囚人
深夜、仕事帰りの電車を降りて俺は家へ向かっていた。時刻は午前0時を潜ろうとしていた。灯りの少ないうらぶれた路地裏を俺は歩いていた。
季節は真夏だが夜更けだけあって涼しい。いつもはじっとりと肌にまとわりつく湿気もさほど感じられない。だが俺の心は闇より深く沈んでいた。鉛を呑み込んだように胸が重く苦しい。
寂れた居酒屋の敷居のむこうから、中年男性の大きく下品な笑い声が聞こえた。高架橋を電車がどろどろと走って行った。ささいな喧騒が俺の胸を疼かせる。
夜食を買おうと、いつものコンビニに立ち寄ろうとした。だが入口近くでふと俺は足を止め、店に入るのをやめた。惰性のような毎日へのささやかな抵抗だったのかもしれない。重い心だけをぶら下げて、足を引きずるように俺は家路を歩いて行った。
帰り道の途中にある踏切を通り過ぎる時、俺はなぜか線路の上で立ち止まった。そして徐に線路の遠くのほうへ目をやった。錆びついたレールの向こう側に、そのとき俺が期待していたのは……。
だが俺の目を捉えたのは、数百メートルほど向こうに汚らしく散らかった、幾つもの灯りだけだった。あれは終電を迎えた駅だったのだろう。
俺は不透明な焦燥感に駆られながら家へ向かった。
アパートの前のごみ捨て場には、腐臭を漂わせた幾つものゴミ袋転がっていた。色褪せた日常に溜息をつくと、俺は足早にアパートの階段を上がって行った。
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