にローカルな釣り堀です。しかも背景にはキリンの「一番搾り」の広告…
中国の国家主席がこうしたロケーションで他国の首脳をもてなすのは考えられませんね。

ちなみに、時間内に最も多くのエビを釣り上げたのはアフリカにあるエスワティニの国王・ムスワティ3世だったそうです。

就任式の自由な演出

就任式の演出も、やはり中国大陸とはだいぶ様相が違うなと思わされました。中国ですと大勢を動員してマスゲーム的な一糸乱れぬ踊りなどを天安門広場で披露して観る者を「数で圧倒する」ところ、台湾は…学園祭のようなノリ
言葉でアレコレ説明しようとするより、何枚か写真をご覧いただきましょう。

台湾総統府HPより
台湾総統府HPより
台湾総統府HPより
台湾総統府HPより

ただ、8年前の蔡英文(さい・えいぶん)総統就任式も取材した知人のジャーナリストによれば、今回はややおとなしめだったとの評。立法院選挙で民進党が負けたことや、去り行く蔡英文氏への配慮があったのかもしれません。

「平和のための4本柱」

さて、頼総統の就任演説の中でポイントを絞るとすれば、冒頭でご紹介したように「平和のための4本柱」かなと私は思います(原語は「和平四大支柱行動方案」)。
このキャッチフレーズは、昨年7月に頼氏がアメリカの有力紙「ウォールストリートジャーナル」に寄稿した文章に初めて登場させました。

その名の通り、台湾(あるいは台湾海峡の両岸)の平和を守る上で4つの柱があるという考えです。具体的に見てみましょう(カギカッコ内は原語)。

▼「強化國防力量」
防衛力の強化。
これは当然ですね。以前、台湾独自の潜水艦について記事を書きましたが、戦力の充実を続けることで中国に「軍事侵攻には高い代償が伴う」と思いとどまらせることです。

▼「建構經濟安全」
経済安全保障の構築。
これは台湾の国際的な強みである半導体産業をさらに高度化させることで台湾の経済的な価値が高まり、それがひいては安全保障にもつながるという考え方です。いま日本で流行している経済安全保障とは、ニュアンスが違います。

▼「展現穩定而有原則的兩岸關係領導能力」
中国との関係における、安定し、かつ原則を持つリーダーシップを示す。
「急進独立派だ」と習近平指導部から目の敵にされている頼総統ですが、彼は蔡前総統の路線を引き継ぐと明確にしています。その路線とは、一言でいえば「現状維持」。つまり、「安定」=中国を挑発したりはしない、ただし「原則を持つ」=台湾の主権と民主主義は守るとの原則は譲らない。

▼「推動價值外交」
共通する価値観を持つ国々との外交推進。
民主主義の国々との連携を深めるということですね。たとえ国家として承認されていなくても、様々なルートで外交を活発化させ、中国と一対一で対峙するのではなく「一対多数」の構図をつくるわけです。それは、民主主義陣営の結束という価値観での結びつきですが、高度な半導体産業を持つという実利的な魅力が結びつきの「補強材料」となっています。

しかし「文攻武嚇」は続く

頼総統が掲げる4つの柱は、自前の防衛力を高めながら国際的な連携のもとで中国と向き合うのがポイントです。そして、目指すは現状維持。それで十分なわけです。

ですが、中国は全く感心していません。頼総統の就任前からあの手この手で台湾に圧力をかけ続けています。それは台湾では「文攻武嚇」と呼ばれています。「文攻」=言葉で攻める、「武嚇」=武力で威嚇する。
日本語の「文武両道」に少しばかり似ていますが、全く異質です。
就任演説でも、頼総統は中国にこの「文攻武嚇」をやめるよう求めました。

とはいえ、止まる兆しは見えません。
就任式前日も、中国軍機6機が中台の「中間線」を越えて台湾側に飛行しました。まさに「武嚇」です。

そして言葉で圧迫しようという「文攻」も続いていますが、こちらはターゲットが台湾だけではありません。
日本に駐在する中国の呉江浩(ご・こうこう)大使は、20日、頼総統の就任式に日本の国会議員約30人が出席したことを非難し、「日本という国が中国分裂を企てる戦車に縛られてしまえば、日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」と述べました。

こんなことを言うと、日本で台湾有事への警戒感や中国への拒否感が高まるだけなのに…
呉大使としては、日本国民よりも中南海の目を意識してこうした脅し文句を使ったのかもしれません。いずれにせよ、大使としての礼を欠いた物言いです。ここ数年、他国に駐在する中国大使からも物議を醸す発言が相次いでいて、習近平主席の一強体制による歪みを感じます。「忖度の暴走」とでも言いますか…

「現状維持」を掲げて出発した台湾の頼清徳政権ですが、中国の圧力に加えて立法院での劣勢もあり、残念ながら祝賀ムードが長続きすることはなさそうです。

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