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かん太君の大冒険

 潮騒が風に包まれていました。ルミちゃんはママといつもの道を歩いています。ママとのお買い物はルミちゃんにとって大好きな日課です。帰りに駄菓子屋でいつもママに好きな物をひとつ買ってもらえるからです。駄菓子屋には小さな丸いメガネをかけたおばあさんがいます。
「おばちゃんこんにちは」ルミちゃんはいつも元気です。おばあさんはそんなルミちゃんが大好きです。
「ルミちゃんいらっしゃい」ルミちゃんは沢山のお菓子の中からいつもと同じ物をえらぶと言いました。
「今日もかん太くん」おばあさんは嬉しそうに差し出されたジュースに『かん太くん』と書いてあるシールを貼ってくれました。
「飲んだらいつもの所に入れてあげてね」おばあさんは店の隅を指差して言いました。
「うん、またかん太君に会えるようにね!」ルミちゃんも嬉しそうに答えました。
 ルミちゃんはバスを待つ間、『海の見える丘公園』で休憩をします。小さな手に包まれてかん太君は幸せでした。でも、いつものルミちゃんと今日は少し違っていました。ルミちゃんはかん太君を公園のテーブルに忘れてしまったのです。その事に気がつきルミちゃんが振り返った時、かん太君は風に吹かれてテーブルから転げ落ちてしまいました。
「わー!ルミちゃん助けてくれー」そう叫びながらかん太君は、コロコロ転がってとうとう海に落ちてしまいました。
「助けて!」ブクブクポンかん太君はプカプカと海を漂います。潮の流れに乗ってかん太君はどんどん沖へと流されてしまいました。
 ひとりぼっちで海を漂うかん太君の前にフワフワと白いクラゲが浮いてきました。
「クラゲ君!」かん太君が呼びかけました。しかし、返事はありません。
「僕をつついて岸まで連れて行ってくれないかい?」かん太君は必死で叫びました。するとクラゲ君はゆっくり近づいてきました。
「ありがとう」そう言っても、クラゲ君はなにも答えません。クラゲに見えたのは、岸から流れてきたレジ袋だったのです。かん太君はがっかりしました。すると今度はそのレジ袋に向かって一匹の海ガメが大きな口を開けて突進してきました。危ない!そう思ったかん太君は叫びました。
「海ガメ君!それは食べ物ではないよ!」かん太君の大声に海ガメ君は、口を閉じてレジ袋を一周し、食べるのをやめました。
「止めてくれたのは君かい?」海ガメ君は聞きました。
「僕の名前はかん太、陸に戻りたいのだけれどひとりでは戻れない」かん太君が泣きべそをかきながら言いました。
「そうかい。お礼に僕が陸まで運んであげよう」海ガメ君は優しくかん太君を咥えると陸に向かって泳ぎだしました。そして、海ガメ君は日が暮れて暗くなった砂浜にかん太君をそっと置いてくれました。
「ありがとう!ご飯を食べる時は気を付けてね」かん太君は丁寧にお礼を言って沖に向かって小さくなっていく海ガメ君を見つめていました。
 どのくらい時間が経ったのでしょう。水平線から朝日が昇ってきました。波が高くなり風が吹いてきました。かん太君はその風に運ばれてコロコロ転がり始めました。大きなアスファルトの通りまで転がると路肩に止まりました。ゴーブルブル・ゴーブルブル、大きな鉄の固まりがものすごいスピードで次から次へとやって来ます。この度にかん太君はその勢いに飛ばされてグルグルバッタンゴロゴロ転がります。海からの優しい風に比べて意地悪な風が、かん太君を責め立てました。
「わー!目が回る」かん太君は叫びましたがゴーブルブル・ゴーブルブル激しい音は、かん太君の叫びを打ち消してしまいました。その時、飛ばされてきた小石がかん太君を直撃し、かん太君は静かな通学路に弾き飛ばされました。かん太君はホッとしました。通学路には鉄の固まりが居なかったからです。
 かん太君はランドセルを背負った子供たちの中にルミちゃんの姿を一生懸命に探していました。そんなかん太君を男の子の集団が襲い掛かりました。
「おい、誰が遠くまで飛ばせるか勝負しようぜ!」男の子はそう言って走ってきました。
「やめろ!僕はサッカーボールじゃない!」かん太君が言っても間に合いません。カーンという音と共にかん太君は空中をロケットのように飛びました。クルクル回ってコツン。
「コラー、誰じゃ!」額にコブを作ったお爺さんが、かん太君を拾い上げて叫びました。『ワー逃げろ!』と叫びながら男の子たちは走り出しました。かん太君はお爺さんの手に握られて進みました。
「ただいま」
「あら、お爺ちゃんどうしました」額のコブを見たママが尋ねました。その時ルミちゃんが言いました。
「あ!かん太君」ルミちゃんはお爺さんの手の中に、昨日公園に忘れてしまったかん太君を見つけました。ルミちゃんは、お爺さんからかん太君を受け取るとママを見つめました。
「今日、お買い物に行ったら帰してあげましょうね」ママは優しく言いました。
 『次は海の見える丘公園です』バスのアナウンスが言いました。バスを降りたらルミちゃんは、一目散に駄菓子屋に走りました。もちろん手にはかん太君が握られています。
「かん太君ごめんね」ルミちゃんは駄菓子屋の箱にかん太君を入れました。その箱には手書きの文字でこう書いてありました。
『リサイクルするゴミは、ここへ入れましょう』
きっと、かん太君はどこかの街で、また誰かの優しい手に包まれて居る事でしょう。

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