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消えた少年

背筋が思わずゾクっとした。指に何が止まったのだ。明らかに生き物の感触だと本能が察した。瞬時に視線を指に向けるとそれはトンボだった。「う、うわぁ!」思わず僕は手をバタバタさせてそいつを振り払った。トンボは何事もなかったかのように晴れた空の向こうへ飛んで行った。

なぜ大人になると人は虫が嫌いになるのだろう。子供の頃はトンボだろうが、バッタだろうが、タガメだろうが、何も思わず手で捕まえることができたのに。むしろその虫が巨大であるほど、お宝でも見つけたかのように歓喜していた。

しかし大人になるとワケが違う。仮にベンチに自分が座っていたとしよう。そのすぐそばに樹が立っている。不図なにかの気配を感じて、おもむろに樹へ目をやる。するとそこにバカでかいセミが静かに止まって、羽を小刻みに震わせていたとしたら……ホラーである。僕は間違いなく失神するだろう。

人間が虫を怖がる理由について、ちょっとググってみた。NHKの「読む子供相談室」というHPで大学の准教授がその理由を「分からないからではないか」と回答しているのを発見した。フムフム、なるほど。確かに未知のものを人は恐れる。それこそコロナなんかはその典型だ。解せなくもない。

しかし虫のことを分かったとしても、やっぱりセミやバッタは気持ち悪いし、蠅やゴキブリなんて言語同断じゃないか。何だったら皆さん試しに「蠅」をwikiで調べてみて下さい。ますます蠅がチョー気色悪くなるはずだから。セミをwikiで調べたら羽化の様子が動画化されていて、恐怖映像でしかなかったぞ。

そう考えると「分からないから」という説明だけではどうも腑に落ちない。

僕の持論では子供は大人よりも虫のグロさに対する許容範囲が広いのだと思う。つまりカブトムシの幼虫だのダンゴムシの団体だのを見れば大抵の大人は「いやこれマジでグロいよ、ホラー・オブ・ホラーだよ」と感じると思うのだが、多くの子供はそういう生き物に対してグロいという感覚を抱かない。

つまり虫が怖いと感じるようになるってことは、立派な大人になった証拠なのである。一般的に女の子のほうが、男の子より先に虫を怖がる傾向にあるのも、女性のほうが男性より精神年齢が高いからじゃないだろうか。

大人になると野菜が食べられるようになったり、お酒が美味しく感じられたり、色々な苦手を克服していくというのに、虫ばかりは嫌いになっていく、というのもおかしな話である。

アレ?こんなことを書いていたら、なんだか空の向こうへ飛んで行ったあのトンボの後ろ姿がやけに寂しく思えてきた。あのトンボは僕の失った少年の心だったのかもしれない......。

最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうございました!