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夜陰の鬼雨(やいんのきう)

死体のように沈む夜、唐突に晩夏の慟哭がとどろいた。
号令もなく一斉に放たれた無数の槍が砕け散り、弾け飛ぶ。怒り狂った象の路面。焼け焦げた匂いのする屋根。茫々たる雲に身を潜めたのは、月であったか、祈りであったか。虚空へ向かって吠えるように、弓なりに背をそらした燃える老犬は、泥の彫刻のごとく崩れていく。

絶叫と呼ぶにはあまりに猛々しく、涙と呼ぶにはあまりに深く澄んでいる。断崖に追い詰められた男は片方だけ靴をはき、それを唯一の誇りとしていた。彼の口から聖句のような呪詛の言葉がとめどなく溢れ出る。

そのとき、一条の生臭い傷痕が切り裂くように横切った。

血が駆け出して枯れた道をまさぐり、夜を翻すように言葉をつかむや否や、すぐさま便器のなかに放り投げた。まばたきする間もなく、黒い陽炎を斬り落とした海馬の娘。「もう一度」とあなたは言いかけたが、「一度」すらなかったことを、盗人は恨めしそうに歯ぎしりしながら、眩しい暗闇の輪郭をなぞっている。

——焔の合唱よ、逃げまどう夜蛾の群れとともに、太陽をも焼き尽くしてくれ。




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