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もうバルコニーで生涯を過ごそうか

春風が死の影をさらって行った。

連休だが緊急事態宣言で実家に帰省もできない。せっかく晴れているのに遊びにも行けない。仕方ないのでバルコニーを掃除した。ずっと掃除していなかったので、かなり汚れていた。塵取りに黒い砂埃がこれでもかというほど集まった。ピカピカというほどではないが、それなりに綺麗になった。

マンションのすぐそばに100円ショップがある。買い物ついでに100円の観葉植物を買ってみた。か細い茎の割には大きな葉を数枚つけたコーヒーの木というものだ。バルコニーの片隅にそれを置いた。葉が小刻みに風に揺れていた。

急に思い立ってパソコン用のチェアと白い折りたたみ椅子をバルコニーに持ち出した。パソコン用のチェアは背もたれを倒せる仕様なので、適度な傾きにして、折りたたみ椅子をオットマンの代わりにした。そこで僕は本を読んだ。BGMはゆったりとしたジャズを選んだ。

からりと晴れていて気候もちょうど良い。乾いた風が緩やかに吹いていて空気が美味しく感じられた。読んでいた本は人間の死に関する書籍で、正直この寛ぎのひと時には似つかわしくなかった。ふと文字から目を離すと清々しい空がそこにはあった。

地上からは往来する車の滑走音が聞こえ、時折バイクのエンジンが唸っていた。上空からは小鳥のさえずりがしきりに響いていた。相容れないそれらの不協和音を巧みに調和するように、部屋から奏でられるジャズは踊っていた。

僕は本を開いたままページの顔を伏せるように胸に置いた。そして澄んだ空をしばらく見ていた。肌を軽やかになぞる風は、ささやかな生命が流れるように僕の身体の上をするりと駆けて行った。

最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました!