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泣き虫ウォーズ


泣き虫✕(ペケ)太郎(たろう)と呼ばれた日


 

少年は震えていました。心臓は激しく脈打ち、背中から力が抜けるような感覚を覚えています。「人は、時に命を懸けてでも戦わなければならない時がある」誰かがそんなことを言っていました。彼は体育館の片隅で、今がその時だと思っていました。少年の名前は健太郎、小学五年生です。

タッタッタッタッタ! ポーン――パン――スタッ。子供たちが体育の授業を受けています。今日の体育は跳び箱です。健太郎はドキドキしながら自分の順番を待っていました。「あと三人」タッタッタッタッタ! ポーン――パン――スタッ。健太郎は友達がひとり跳ぶと指をひとつ折ります。健太郎は太っていて運動が苦手です。いえ運動だけではありません。勉強も出来ません。健太郎の学習机の前には、『康太に負けるな!』と書かれた紙が貼ってあります。康太君に負けると健太郎はクラスで最下位になってしまうからです。しかし、健太郎の低い目標も紙に書いて貼ってあるだけでした。努力はしないのです。

タッタッタッタッタ! ポーン――パン――スタッ。「次だ!」両手の指は全て折られてジャンケンのグーになりました。

「健君頑張って!」先生が言いました。健太郎は軽く頷くと「出来る、跳べる」と心の中で繰り返し自分を励ましました。健太郎は勢い良く助走を切りました。しかし、勢いが良いと思っていたのは健太郎だけでした。明らかに頼りなく、遅い助走でした。ドタドタドタ! ボン! ズルッ――バタバタバタン。健太郎が跳び箱に付いた手は見事に滑り、健太郎はマットに顔面から落ちてしまいました。

「あ! 健君大丈夫?」先生と友達は慌てて健太郎に駆け寄りました。

「ダヒジョウフ、ダス」健太郎の返事は言葉になっていません。おまけに赤くなった小さなお鼻から血がタラーリ。体育館の中は大爆笑のワハハコンサートになりました。

「大丈夫ではないでしょう。保健室に行きましょうね」先生は優しく言いました。誰かが言いました。「健太郎でなくて✕(ペケ)太郎(たろう)だ!」健太郎の瞳には、恥ずかしさと悔しさで涙があふれて来ました。泣きっ面に蜂とはこの事です。以来、健太郎のあだ名は[✕(ぺけ)太郎(たろう)]になってしまいました。



緊急事態を宣言します


 高熱が出て咳が止まらなくなる新型のウイルス風邪が大流行していました。治療薬もない全く新種のウイルスが街中にあふれて、人から人へと感染して、病院は患者であふれて、入院する事も出来ない状態になっていたのです。お医者さんもどうして良いか分からない病気は【クルナウイルス風邪】と名付けられて人々を恐怖の渦に巻き込んでいました。「人と話をする時は、マスクをして二メートルの距離を保ちましょう」とお医者さんは言いました。お店からマスクが消えました。ウイルスを研究しているお医者さんが必死でワクチンを開発しましたが、治療薬はまだ出来ていませんでした。人々は皆で協力し、ワクチンを注射して、感染しないように必死でクルナウイルス風邪と戦いました。健太郎たちの学校も何度か臨時休校になり、友達と遊べない日々が続きました。その甲斐もあり、感染者は徐々に減り始め、やがて零に限りなく近くなり、人類は新型ウイルスとの戦いに勝利しました。しかし、クルナウイルスは、突然変異し再び人類をおどかし始めました。変異株は【コラダ】と名付けられて、感染した人は急に怒り出して暴れまわり、やがては命が尽きるという恐ろしいウイルスになってしまいました。


「緊急事態を宣言します」テレビ中継で菅田晋三総理大臣が怖い顔で言いました。これは、一時は勝利した人類と恐ろしいウイルスとの戦いが再び始まった事を意味していました。

学校の連絡網が回って来て、緊急事態宣言により学校は休みになりました。臨時休校は健太郎にとって少しうれしい事でもあります。家から出られないのは辛いけれど、友達に馬鹿にされないで済むからです。

「学校は休みでも宿題はきちんとやらないといけませんよ!」ママが言いました。

「急に休みになったんだから宿題なんて出てないもーん」

「明日には郵便で届くそうです」ママが言いました。郵便屋さんなんて来なければ良いのに。健太郎の心に意地悪な気持ちが生まれていましたが、翌日には分厚い封筒で宿題のプリントが届きました。

 健太郎は自分の部屋で机に座って宿題をやる振りをしてスマホを見ていました。スマホの待受画面には、太鼓に浮かび上がった髭の生えたお爺さんが写っています。この太鼓は、ある神社の物で、浮かび上がったお爺さんは神様ではないか? と噂になり、待受画面にしておくと幸運がもたらされるとSNSで拡散されていました。いわゆる都市伝説なのですが、健太郎は信じています。友達に✕太郎と呼ばれても神様が助けてくれると思っていたのです。

「ハァー」健太郎は何枚もの宿題のプリントを前に、溜め息をつきました。頬を机に付けて腕をダラーンと下げた姿は怠け者そのものです。「ハァー」二度目の溜め息をつきました。

「神様が魔法で全部やってくれれば良いのに」健太郎が楽をする事を考えていた時でした。

「そんな都合の良い魔法などは御座らぬわい!」急に健太郎の背後から声がしました。

「わー!」健太郎がびっくりして振り返ると、部屋の隅に杖を突いてあごに長い髭をたくわえた老人が立っていました。それはまさしくスマホ画面のお爺さんでした。

「か、神様?」健太郎は信じられない顔で言いました。

「いかにも!」神様らしき老人は健太郎に近づいてきました。

「本物?」

「本物じゃ! と言っても去年引退したがの」健太郎はスマホ画面と元神様と名乗る髭のお爺さんを代わる代わる見比べていました。

「引退した神様? じゃー、今は誰が神様をしているの?」健太郎は一応聞いてみました。

「弟子が跡を継いだ」

「それじゃあ、御弟子さんを紹介してよ。その神様なら僕の宿題なんてチョチョイのチョイでしょ?」健太郎は嬉しそうに言いました。

「お前たちは何時もそれじゃな。やれ宝くじを当てて下さい! だの、大学に合格させて下さいなど、己の得をする事ばかりを頼んでくる。神は個人的な願いは叶えない。そんな願いは全て川に流してしまうのじゃ」元神様は杖の先を何度も床に叩きつけながら言いました。

トントン、トントンという響きが元神様の怒りを表していて、やがてその杖の先は健太郎に向けられ言いました。

「わしは、人間の自分勝手な願いを川に流す事で我慢出来たのだが、奴はそうはいかなかったようじゃ」

「奴って?」

「現在の神じゃ」

「神様は僕たちの味方でしょ?」

「いかにも。人類が皆、幸せで平和に生活出来る世の為に神は存在する。しかし、最近の人類は身勝手すぎる。私利私欲の為に自然破壊を繰り返し、SNSとやらでは自らを名乗らずに、人の誹謗中傷を繰り返す。政治家までも不正を働き、本来であれば矜持(きょうじ)を持って真実を追求しなければならぬマスコミ報道までもが国の広報に成り下がっている」

「ちょっ! ちょっと難しすぎます。矜持(きょうじ)って何よ。小学生に分かるように話してよ」✕太郎と呼ばれている健太郎には元神様の話はお手上げでした。

「矜持(きょうじ)とは、まあプライドじゃな」

「プライドの意味は分かるかな?」

「それくらい分かるよ。あのポテトはハンバーガーと食べると美味しいものね」

「ハァーッ……」元神様は深いため息をつき言いました。「分かっておらんか。噂通りの間抜けだな。出来そこないで泣き虫の✕太郎には無理か?」

「完全に馬鹿にしているでしょう?」

「馬鹿にするとは、馬鹿でない者に使う言葉である。お前をこれ以上、馬鹿にする事はさすがのわしにも出来ぬわい」

「やっぱり馬鹿にしている」

「その馬鹿、いや✕太郎に頼みがある。弟子を止めて欲しいのじゃ!」

「弟子って言うと現在の神様の事?」

「一番弟子のペペロンチータじゃ」

「そのペペロンチーノスパゲティーを僕が食べるの?」健太郎には目の前にいる老人の言っている事が理解不能で、自分が分からない事は全て食べ物に変換してしまいます。

「ペペロンチータじゃ。奴は神の跡を継いで人類を見守るどころか、自分勝手な人間に怒りだし、新型のウイルスをばらまきおったのじゃ」元神様は溜め息をつきました。

「じゃあ! 今流行している新型クルナウイルスは、神様がばらまいたと言うの?」健太郎は驚きすぎて椅子から転げ落ちてしまいました。

「いかにも」

「でも、緊急事態宣言やお医者さんの努力や予防ワクチンで、少しずつ感染は減ってきているって、パパが言っていたよ。」

「お前はテレビのニュースを見ていないのか?」

「テレビはアニメが中心で、時々お笑い番組も見ますが、何か?」

「字は読めないだろうから、新聞を読めとは言わんが、ニュースぐらい見なさい。ペペロンチータの怒りは収まってはおらぬ。変異させやがったのじゃ」

「変異って?」

「変異ぐらい勉強しておけ! 変化して前より強くなったという事じゃ」

「強くなったの?」

「今度の変異株は、感染すると凶暴になり、急に怒り出すという症状が出る。怒り出し暴れ回って三日で命を失うという恐ろしいウイルスじゃ!」

「じゃあー、お爺さんが説得してやめさせれば良いんじゃないの?」

「そんな事では収まらん。あっ。因みにわしは六八六九二代目の神を仰せつかっておった、アラビビータと申す。お爺さんではない」

「アラビビータ? なんか神様って皆スパゲティーみたいだね」

「出会った子供達には良く言われるが、そんな事はどうでも良いわい! わしが説得してもペペロンチータはもう手が付けられない」

「弟子のくせに師匠の言う事も聞けないの?」

「奴は死神になってしまったのだからのう。すでに師弟関係は成り立たないのだよ」

「僕は小学生の人間だもの、死神に勝てる訳がないでしょ」

「前にも言ったが原因は人間が作ったのじゃ! お前たち人間が、真心を忘れて独りよがりの生活を好き勝手にやりたい放題やった結果こうなったのである。だから、戦うのは人間でなければならん」アラビビータは健太郎をじっと見詰めて言いました。

「僕には関係ないでしょ」

「ほら、それじゃ! 小学生の君でもそれじゃ。人が困っていても自分は関係ないと言う」

「だって僕にはどうする事も出来ないでしょ」

「出来る。未来を創るのは君達! 子供なのだからな」

「どうやって?」

「まずはペペロンチータが世にはなったコラダボスを探し出し叩き潰すのじゃよ」

「どうして僕なの? 僕は友達から✕太郎と言われている弱虫だよ」

「それは仕方がない。君が私をスマホの待受にしていたから、わしはここに出て来る事が出来たのじゃからな」アラビビータは健太郎のスマホを杖で指して話を続けました。「確かに君は頭の出来は良くない、でも心は優しく大きい子だ」

「僕が?」

「君は他人がポイ捨てをしたゴミを拾ってゴミ箱に捨てていた。君の祖母に頼まれて祖父のお墓の掃除や草むしりをしている。クラスの友達にいくら✕太郎と言われても、友達が困っていたら助けようと努力をしておるであろう」アラビビータは、にこやかに笑いました。

「毎日見ていたの?」

「スマホの画面から見ていた。だから君ならペペロンチータを倒せると私は思ったのじゃ」

健太郎は机の脇に正座して、真顔でアラビビータの話を聞いていました。そして、真面目な言葉で言いました。

「謹んでお断りいたします。僕には山ほど宿題があるので、あしからず」

「なぜじゃ?」

「宿題が山ほどあると言ったでしょ」

「本当は?」

「怖いから!」健太郎の言葉を聞いたアラビビータは、深い溜め息をつきながら静かに消えて行きました。健太郎は、スマホの待受画面を即座に変えてしまいました。


覚悟を決めた✕太郎


 世間では変異株コラダの猛威で大騒ぎです。でも、健太郎の家庭は平和でした。パパもママも元気で、健太郎は宿題を山ほど抱えているのに、食卓は笑い声にあふれていました。ただ、おばあちゃんの咳が止まらない事だけが心配でした。

「おばあちゃん熱はないの?」ママが聞きました。

「ゴホン、ゴホン、ゴホン、熱はないのだけれど咳が止まらないのよ」おばあちゃんは苦しそうに言いました。

「明日にでも病院に行って来なさい」パパが心配そうに言いました。しかし、その晩の事です。おばあちゃんは高熱を出してしまいました。そして、急に怒り出してコラー! と叫び、飼い猫のネネを蹴飛ばしました。ネネは、二階へ駆け上がり健太郎の部屋に避難しました。コラダの症状です。パパが慌てて救急車を呼んで、救急隊が救急病院へ運んでくれて、おばあちゃんは入院してしまいました。

 それから、健太郎の家は大変な事に巻き込まれてしまいました。保健所から防護服を着た宇宙人のような人がやって来て消毒が始まりました。

健太郎は怖くて部屋から出られません。宇宙人は健太郎の部屋にもやって来て、霧のような液体を噴射します。怖くて逃げだす健太郎を追いかけてきて、液体をかけました。おばあちゃんはコラダに感染してしまったのです。健太郎の家族も濃厚接触者と認定されてしまい、自宅待機を言い渡されました。

「おばあちゃんは高齢者で疾患を持っているから命が危ないかもしれない」パパが心配して言いました。健太郎はその言葉を聞いて、我慢が出来ずに泣き出してしまいました。ママに抱き着いて泣き続ける健太郎の頭をなでながらママは優しく言いました。

「大丈夫! 神様が助けてくれる。神様は、あんなに優しいおばあちゃんを見捨てる訳がありませんよ」

「神様なんていないよ!」健太郎は、泣きべそをかきながら自分の部屋に閉じこもり鍵をかけました。そして、スマホの待受画面を太鼓の画面に変えてスマホに呼びかけました。

「神様! アラビビータ神様!」静かな部屋には、健太郎の泣き声しか響きませんでした。健太郎は布団をかぶってベッドに潜り込んで泣いていました。すると健太郎の隣で、もぞもぞと動く何者かがいる事に健太郎は気が付きました。

「呼んだかな?」

「わー! 何で、何で僕のベッドの中にいるの?」健太郎はびっくりして跳び起きました。

「なぜとは失礼な。呼んだのは君だ」ふたりはベッドの上に座り直し見つめ合いました。

「僕やる、戦ってみる」健太郎は言いました。

「泣き虫では勝てないかもしれないぞ」アラビビータはおどかしました。

「それでもやる。そうしないとおばあちゃんが死んじゃう」健太郎はまた泣き出しました。

「泣くな! ✕太郎。強い健太郎になるのじゃ」そう言うとアラビビータは爪楊枝を一本、健太郎に差し出しました。

「何これ?」

「武器じゃ」

「楊枝だよね?」

「先ほどわしが使用した物で、歯くその臭いが多分についているのじゃ」

「汚い!」健太郎は楊枝をゴミ箱に投げ入れてしましました。

「汚いとは全く失礼な奴だ。ウイルスと戦うにはちょうど良い武器じゃ。ウイルスはわしの歯くその臭いが大嫌いのはずじゃ!」アラビビータはゴミ箱から使用済みの楊枝を拾い上げて、もう一度健太郎に渡しました。次にアラビビータは古いバッグから、黄色と青色と赤色の飴球を出して言いました。

「ピンチになったらこの飴を舐めなさい。三〇分だけ新しい武器が使えるようになる」

「新しい武器って?」

「知らん。舐めるまでは分からぬ」

「汚くないの?」

「大昔から代々の神に引き継がれた飴じゃ、汚い訳がないだろう」

「お腹、壊さない?」

「分からん。わしには人間が使用した記憶はない」

「いやだよ」

「お前のお腹とおばあ様の命と、どちらが大切なのじゃ?」

「おばあちゃんだけど」

「ならば行け! ✕太郎」

アラビビータは杖を健太郎の頭の上に持ってくると、優しくなでるようにくるくると回し始めました。

「覚悟は良いか?」

「ちょっと待って! 宿題が終わってから行く」健太郎の弱気の虫がまた騒ぎ始まりました。

「宿題は、君が戦っている間にわしが進めておいてやるから行ってきなさい。早くしないと君のおばあちゃんの命が……」半分脅迫でした。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ」アラビビータは杖で頭をなでながら呪文を唱えようとして一旦やめました。

「言い忘れたが君がここに戻って来るには、自分で頭をなでながら今の呪文を逆から唱えなさい」

「ちょっと待って! メモしないと覚えられないよ」健太郎は机に座ってチラチラパパラコンコラパパラチラチと鉛筆で書きました。それをポケットにしまうと覚悟を決めました。

「勝てると信じるのじゃ! 信は力なり!」

「どうしてこれが力になるの?」健太郎は鉛筆をアラビビータの前に出しました。

「……」アラビビータは不安で一杯になってしまいました。

「それは鉛筆の芯! わしが言ったのは信念の信」

「何だそうか。信念か。あれ、おいし……」

「おいしくない!」アラビビータは頭を抱えていました。

「ハハハハ」健太郎は笑ってごまかしました。

「まあ良い! 行けミクロの世界へ! チラチラパパラコンコラパパラチラチ」アラビビータは杖で頭をなでながら呪文を唱えました。すると健太郎の体はみるみる小さくなって、やがて見えなくなりました。



ミクロの世界へ


 健太郎の周りはみんな大きくなりました。と言うよりも健太郎が小さくなったからそう見えるだけです。健太郎の前には大きな目玉が在りました。

「わー、お前がウイルスか?」健太郎はもらった楊枝を構えました。しかし、その目玉はネネの瞳でした。

「ネネか、僕だよ! 健太郎だよ」もちろんネネには声が聞こえても言葉は通じません。

「ハッブルルション」ネネは、くしゃみをしました。その風圧で健太郎は吹き飛ばされてしまい、窓の隙間から外に飛び出してしまいました。外には世間を騒がすコラダがうようよ空中を浮遊していました。

コラダの体はトゲトゲでつり上がった目に牙が何本もありました。健太郎は風に乗って飛びながら楊枝を振り回しました。

パッチンパチパチ楊枝に当たったコラダは面白いように弾け散りました。それだけではありません。

「臭い!何だ!この匂いは?」コラダはアラビビータの臭いにひるみました。

「ヤー!」健太郎は楊枝で次々とコラダの胸を突き倒しました。勝ったと思った健太郎に瀕死のコラダが言いました。

「勝ったと思うな。我々にはボスがいる、私のような下っ端をいくら倒しても、ボスがすぐに仲間を生み出し世にばらまくのだ。ケケケのケ」下っ端コラダはお腹のような体の中心を揺らしながら笑いました。

「どれだけ倒せば良いの?」健太郎は次から次へと攻撃してくる下っ端コラダに聞きました。

「ボスを倒すまでだ」

「ボスはどこにいるの? シクシクシク」泣きべそで言いました。

「間抜けか! 教える訳、ないだろう」下っ端コラダの言葉に健太郎は我慢が出来なくなり「シクシクシク、ブエーン、ブエーン」とうとう泣き虫が爆発しました。

「あー! こいつ泣き出しやがった。ハハハハハ」下っ端コラダ達は大爆笑です。

「泣いてない!」泣いています。大泣きです。

「そうか。お前がアラビビータの爺が送り込んだ泣き虫の✕太郎か?」下っ端コラダはまた笑いました。健太郎は泣きながら下っ端コラダを楊枝で突きました。突いても、突いても減りません。焼け石に水とはこの事です。

「ボスはどこにいる! の?」健太郎はおばあちゃんを助けるために必死でした。

「ボスの居場所は教えないと言ったであろう。第一我々下っ端には分からん。我々は人間の体に入り込んで増殖するのが仕事なのでな」

「結局お前たちが人の命を奪っているのでしょ?」健太郎は下っ端コラダを睨み付けて言いました。

「違う。それはボスの仕事だよ。弱った人間の命を奪うのはボスにしか出来ん事だ」

「そうか! ボスはおばあちゃんの病院にいるのか」下っ端の言葉を聞いて健太郎は気が付きました。しかし、風に乗って移動するしかない健太郎は自由に移動が出来ませんでした。「どうする? どうすればおばあちゃんのいる病院まで行けるの?」健太郎は考えました。答えは出ませんでした。

健太郎はポケットの奥からメモを取り出すと自分の頭をなでながら呪文を唱えました。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ」この時、始めて健太郎は気が付きました。呪文は上から唱えても下から唱えても同じだったのです。辺りは健太郎の部屋に戻りました。



ネネが喋った。


アラビビータは健太郎の机に伏して、いびきをかいていました。

「神様! アラビビータ神様!」健太郎はアラビビータの体を揺すり起しました。アラビビータは大きく伸びをすると言いました。

「おー! 健ちゃんお帰り。早かったのー」アラビビータは急に馴れ馴れしくなりました。

「まだやっつけていないよ」

「ならばなぜに戻ってきた?」

「コラダボスの居場所が分かったんだ」

「ならばそこへ行き、ボスを倒せ!」

「行きたくても自由に移動できないよ。アラビビータ神様の術でチョチョイと連れて行ってよ」おばあちゃんの事を考えると健太郎は焦っていました。

「術はあるのだが、ひとりの人間に一回しか使えないのじゃ」

「じゃー、その一回使ってよ。」

「駄目じゃ! この先何があるか分からぬゆえ、そう簡単に使う訳にはいかぬわい」アラビビータは天井を見上げ、何か方法を考えながら言いました。

「コラダボスはどこにおる?」

「たぶん! おばあちゃんが入院している病院だと思う」健太郎は自分の推理を話しました。

「病院は遠いのか?」

「歩いても一五分くらいかな」

「彼女でも行けるか?」アラビビータはネネを指して言いました。

「ネネ?」

「君が彼女に乗って行けるかと聞いておる」

「行けると思うけど、ネネに病院は分からないでしょ」健太郎は呆れてしまいました。するとアラビビータは古いバッグから首輪を取り出して言いました。

「こいつを試してみよう」

「何それ?」

「大昔、人は牛車という乗り物で移動しておったのじゃ。牛車は分かるか? 食べ物ではないぞ」

「馬車みたいなもの?」

「そんなものだ。しかし、牛が時々思い通りに動かなくなってしまう場合があった。そんな時にこの首輪を牛に付けると牛とコミュニケーションが取れるようになると言う代物じゃ」

「ネネは猫だよ、猫にも使えるの?」

「やってみなければ分からん!」

「分からん! ばかりじゃないか」

「猫に使った事がないので仕方がない」そう言うとアラビビータは、ネネの首に首輪を着けました。ネネは首を傾げていましたが、ブルブルと体を震えさせるとゆっくりと伸びをしました。

「健ちゃん! 行きましょう」ネネが喋りました。

「ネネ、ネネなの?」

「急がないとおばあさんが大変な事になってしまうでしょ」ネネは優しい声でした。

「大成功じゃ! 首輪のチャンネルでネネの大きさも変えられるぞ。健太郎! ネネにまたがり病院へ行け」アラビビータは微笑みながら言いました。

「でも、ネネに武器はないよ。コラダに攻められたらどうするの?」健太郎はまたもや、泣きそうな声になりました。

「コラダは人間にしか感染しない。という事はネネには攻めてこない」

「外国では動物にも感染したってパパが言ってたよ」健太郎はもう直ぐ泣きます。

「あれは犬だ、ネネは猫だ! たぶん攻めてこない。と思う」アラビビータの答えは健太郎の不安をいっそうあおってしまいました。

「攻めてきたらどうするの?」泣きべそになりました。

「その時は君が守れば良い!」

「自分を守るだけで精一杯なのに無理だよ」泣き出しました。

「健太郎はネネが好きではないのか?」

「大好きに決まっているでしょう」

「大好きな人を守る事が本当の愛ではないのかな。おばあちゃんを助ける! 家族を守る! だから戦うのであろう。その気持ちがあればネネの事も守れるはずじゃ。ネネも大事な家族であろう」アラビビータは時々良い事を言います。

健太郎は静かに頷きました。そして、ネネを見て言いました。

「ネネ、行こう。僕をおばあちゃんのいる病院まで連れて行って」泣き止みました。健太郎は単純です。

「ラジャー!」ネネは尻尾を振りながら健太郎に飛びつきました。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ」アラビビータの呪文と共に健太郎とネネは小さくなりました。


 小さくなった健太郎は、ネネの首輪のチャンネルを回してみました。右回すとネネは更に小さくなり左に回すとネネだけ大きくなりました。

「ネネ!このくらいの大きさで僕を背中に乗せられる?」健太郎はチャンネルを左に回してネネを大きくしてから言いました。

「そうね。もう少し大きく出来るかしら」ネネの希望通りに健太郎は少しだけチャンネルを回しました。ネネは健太郎を乗せられる大きさになりました。

「よーし、行こう!」健太郎はネネにまたがると言いました。

「ラジャー!」ネネは健太郎を背中に乗せて外に飛び出しました。外には下っ端コラダが浮遊していました。下っ端は健太郎たちを見つけると猛然と襲い掛かってきました。ただ、ネネには攻撃してきません。アラビビータの「たぶん」は正解でした。

「ネネ、病院への道は分かる?」健太郎は襲い掛かってくる下っ端を楊枝で叩き潰しながらネネに言いました。

「ごめんなさい健ちゃん。私分からないわ。」ネネはあまり外に出た事がありませんでした。

「この先の路地を左に曲がって大通りに出たら右、曲がったらしばらく真直ぐ走って」

「ラジャー!」ネネは猛然とダッシュしました。しかし、小さくなったネネはいくら走っても曲がり角にはたどり着けません。

「なかなか進まないね」

「体が小さすぎるのよ」

「大きくする?」

「でも大きくなると健ちゃんが乗れなくなるわ」

「毛に捕まって落ちないようにするよ」

「大丈夫?」健太郎は猫にも信用がありません。

「大丈夫だよ! たぶん」自分でも確信はありません。

「じゃあ! 大きくして頂だい」健太郎はネネの首輪のチャンネルを左に回しました。ネネは普通のネネの大きさより少し大きくなりました。

「いやだ! 太ってる。健ちゃんもう少し小さくして」

「無理でしょ。僕は小さいまんまだからチャンネルは回せないよ。それに今はネネの毛につかまっているので精一杯だよ」

「もー、私だってレディーなのよ。考えて大きくしてよ」

「無理! それが考えられればもう少しクラスの女子にもてていると思う」勘違いです。

「今何処?」

「首の辺りにいるよ」

「走っても良い?」

「オーケー!」頼もしい声でしたが、ズルー、ドッテン、直ぐに落ちました。

「え? 落ちたわよね」

「落ちました!」

「早く登って」ネネが出来るだけ登りやすいポーズを取りました。

「最初からそのポーズやってよ、ネネ」

「ごめん! ごめん、今気が付いたのよ。行くわよ」

「ラジャー!」立場が逆転していました。ネネは走りました。路地を左に曲がって、大通りに出ました。右に曲って真直ぐ、ネネは跳ねるように走りました。途中何度か健太郎を落としてもどりましたが、何とか病院が見えてきました。しかし、門が閉まっています。健太郎はおばあちゃんが入院している部屋は二階の一番奥だとパパに聞いた事を思い出していました。

「健ちゃんどうする?」ネネが聞きました。

「ネネならこの塀は登れるよね」

「お安い御用よ。でも健ちゃんしっかり掴まっていてね」ネネはそう言うとピッンと塀に飛びつくと爪を立てて簡単に上まで登りました。しかし、登れたのはネネだけでした。ネネが心配した通り、健太郎はネネの背中から落馬、いや落猫して、道路に顔面から叩きつけられていました。

「大丈夫?」ネネは塀から飛び降りて健太郎をいたわりました。

「ダヒジョウフ、ダス」健太郎の返事は言葉になっていません。おまけに赤くなった小さなお鼻から血がタラーリ。これは何時もの事です。

「ネネごめんよ。もう一度やってくれる」健太郎はネネによじ登ると言いました。

「オーケー。行くわよ!」ネネは少しだけゆっくり塀に飛びつき一気に登りました。

「ネネ、塀の上を走って行って一番端のくすのきに飛び移れる?」

「任せて!」ネネは塀の上を上手に走り健太郎が言った木の枝に飛びつきました。

「二階の一番奥の部屋がおばあちゃんの部屋なんだ。」

「しっかり掴まっていてね」ネネは枝から枝に飛びつき木を登りました。そしてふたりはおばあちゃんの部屋に入れる位置までたどり着きました。


 コラダボスはベッドに横たわっているおばあちゃんの上に浮いていました。グッタリと横たわるおばあちゃんはもう元気がありません。部屋で暴れ回って体力もなくなってしまったのです。

「この婆も、もうあの世行きだな」コラダボスは言いました。

「ゲホン、ゲホン! ウウウハーハーハー」虫の息のおばあちゃんです。

「そんなに苦しければ、私がこの手でとどめを刺してあげましょう」コラダボスが勢いをつけておばあちゃんの口の中に飛び込もうとしました。

 その時です。一匹の猫がおばあちゃんの上に飛び込んできました。今しもコラダボスがおばあちゃんの口に入ろうとした瞬間の事でした。

「ニャーギャーオ!」猫は毛を逆立てて威嚇するように鳴きました。

「何だ。お前は?」

「ニャーギャーオ! ギャー」猫の威嚇にコラダボスは、一瞬怯みましたが落ち着くと言いました。

「どこから来やがったこのドラ猫!」

「ニャーギャーオ! ギャーッニャー」

「私は人間しか相手にしておらん。第一猫では私に触れる事も出来ぬわ」それは、下っ端たちがネネに手出しが出来なかったように、ネネもコラダボスに手が出せない事を意味していました。

「お前がコラダボスか?」

「わー! 猫が喋りやがった」

「喋ったのはネネじゃない僕だよ」健太郎が、ネネの頭の毛から姿を現し言いました。

「誰だ! 貴様は?」コラダボスがクルクルと宙を廻り言いました。

「僕の名前は健太郎。おばあちゃんを助けに来た」健太郎は胸を張って言いました。しかし、胸よりたるんだお腹の方が張って見えました。

「なるほど、貴様が噂の✕太郎か? お前のババアはもう駄目だ」

「僕がお前を倒せば助かるとアラビビータ神様が言っていた」

「あのくたばり損ないの爺いがか?」

「アラビビータは元神様だ! 僕は信じる」

「アラビビータを信じすぎると痛い目に合うと、我らの死神様が言っておったぞ」

「それでも、ボ、僕は……」健太郎の瞳からまたもや涙があふれて来ました。

「お前の様な泣き虫に私が倒せるのかな?」

「これがある」健太郎は、涙を拭うとアラビビータの楊枝をコラダボスに投げつけました。

ポキンと音がして楊枝は折れてしまいました。

「武器もなくなったな」

「倒す。どんな事をしてでも倒すさ」健太郎は、黄色い飴を口に入れました。すると、みるみる力が湧いてポケットに何やら重たいものがあふれ出てきました。健太郎はポケットから湧き出た武器を出して見ると、それは手裏剣でした。

「今時、手裏剣? アラビビータ神様、時代錯誤も良いとこでしょ」健太郎がそう思っても現状ではこれで戦う他に打つ手はありません。健太郎は運動音痴です。野球もやった事がありません。

健太郎はポケットの手裏剣を投げ続けました。しかし、やはり✕太郎でした。当たりません。当たらないというより、コラダボスにも届きません。

「お前は、噂通りの✕太郎だな! ほら当ててみろ。ここだ! ここだよ」コラダボスは空中を回り浮遊しながら言いました。

「クッソー」健太郎は少しでも相手に近づこうと努力しましたが、怖さと弱気で前に進めません。ポケットの手裏剣も残り少なくなってきました。飴の有効時間がなくなってきたという事です。

「どうやら時間切れのようだな」

「まだあるもん! 負けてないもん」健太郎は、見栄を切りながらも瞳からは涙があふれ出ていました。

「ハハハ泣いた。こいつ泣き虫だ」

「まだ負けてないもん」と叫びながら、誰か助けに来て! 必死に願いました。しかし、孤軍奮闘しか方法がない事を思い知るにはそう時間は掛かりませんでした。「最後の一つか」健太郎に残された手裏剣の数です。

健太郎は最後の手裏剣を天にかざし、ジリジリと相手との距離を詰めて行きました。

「ほら当ててみろ。ここだ! ここだよ」コラダボスは健太郎に近づいたり遠ざかったり健太郎をからかいます。

「ニャーギャーオ! ギャーッニャー」コラダボスが下がった時、ネネが威嚇しました。その瞬間にコラダボスと健太郎の距離は手の届くまでにつまりました。

 その時です。ピカーピピピッ、窓から見える太陽から一筋の光が手裏剣めがけて轟きました。健太郎は瞳を閉じて手裏剣を投げました。「当たれ! 当たってくれ」心で祈りましたが手の届く位置まで相手は近づいている訳ですから当たらないはずはありません。手裏剣は真っ赤に燃えながら真直ぐにコラダボスの胸元に突き刺さりました。

ドッカーン! 強烈な爆音と共にトゲで出来ていたコラダボスの体は砕け、トゲが四方八方に飛び散り爆発しました。ボスの爆発と共に部屋中に浮遊していた下っ端コラダも一瞬で消え去りました。

「勝った! のか?」健太郎はへたり込みながら呟きました。

「キャーオ」ネネがすり寄ってきました。

「ネネ、ありがとう。勝てたのはネネのお陰だよ」健太郎の瞳からまた涙があふれて来ました。

「そんな事ないわ。健ちゃんが勇気を出して頑張ったからよ」健太郎はネネに抱き着きましたがネネには健太郎がどこにいるのか見えていません。声だけでコラダボスの位置と健太郎の位置を推理していたのです。ネネは優秀なシャム猫でした。

おばあちゃんの顔色がみるみる良くなってきました。安心した健太郎は言いました。

「ネネ、帰ろう」

「ラジャー」健太郎はネネに飛びつき頭までよじ登ると呪文を唱えました。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ」


 

強敵の出現

 

辺りは健太郎の部屋に戻りました。神様は健太郎の机に伏して、いびきをかいていました。

「神様! アラビビータ神様!」健太郎はアラビビータの体を揺すり起しました。アラビビータは大きく伸びをすると言いました。

「おー!健ちゃんお帰り。お疲れ様」アラビビータはまた馴れ馴れしくなりました。

「神様! 今、寝てたよね?」

「寝てはおらん。考え事をしていただけじゃ」

「いびきをかいていたよね?」

「いびきなどかいておらん。君の宿題をやっていただけじゃ。それより敵は倒せたのかな?」アラビビータは話をそらしました。

「勝ったよ。コラダボスをやっつけた」

「そうかよくぞ頑張ってくれたの」

「これでおばあちゃんも助かるね」健太郎は嬉しそうに言いました。アラビビータは部屋のテレビをつけてじっと見ていました。そして、残念そうに言いました。

「まだのようじゃ」テレビのニュースではアナウンサーが真面目な顔で、深刻に語っていました。

「一旦は終息したかに思われた、コラダ株が変異してしました。猛威を振るい始めた変異株は、コラダに比べると重症化する事は少ない代わりに感染力が強いと言われています。感染すると突然笑い出して笑いが止まらなくなってしまうという症状が現れます。専門家はこの変異株を【ワラクロン】と名付けました」

そこまで言ったアナウンサーは一瞬言葉を失い、ワハハハハワハハハ、ケケケケケとお腹を押さえて笑い出してしまいました。テレビの画面はしばらくこのままお待ちください! と言う静止画像に変わり放送は止まりました。

「ペペロンチータの奴、わしの教えを勘違いしおったか?」アラビビータは腕を組みながら言いました。

「勘違いって?」

「わしは奴に、笑いの絶えない世の神になる様にと教えたのじゃ」

「だからコラダの代わりにワラクロン株をばらまいちゃったの?」健太郎が訪ねていると、一階のリビングからパパとママの笑い声が響いてきました。

「急がんといかん! 父上と母上が感染した様じゃ」アラビビータは杖を健太郎の頭の上に持ってこようとしました。

「ちょっと待って。楊枝を頂だい! さっきの戦いでもらったやつは折れてしまったよ」

「楊枝はもうない」

「素手で行くの?」

「今度はこれを着ていきなさい」アラビビータは健太郎の掛け布団をめくって見せました。そこには銀色の宇宙服のようなスーツが在りました。仕方なく健太郎はそのスーツを着てみました。明らかに大人用なのにチャックが閉まりません。健太郎は太っています。何時もおやつを三人前も食べるものだからブクブクです。アラビビータが手伝ってやっとの事チャックを閉めました。しかし、袖と裾が長すぎて健太郎の腕と足の倍はあり、裾はひきずっています。

「これがあるならコラダの時に出してくれれば、ネネを危険な目に合わせなくても良かったのでないの?」

「あの時は忘れておった。寝ていて思い出したのじゃ!」

「え? 今なんと言った?」

「……」

「もうちょっと僕の体に合うスーツはないの?」健太郎は駄目元で聞いてみました。

「ない!」やっぱり駄目でした。

「なんか格好が悪いよ」

「格好で戦うのではない。これを着ていれば空を飛べる。敵の攻撃を多少なりとも防ぐ事が出来る。はずじゃ。どうじゃ、すごいだろう?」

「こっちの攻撃はどうするの?」

「飴があるじゃろう」

「手裏剣なんて時代遅れだよ。爆弾とか機関銃とかないの?」

「前にも言ったが分からん。わしの武器は何せ古い! 江戸時代から神様をやっておって今まで一度も使った事がないからのー」

「そんなで僕に戦えと言ったの?」

「ないよりましじゃ」

「本当にこんなので空が飛べるのかな?」

「飛べる! と思う」アラビビータは自信ありげに言ったつもりでしたが、つい本音が出てしまいました。健太郎の頭の上にはクエッションマークがあふれていました。健太郎は近くに置いてあったバスタオルを首に巻いてマントのようにしました。

「これで少しは格好が良くなったかな?」

「格好を気にするのであれば、ダイエットをすべきとわしは考える」アラビビータは適切な意見を述べました。

「今度のワラクロンは前のコラダより弱いとテレビで言っていたよね?」弱気の健太郎はアラビビータに同意を求めました。

「分からん!」アラビビータの答えは何時もこれでした。

「宿題をやっておいてよ!」

「進めておくから安心して戦ってきたまえ。時に健太郎! この枕は何という枕かな?」

「今流行りのヨバボーだけど」

「ヨバボーと申すのか。どこで手に入る?」

「やっぱり神様! 寝てたでしょう?」

「いや、そんな事はない! 行ってきなさい。人類の運命はペケ、いや健太郎に掛かっておるのじゃ!」アラビビータはそう言うと杖を健太郎の頭に載せました。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ」呪文と共に健太郎は再び小さくなって行きました。


 ネネの大きな目にも健太郎は驚く事はありませんでした。ただ不安だったのは本当に飛べるのかと言う事でした。だって跳び箱も飛べないのですから当たり前です。健太郎は助走をつけてスーパーマンのように飛ぼうとしました。しかし、走り出そうとしたら左足が右足の裾を踏んづけてしまいスッテンコロリンズルー。まるでフローリングを掃除する化学雑巾のようになってしまいました。あげくの果てにそのまま壁に顔面から突っ込みました。

「イタタタタ」健太郎はそう言いながら体育座りで泣き出しました。泣き虫の✕太郎の復活です。しばらく考えてから健太郎は立ち上がり頭に手を置くと呪文を唱えました。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ」健太郎は元の大きさに戻りました。部屋にはアラビビータの姿が見当たりません。

「神様! アラビビータ神様!」健太郎は大声で叫びました。するとベッドの掛け布団がめくれ上がりアラビビータが伸びをしながら姿を現しました。

「うるさいのー」

「やっぱり寝ていやがったな! このクソ神様」怒り心頭の健太郎に、アラビビータはボックスティシュを差し出して言いました。

「取りあえず拭きなさい」健太郎の特技である鼻血が垂れていました。

「鼻血とは、ずいぶん激しい戦いだったようだな?」アラビビータは哀れみながら聞きました。

「まだ戦ってないよ! 飛ぼうとして、そこの壁に激突しただけだ」健太郎は窓の下を指差して怒りをあらわにしました。

「プフー」アラビビータは口を両手で抑えると後ろを向きました。その肩は上下に揺れて、明らかに笑いをこらえている事が分かりました。

「笑っていないで飛び方教えてよ!」

「ワワ、プフー、笑ってなどおらぬわい。しばし待て」アラビビータは古びたバッグから次から次へと道具を取り出しては首を傾げました。

「そんなに道具があるのに武器も取説もないの?」健太郎はイライラしていました。まるで消滅したコラダに感染したようです。

「あっ! あった! あったぞ」アラビビータはぼろぼろの巻物を広げて言いました。健太郎がのぞき込むとそこには健太郎が見た事もない文字が書いてありました。

「これって文字?」

「万葉仮名じゃ」

「万葉仮名って?」

「平仮名のようなものじゃ」

「神様は読めるの?」

「大体は読める」

「大体って、僕は空を飛ぶんだよ。大体が間違っていたら、僕! 落ちて死んじゃうでしょ」健太郎は目を真っ赤にして今にも涙がこぼれそうで、鼻にはティッシュが詰めてあります。まさに✕太郎の姿そのものでした。

「泣くな! スーツを着ていればたぶん大丈夫じゃ」アラビビータは哀れな✕太郎を慰めました。

「……」健太郎は信じていません。疑いの目でアラビビータを見ています。

「良し! 大体は分かった」

「分かった! って言い切ってよ」

「飛べると信じて『飛ぶ』と言うと、飛べると書いてある。と思う」

「思うとか、大体とか、たぶんはやめてよ」

「代々の神が引き継いできて、過去に誰かが使った事があるかもしれぬが、わしは初めてなのだから仕方がないじゃろう」

「僕が初めて?」

「光栄じゃろう。小さくなる前にやって見たまえ」アラビビータに言われて健太郎は飛べると念じて「飛ぶ!」大声で言ってみました。すると健太郎の体が徐々に空中に浮きだしました。

「わー! 浮いた」アラビビータが拍手をしていました。

「さあ、行ってきなさい」アラビビータは呪文を唱えました。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ」健太郎はまた小さくなりました。


 小さくなった健太郎は、飛べる、飛べる! と念じました。そして、大きな声で言いました。

「飛ぶ!」健太郎の体は空中に浮きました。「前に行くにはどうすれば良いの?」健太郎はその方法も、左右に曲がる方法も行くのを忘れていました。

「前に行け!」健太郎は適当に言ってみました。当たりでした。健太郎は空を飛びました。窓の隙間から外に出て飛びました。

「もっと速くならないのかな?」健太郎は言ってみました。どんどんスピードが上がりました。さっきまで晴れていた空に黒い雲が現れて、太陽が姿を隠していましたが、健太郎は気持ち良く飛びました。

 下っ端ワラクロンがものすごい勢いで飛んでいました。それは、前回戦ったコラダとは比べ物にならない数でした。健太郎が昔、水族館で見たイワシの大群のように並んで飛び回っていました。健太郎は、あり余っているスーツの袖をグルグル回し、長すぎる足の裾をバタバタさせてワラクロンの大群に飛び込みました。もちろん勝算はありませんでしたが、下っ端ワラクロンはみるみる消えてなくなりました。これがスーツの威力だったのです。健太郎はバスタオルのマントを取って一匹の下っ端を捕まえる作戦を思いつきました。

「待てーワラクロン! 止まれ」健太郎は空中で叫びました。ギザギザの体を持ったワラクロンは止まりません。止まったのは健太郎の方でした。スーツが健太郎の言葉を勘違いし、空中で健太郎を止めてしまったのです。もちろん、落ちます。健太郎は空中で一旦止まるとゆっくり地上に向かって落ち始めました。

「違うよ、違う。こら! 落ちるな」健太郎は落ち行く体を上昇させようと思い、必死に両腕と両足を平泳ぎのように動かしました。上昇する訳がありません。どんどん下降していきます。

 それを見た下っ端ワラクロンはここぞとばかり攻め込ん出来ました。

「止まれ! いや、止まるな!」✕太郎の復活です。

「上! 上! に飛べ。この間抜けスーツ」健太郎の体が急に上昇し始めました。左右に揺れながらクルクル回って空中で止まりました。それはまるでスーツが健太郎の言葉に怒っているようでした。

「あのね、スーツ君! 落ち着いて聞いてね。これから、飛んでくる下っ端ワラクロンを捕まえて、ボスの居場所を聞き出す作戦に出ます。理解したら協力して飛びましょう」健太郎は優しく言いました。すると体が下っ端ワラクロンを追いかけ始めました。バスタオルマントを広げて一匹捕まえました。バスタオルマントの中でバタバタ暴れている下っ端ワラクロンに健太郎は言いました。

「逃がしてほしかったらボスの居場所を言え!」健太郎は言葉遣いが悪くなっていました。下っ端ワラクロンは激しく暴れまくりました。健太郎はちょっとした隙に下っ端に逃げられてしまいました。ものすごいスピードで逃げる下っ端ワラクロン。

「逃がさないで! 追いかけて」スーツが反応しました。逃げる下っ端ワラクロンを健太郎は追尾しました。必死に飛びました。すると、真っ黒な空から大粒の雨が降ってきました。雨は次第に強くなりました。いわゆるゲリラ雷雨です。息苦しくなるような激しい雨で遠くでは雷鳴も聞こえました。

 下っ端ワラクロンは雨に負けません。どんどんスピードが上がり健太郎との距離は離れて行きました。「クッソー! 駄目か?」健太郎が心で呟いた時、突然大きな飛行船が空から降りて来ました。雷が飛行船を直撃しました。爆音と共に破裂する飛行船の中から巨大なワラクロンが姿を現しました。

「お前がワラクロンのボスか?」健太郎は叫びました。

「遅くて待っておれん。こちらから来てやったわ、泣き虫✕太郎君」ワラクロンボスは、からかうような言い方をしました。

「そうだ! 僕が✕太郎です、いや健太郎だー」

「こんな恰好の悪い意気地なしに、コラダは負けたのか。情けない、あー! 情けない」ワラクロンボスは、嘆きました。

「僕が手裏剣でやっつけてやった。その時はもう少し格好は良かったと思っている」健太郎はスーツのポケットから赤色の飴を取り出し口に入れました。

「またも手裏剣か? そんな武器で私に勝てるかな?」

「手裏剣とは限らない!」

「ほー。ではどんな武器かな?」

「舐め終わらないと分からない! とアラビビータ神様は言っていた!」

「爺の武器では私には勝てないぞ。悪い事は言わん。今のうちに降参して元の世界に帰れ。どうせ泣き虫の✕太郎なのだからな。ケケケケケ、ハハハハのハ」

「……?」

「あー? お前は今、帰ろうか? どうしようか? 迷ったな! 噂どおりの✕太郎だな」

「僕は、逃げ出そうだなんて、そんな事はちょっとしか考えていない!」健太郎は胸を張って弱気を丸出しにしてしまいました。

「ならばこちらから行くぞ!」ワラクロンボスは自分の体のとげを投げつけて来ました。とげは避けようとした健太郎のお尻に当たりました。

「イター! あれ? 痛くない」スーツが健太郎を守っていたのでした。健太郎が振り返ったときに飴が完全に溶けてなくなりました。

健太郎はスーツのポケットに手を入れます。手の感触はピストルです。「銃なら三〇分で倒せる」そう思い、さっそうとポケットからピストルを取り出してワラクロンボスに向かって言いました。

「覚悟しろ、ワラクロン! もう笑えなくしてやる」しかし、健太郎の手に握られていた武器は、ピストルはピストルでも、火縄鉄砲でした。いわゆる時代劇で見た事のある縄に火をつけて単発で弾を発射する銃です。親切にマッチも付いていました。

「ケケケケケのケ。この雨でその銃か使えるのかな? やれるものならマッチに火をつけてみろ」ワラクロンボスは、お腹を抱えて笑いました。そして容赦なくとげを健太郎に投げつけて来ました。やがて健太郎のスーツもほころびを見せ始め、とげを跳ね返す力も薄れてきました。

「シクシクシク、アラビビータ神様! ブエーンエンエン助けて」健太郎の中で弱虫が動き出し、弱虫は健太郎の瞳から涙となって吹き出て来ました。

「ケケケケケ、出たよ泣き虫✕太郎。笑ってやれ!」ワラクロンボスは下っ端に言い、自らも憎らしく笑い転げました。

「ケケケケケケケケケケケ、ハハハハハハ」笑いの大合唱です。

「シクシクシク、ブェーンブエーン」健太郎は泣きながら青色の飴を口に入れ、かみ砕きました。するとスーツのポケットに吹き矢が現れました。健太郎はほんの少しだけ勇気を取り戻した。でも、その勇気は長くは続きませんでした。

「ケケケケケのケ、その吹き矢がこの暴風雨の中で私に届くと思っているのかな? そう思っているのであれば教えてあげよう。それを浅知恵と言うんだよ。ケケケのケ」

「やってみなければ分からない!」健太郎は矢を込めて大きく息を吸うと一気に吹き出しました。シュー、フニャフニャポトン。もちろん風に戻され届きません。

健太郎は次から次へと飛んでくるワラクロンボスのとげを避けたり跳ね返したりしながらコラダとの戦いを思い出していました。「最後の手裏剣は太陽のエネルギーを借りて投げ込んだんだ」そう考えた健太郎は、吹き矢の矢を天高くかざして願いを込めて叫びました。

「太陽! 君の力を貸してくれ!」

「お前は間抜けか? ケケケのケ。この暴風雨の中に太陽はおらん」浅はかな考えでした。飴の力は三〇分しか効力を持続出来ません。火縄鉄砲の弾も吹き矢の矢もまだあるのに使えないでいました。飴の効力がある間に晴れてくれれば一気に攻められるのにと健太郎は思っていました。しかし、雨が上がる気配はありませんでした。

「シクシクシク、ブェーンブエーン」


 健太郎は泣きながら家族で囲む幸せだった夕食を思い出していました。翌日の休みは家族皆でピクニックに行く約束をしていた日でした。夕方から雨が降り出して夜には土砂降りになっていました。

「明日は晴れるかな?」健太郎が言いました。

「そうだね。晴れると良いね」ママが言いました。

「僕は雨が嫌いだな。毎日晴れていれば良いのに。どうして雨なんか降るの?」健太郎はパパに聞きました。

「健君にはまだ早いかもしれないけれど。ここに氷の入ったグラスがあるね。触ってごらん」パパは、自分の焼酎グラスを指差して言いました。健太郎はパパのグラスを触ってみました。グラスの表面には水滴がついていました。

「水が付いてるね」

「周りの暖かい空気が、グラスの氷に冷やされて水滴が出来ているだろう。雨を降らせる雲もこれと同じなんだよ」

「グラスと同じ?」

「暖かい空気が空に向かって昇っていくと段々冷やされる。空気の中に小さな粒子、まあ、ゴミ見たいなものが在って、冷やされた水蒸気がゴミに付いて大きくなり、重たくなると雨になるんだ」

「難しくて分からないや」

「雨だからと言って太陽がなくなる訳ではないのだよ」

「じゃあ、太陽はどこにいるの?」

「雲の上さ」


 健太郎は太陽に会う方法を思い出しました。

「そうか、雲の上だ!」健太郎が叫びました。

「付いてこいワラクロン」

「上だ! 雲の上まで飛んで。雨がきついけれど頑張れ! お利口スーツ」すると空中で止まっていた健太郎の体がどんどん上昇し始めました。黒い雲の中でぶつかり合う空気を貫き、雲の上まで突き抜けました。健太郎はまず火縄鉄砲の弾を取り出すと太陽にかざしました。縄は乾きマッチを使わずに日がつきました。弾はみるみる輝きだしました。火縄鉄砲に込められた輝く弾丸は、健太郎が引き金を引くと、パーンという音に続き弾けて飛び出しました。健太郎の周りに火薬のにおいが立ち込めました。

「行けー!」と叫んだ健太郎の声は「グワー!」声ともならない声と重なりました。黒い雲の中で稲妻が光りました。

次に健太郎は吹矢を太陽にかざします。残っていた矢は三本、全てが太陽の光を吸収し輝き出しました。健太郎は大きく息を吸うと次から次へと吹き矢を吹きました。立て続けに矢は黒い雲を引き裂いてワラクロンボスの胸に突き刺さりました。

ガガガカガーグオングオン。強烈に揺れだすワラクロンボスの姿がそこにありました。

「勝ったと思うなよ✕太郎。我らの死神様が人間のボスをこらしめに行っている。私が殺られても死神様がまだおるわい! ケケケケケ」そう言いながらワラクロンボスは爆発して周りの下っ端ワラクロンもすべて消滅していきました。

 

 

さよなら✕太郎

 

健太郎は呪文を唱え部屋に戻りました。

「おはよう」アラビビータが言いました。

「おはようじゃないよ。大変だ!」健太郎が叫びました。あまりの大声にアラビビータはすっかり目が覚めました。

「いかにした?」

「人間のボスに、死神が襲い掛かっているとワラクロンボスが言ってた」ボロボロのスーツを着た健太郎が言いました。

「激しい戦いだったようじゃな」健太郎のスーツは袖と裾が丁度良い長さになるまで切れて、所々穴が開いていました。

「ワラクロンボスが爆発前に言ったんだ! 人間のボスを死神が襲いに行ったって」健太郎は困った顔でアラビビータに訴えました。

「テレビをつけてくれ」アラビビータが言いました。健太郎がテレビのスイッチを入れるとニュース速報が始まるところでした。

「ワラクロン株はコラダ株に続き突然消滅しました。これに伴い現在、経済復興を話し合う臨時国会が召集されております。中継です」画面が国会議事堂の映像に変わりました。菅田晋三総理大臣の答弁が中継で放送されていました。

「総理! ワラクロン株の突然の消滅ですが、勝因はどの政策が良かったのかお示しください」野党の質問でした。

「そんなのは、私が頑張ったからに決まっているでしょうが」総理の答弁でした。議事堂はざわつき出しました。総理付きの官僚が慌ててメモをもって駆け寄っていました。

「これで国民は安全と考えて良いのでしょうか?」

「国民の安全? そんな事どうだって良いでしょうが! 私が総理の間に終息すれば、私の権力が認められるという事なのだからね。国民の安全や安心より、私個人の利益を優先すべきでしょう」国会のざわめきはどよめきに変わり、やがて野党のヤジに変わっていきました。

「これじゃ! ペペロンチータの奴が総理に何かしたのじゃ!」アラビビータが立ち上り興奮して言いました。

「早く何とかしないとこの国がおかしくなっちゃうよ」健太郎がアラビビータに訴えました。

「仕方がない! こちらから出向くとするか」アラビビータが杖を握り締めて言いました。

「行ってくれるんですね」アラビビータは黙っていましたが、おもむろに健太郎に近づき言いました。

「行こう」

「いよいよ師弟対決!」健太郎は何となく嬉しくなりました。しかし、アラビビータは健太郎の頭に杖を乗せるとゆっくりと回し始めて呪文を唱え始まりました。

「チラチラパパラコン」

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」健太郎が慌てて言いました。

「アラビビータ神様が行ってくれるんでしょ?」

「わしは行かん」

「何を言っているの。死神をやっつけるのは神様でしょ」

「わしは元神じゃから、もはや神様ではない」

「僕は無理だからね! 飴も全部使っちゃったし、スーツだってボロボロだもの、勝てっこないよ」

「そうか、では仕方がないこの国の未来は諦めよう」

「そっち? この国の未来って僕は小学生だもの、そんな難しい事なんて分からないよ。元神様が弟子を説得すれは済む事でしょ?」

「この国の未来は、そんなに簡単なものではない」

「じゃあどうすれば良いの?」

「簡単な事だ! お前が死神を叩きのめせば、この国や世界の未来は明るくなる」

「簡単じゃーないでしょ」

「簡単じゃ! 勝てば良いだけじゃ」

「エーッ! 今回だけは別の子にしてもらえないかな?」健太郎はうんざりしていました。

「別の子ではならん」アラビビータは真剣な顔で言いました。

「どうして? 僕なんかよりもっと出来の良い小学生は腐るほどいるでしょ?」

「それはそうだが、お前のようなペケでなければならん」

「意味が分からない! て言うかもう少し優しい言い方があると思う」

「国の未来を変えるという事は、君自身が変わらなければならん。君が自分に自信を持ち✕太郎から健太郎に成れば未来は変わるのだよ」アラビビータはもっともらしく言いました。

「僕! 馬鹿にされているよね?」

「そんな事はない。見込まれているのだよ。現に君は二回も敵を倒したではないか。君はやれば出来る子なのだよ」アラビビータは健太郎の両肩を揺すりながら真剣に言いました。

「出来る子なんて初めて言われたよ」健太郎は照れていました。それは、アラビビータの手中にはまった事を意味していました。

「武器がないもん」

「ある」

「じゃあ出してよ」

「出さなくてもすでに君は持っている」

「どこに?」健太郎はスーツのポケットをすべて出して見せました。

「ここにじゃ!」アラビビータは健太郎の胸を軽く叩いて言いました。

「……」ふくれっ面の健太郎にアラビビータは続けて言いました。

「わしも後から行くから」

「本当に?」アラビビータは軽く頷きました。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ一気に飛んで行け!」アラビビータは健太郎を一気に国会議事堂まで飛ばす術を掛けるとヨバボーを抱きしめてベッドにもぐりこんで言いました。「実に気持ちの良い枕じゃ」


 健太郎は物凄いスピードで飛ばされていました。周りの景色がゆがみ形を失い、やがてクルクルと回り始めました。飛ばされるというよりも時空を越えているようでした。ヒュー、ドッカン! 健太郎は、何やら固くもなく、柔らかくもない壁に顔面から激突し止まりました。その壁は総理大臣のおでこでした。

「お前が泣き虫の✕太郎か?」健太郎の背後から声がしました。振り返った健太郎の目に映ったのは髭のないアラビビータの姿でした。健太郎の鼻からはまたもや血が出ていました。

「アラー。アラビビータ神様そっくり」

「アラビビータだと、昔聞いた記憶があるがもう忘れたね」

「お前が死神に成り下がったペペロンチータか? 総理にいったい何をしたんだ?」健太郎が勇ましく言いました。

「威勢が良いのは良いが、まずは鼻血を拭け! お前は噂通りのペケだな」普段の健太郎ならこの辺で泣き出して✕太郎丸出しになるところでしたが、後からアラビビータが追いかけてくると信じ込んでいる健太郎は何時もの彼とは違っていました。

「総理に何をしたと聞いているんだ」健太郎はスーツで鼻血を拭いながら、またも勇ましく言い切りました。ペペロンチータはコラダやワラクロンから聞いていた泣き虫✕太郎とは若干違うと感じていました。

「なーに。新型クルナウイルスを、何でも正直に喋ってしまう【シャベクリン】に変異させて、放り込んだだけだ」ペペロンチータは簡単に言い切りました。気が付くと下っ端シャベクリンがうようよと空中を浮遊してペチャペチャとざわついていました。

「簡単に言うな!」

「良いではないか。何でも正直に話せるのだから」

「人間には言いたくない事だってあるんだ」健太郎はママに隠れておばあちゃんにケーキを買ってもらった事を思い出していました。

「嘘をつかずに正直に生きなさいと小学校で学んでおるであろう?」

「嘘は駄目だけれど、人に言えない事の一つや二つ誰にでもあるよ」

「お前たちのリーダーの本当の声を聞いてみるが良い! お前の家族も、友達もやがて感染する。もう、この議事堂の半分は感染している。何せ感染力はワラクロンの五〇倍だからな」ペペロンチータは平然と言いました。

「僕が止める」

「武器も持っていないで戦うつもりか?」

「……」

 

「総理、総理、そんな事をここでお話になってはまずいです」総理お付きの官僚が駆け寄って必死に止めていました。総理は世間で噂になっていた過去の不正まで話し始めました。「総理! そんな本当の事を正直に喋らんでくれ! 俺がいないと何も出来ない総理大臣だと言う事は、自分が一番知っているだろう。なんなら仕事をやめて家に帰ろうか」官僚は本心を大声で喋ってしまってからあわてて口を押えました。

「ホホホあいつにも感染した」ペペロンチータは楽しそうに笑いました。

「死神! お前を倒せば全てが元に戻る。僕が倒す」健太郎は必死でした。

「✕太郎! 武器も持たずに、命でも欠けるつもりか?」

「それは……」

「やはり怖いか? 泣き虫」

「僕みたいな駄目な✕太郎でも、出来るところまでやってみるさ」健太郎は、意気込みながら「アラビビータ神様! 何しているの? 早く来て」と心で叫んでいました。もちろんアラビビータがヨバボーを抱きしめていびきをかいているとは思ってもいませんでした。ただ必ずアラビビータが助けに来てくれると信じる心が健太郎を強くしていました。

 

「✕太郎、見るが良い! 小学生のお前が命をかけて人を助ける気概を示しているのに、この国のリーダーたちは、人を助けるどころか自分たちの利益しか考えていない。感染が怖いから早く終わらせて帰ろうと言っているぞ」ペペロンチータは健太郎をさとすように言いました。

「未来は変わる! 今を諦めなければきっと変わると僕は思う」

「小学生のお前が今を諦めなくても、今ここにいる悪どい大人たちは、お前たちの未来をすでに諦めておるわい。よく聞いてみると良い。ここに飛び交う自分勝手な言葉をな」ペペロンチータは空中から議事堂を指差して言いました。

 

「結局はお金貰って開発したんだよな」「ああ貰ったよ! 金がないと選挙に勝てないからな」「お前だってそうだろう」国会議事堂には好き勝手な言葉が飛び交っていました。議事堂にいる全ての人にシャベクリンが感染してしまったようです。

「おい! カメラを止めろ。これは放送できない」遠くで中継を見ていたテレビディレクターがカメラマンに電話で指示をしました。ディレクターはまだ感染していません。

「うるさい! 報道マンのプライドに掛けて撮り続けてやる。腐り切ったディレクターは引っ込んでいろ」テレビカメラマンも感染していました。生放送で中継していたために編集も出来ません。

「僕が変われば未来は変わるとアラビビータ神様は言った」飛び交う怒号の上で健太郎が言いました。

「どうしてもやるのか?」

「僕はパパやママ、おばあちゃんを助けたい! 友達を守りたい!」この時、健太郎は既にアラビビータの到着を諦めていました。

「勝ち目もないのに悪あがきはやめろ!」ペペロンチータは笑いました。

「悪あがきでも何でも良いさ、僕のあがきが武器になるのなら、とことんあがいてやる。どうせ僕は、✕太郎だ!」健太郎は涙をボロボロとこぼしながら猛スピードでペペロンチータに突っ込んで行きました。そんな健太郎にペペロンチータは言いました。

「やっぱり泣き虫だな」しかし、ペペロンチータには、その涙が怖くて流す臆病の涙ではなく、家族や友達を守りたいと願う勇気の涙である事が分かっていませんでした。

「やめた方が身のためだぞ!」ペペロンチータは、涙にあふれながら突っ込んでくる健太郎を両手で受け止めました。

「やめない! 諦めない!」健太郎は両腕をグルグル回しながらペペロンチータに挑みました。しかし、健太郎より大きい死神に対して力の差は明らかでした。健太郎はペペロンチータに何度も跳ね返されてしまいます。それでも必死に立ち向かいました。健太郎を守っていたスーツはボロボロになり、飛ぶ力も次第になくなりスピードがみるみる落ちて来ました。

「僕は諦めない。絶対に諦めない!」泣きながらそう叫び、何度も、何度も向かってくる健太郎にペペロンチータは言いました。

「泣きながら向かって来てもわしには勝てない事を思い知らせてやる」必死になって飛び込んでくる健太郎をペペロンチータはヒョイと避けました。健太郎は目標を失い議事堂の壁に自分から突っ込んでしまいました。振り返った健太郎の鼻の穴から鼻血がタラリと垂れていました。

「それでこそ泣き虫弱虫✕太郎だ! さあもっと泣け」

「泣いてないもん!」もちろん泣いていました。しかし、健太郎は絶対に諦めませんでした。何度かわされても壁にぶつかり床に落ちても立ち上がりました。

「泣き虫のくせにしつこい奴だ」ペペロンチータが叫んだ時でした。

 

「人間は泣く生き物なのじゃよ。悲しくて泣き、嬉しくても泣くのじゃ。その涙は暖かい! お前もその子の涙を手に取って見ろ! 強く、優しく思いやりの心が詰まっているその涙を!」アラビビータが総理大臣の頭の上にあぐらをかいていました。

「アラビビータ神様! 来てくれたんだね」健太郎は大泣きでした。もちろん嬉しい涙です。

「だからと言って、どうして、爺様はこんな間抜けを送り込んで来たのだ?」

「え? 死神はアラビビータ神様の孫なの」健太郎は驚きすぎて一瞬泣く事を忘れました。

「確かにこの子は、間抜けで、運動音痴で、駄目な子だ。しかし、他人の悲しみや寂しさが理解できる子なのだよ。自分を犠牲にしても、他人の為に出来る事をやろうとする子なのだ。だからわしはこの子を送り込んだのじゃ。ペペロンチータよ! 今お前がやっている事は、この下で好き勝手を言っている大人と同じじゃ! 分からぬのか?」アラビビータに言われたペペロンチータは言いました。

「人間は自分の利の事しか考えずに、石油を使い過ぎたり、自然破壊を繰り返したりする。このままではこの国の未来は立ち行かなくなると私は思っただけだ」

「身勝手な事を言うでない! 人類の未来は人類が築くものだ。神の仕事ではない!」

「……」ペペロンチータは無言でした。

「神は人類を見守り、世界の平和を願い続けておれば良いのじゃ」

「私だって、見守り、願い続けた結果がこれだ」ペペロンチータは議事堂を指差しました。

「だからウイルスをばらまいたと言うのか」

「……」

「そんな人間ばかりではないであろう。そうでない人間や子供たちに災難を起こす必要がどこにあるのじゃ」アラビビータはあぐらをかきながら杖の先をペペロンチータに向けました。いよいよ師弟対決が始まると健太郎は思いました。しかし、アラビビータの言葉は、健太郎の予想を見事に裏切りました。

「ペペロンチータよ、いくら戦ってもお前はその子には勝てない! 勝てると思うならとことんやってみるが良い」そう言い残すとアラビビータは消えました。

「嘘! 帰っちゃうの?」健太郎は慌ててしまいました。

 

消えたアラビビータをよそにペペロンチータは言いました。「どうする泣き虫! とことん戦うか?」健太郎は空中に浮くとペペロンチータの目の前まで行くとゆっくりと落ち着いた言葉で言いました。

「覚悟しろ! 死神」健太郎は残る力の全てを使ってペペロンチータに突っ込みました。結果は変わりませんでした。何度ぶつかって行っても跳ね返されてしまいます。スーツの力はほとんどなくなり、健太郎の気力もなえ始めた時でした。古い建物である議事堂の壁の隙間から一筋の光が差してきました。ゲリラ雷雨が去り、太陽が顔を出したのです。

「もうこれしか方法はない」健太郎は光に向かって飛び始めました。飛びながらラクビー日本代表が南アフリカに勝利した後にキャプテンが言っていた言葉を思い出していました。「小さい日本人が自分よりはるかに大きな相手に向かって行くのは誰だって怖い。でも、今自分が行かなかったら誰が行くという責任感が自分を動かす。自分が飛ばされたとしても、自分の後ろには一四人の仲間が走っている。そう思うと怖さを吹き飛ばす勇気が湧いてくるのです」健太郎は家族の顔を思い出していました。友達との楽しい日々を思い出していました。健太郎の心から恐怖心が消え、勇気が音を立ててあふれて来ました。大切な人の為に自分が死神を倒すと言う責任感が、健太郎に勇気を芽生えさせたのです。

「何をする気だ!」ペペロンチータが叫びました。

「……方法はこれしかないんだ!」健太郎は壁の隙間から差し込む光にたどり着くと叫びました。

「太陽! もう一度だけ僕に力を貸してくれ」健太郎は両腕を広げて太陽の光を抱きしめました。すると銀色のスーツは光に輝き金色に変わると、メラメラとオーラのような炎が健太郎を包み込みこみました。

「己を武器にする気か? 爆発するぞ」

「爆発したってかまうものか!」

「わしが倒れたらこの世の神はどうなる」ペペロンチータはあせりながら言いました。

「アラビアータ様がいるだろう」涙声で怒鳴る健太郎でした。

「お前の代わりはおらぬ! だからやめろ、命を無駄にするでない」

「僕の代わりなんかたくさんいるさ! 僕より優秀で強い友達がきっとこの国の優しい未来を創ってくれる。僕はそう信じている! だからペペロンチータよ、覚悟しろ!」黄金に輝く健太郎はそう叫ぶとペペロンチータに向かって飛びこむ姿勢をみせました。

「馬鹿な! 他人の為にそこまでする気か?」

「そうだよ、僕は✕太郎だからこれしか思いつかないんだ!」健太郎は両腕をグルグル回しながら勢い良くペペロンチータに突っ込んで行きました。「ママ、僕を生んでくれてありがとう。パパ、僕に勉強を教えてくれてありがとう。おばあちゃん、何時も優しかったね」心でそう叫ぶと熱い涙があふれだしました。そして辺りに飛び散りました。

「本気か? 大切な命をそまつにしおって、この馬鹿者!」

「黙れ、死神! これが最後の武器だ、受けてみろ」健太郎は最大のスピードで挑みました。

「こんな子供がこの国の未来を創るのならもう少し見守ってみるか」ペペロンチータはそう思いました。そして言いました。

「小僧もう良い! 私の負けだ」ペペロンチータは、向かってくる健太郎をスーッと避けました。健太郎は両腕をグルグル回しながらまたもや顔面から壁に突っ込んでしまいました。ドッカーン、ババーン黄金の健太郎はものすごい爆音と共に壁を突き破りました。壁には穴が開き四方八方にひびが入りました。国会議事堂は一瞬小さく揺れました。

「僕の勝ちか?」穴の中から顔を出した健太郎の鼻からは、またまたあれが出ていました。

「君は、日本一鼻血が似合う少年だな!」そう言ったペペロンチータの顔は、鬼のような死神の形相から、優しい神様の顔に戻っていました。

 

「ハッ! 私は今、何を言っていた?」総理が呟きました。

「とんでもない告白をしていました」官僚が後ずさりしながら小声で言いました。

「ハッ! どうしますかこの映像?」カメラマンが我に返って電話の向こうに聞きました。

「かまわん! 最後まで撮り続けろ」ディレクターは言いました。

「良いのですか?」

「私だって報道マンだ! プライドをかけて放送してやる」ディレクターの言葉には力がこもっていました。

「健太郎! 君の勇気があの報道マンに感染ようだな」ペペロンチータはカメラマンを指差して言った時でした。

 

バラバラバラ、ゴゴゴゴゴー! 議事堂の壁が音を立て始めました。健太郎が激突した壁に入ったひびが次第に大きくなり始めました。元々古い建物です、健太郎が何度も壁に突っ込み最後に開けた穴は次第に広がり土台をも崩れさせたのです。

 

バラバラバラ、ゴゴゴゴゴー! バラバラバラ、ゴゴゴゴゴー!

「これはいかん! 崩れるぞ」ペペロンチータは健太郎を引き寄せると抱きしめて「イペイペソラペトイッタペ」何やら呪文を唱えました。すると二人の体は議事堂から消えました。次に健太郎が気付いたのは太陽が輝く大空でした。ペペロンチータは瞬間移動の呪文を掛けたのです。下では国会議事堂がものすごい音を立てて崩れていました。

「ロシニウヨルスンナヒニンゼンアナンミ」ペペロンチータは両手を広げて真下に向かって呪文を唱えました。

「神様! 大変だ人が死んじゃうよ」

「大丈夫じゃ! 全員が安全に避難できる呪文を掛けた」

 

「良かった。ありがとう神様」健太郎の瞳からこぼれ落ちる涙を、ペペロンチータは両手で拭いて言いました。「人の涙ってやつは、本当に暖かいものなのだな」そして、ティッシュペーパーをポケットから出すと健太郎の鼻血を優しくふき取ってくれました。

 

国会議事堂は完全にがれきになってしまいました。

「壊れちゃったね」健太郎が言いました。

「お前が壊したのであろう」ペペロンチータは笑いました。

「僕が? どうしよう、僕捕まっちゃうよ」

「大丈夫じゃ。わしはこの事を誰にも言わん」ペペロンチータは片目をつむりました。こんな大事故なのに死傷者はひとりもいないのは奇跡と言われました。

「爺様に伝えてくれるか?」優しい声でした。

「アラビビータ神様に?」

「健太郎たちがみたいな子供が、大切な人や生活を守りたいと願い続けるのであれば、きっとこの国は豊かになる。私も爺様のように人間を信じて助ける神になる事にしたとな」そう言うとペペロンチータは呪文を唱えました。

「チラチラパパラコンコラパパラチラチ一さあ帰れ! 大切な家族のもとへ」

 健太郎は空を飛んでいました。気持ちの良い風が健太郎の頬を優しくなでてくれました。見上げると大きな虹が健太郎を迎えていました。それは、ゲリラ豪雨に耐えてもなお、空を見上げた者だけが見る事の出来る美しい風景でした。時空を越える感覚はなく、ゆっくりと清々しい飛行でした。


「上手くいったようじゃのー」アラビビータは机に座って健太郎の宿題をやっていました。

「ペペロンチータはアラビビータ神様のお孫さんだったのだね」

「出来の悪い孫だ。でも君のお陰で良い神になれそうじゃ。ありがとう」

「僕! もう戦わなくて良いの?」健太郎は清々しい顔で聞きました。その答えをアラビビータは厳しい言葉で言いました。

「これから戦いが始まるのだよ。中学生になって、高校へ行って、大学で学び、社会に出て家族を守って行く、そういう戦いが君を待っている」

「僕みたいな✕太郎には、やっぱ無理だね?」

「✕太郎? どこにそんな子供がおるのかな? 君は自分を信じ、立派に戦い、家族を守ったではないか。もうどこにも君を✕太郎などと言うやからはいない。ここにいるのは、小学生の強い健太郎だ」アラビビータは健太郎を抱きしめてそう言いました。

「アラビビータ神様はこれからどうするの?」健太郎はアラビビータとの別れを感じていました。

「孫に皆を任せて旅にも出るさ」アラビビータもどこか寂しそうでした。

「もう会えないの?」

「さてどうかな?」

「また、僕が困った時に出て来てくれる?」

「君はもうひとりで何でも出来る。神の助けなど必要ない」アラビビータは力強く言い切りました。

「宿題、終わらせてくれたんだね」健太郎は宿題のプリントをのぞき込みながら言いました。

「ちゃんと進めておいた」

「三枚だけ?」無記入のプリントが健太郎の机には山ほど残っていました。しかも、答えが記入されたプリントの文字は全て万葉仮名でした。

「終わってないじゃない!」健太郎は怒り心頭で言いました。

「わしは進めて置くとは言ったが、終わらせて置くとは一言も言っておらん。では、さらばじゃ! 健太郎」言葉と共にアラビビータの姿が消えて、健太郎が来ていたスーツも消えました。

「やられたー! 今晩は徹夜じゃないか」健太郎は不貞腐れてベッドに寝転びました。

「あれ?」ベッドにあったはずのヨバボーがなくなっていました。

「あのクソ爺!」健太郎は夜空に向かって柏手を二回打つと手の平を合わせ願いました。

「ペペロンチータ様、あのクソ爺を徹底的に懲らしめてください」ペペロンチータが神様に復活して初めて頼まれたお願い事でした。

「そんな汚い言葉はあなたには似合わないわ」ネネが喋りました。

「ネネ! 喋れるの?」

「ヨバボーの代わりですって!」ネネの首輪はあの首輪でした。

「こっちの方がヨバボーよりずっと良いや」健太郎はネネを抱きしめていました。


タッタッタッタッタ! ポーン――パン――スタッ。子供たちが体育の授業を受けています。今日の体育も跳び箱です。健太郎はドキドキしながら自分の順番を待っていました。「あと三人」タッタッタッタッタ! ポーン――パン――スタッ。健太郎は友達がひとり跳ぶと指をひとつ折ります。タッタッタッタッタ! ポーン――パン――スタッ。「次だ!」両手の指は全て折られてジャンケンのグーになりました。「健君頑張って!」先生が言いました。健太郎は軽く頷くと「出来る、跳べる、僕は空を飛んだんだ」と心の中で繰り返し自分を励ましました。健太郎は勢い良く助走を切りました。タッタッタッタッタ! ポーン――パン――スタッ。健太郎は今まで飛んだ事がない五段の跳び箱を飛びました。友達が拍手をしながら駆け寄ってきました。健太郎は友達皆からハイタッチをされて、照れていました。だって、たかが跳び箱を飛んだだけなのにまるでオリンピックで金メダルを獲得したみたいだったからです。

この日から健太郎を✕太郎と言う友達はひとりもいなくなりました。

 

「君たちの未来に機関銃や戦車は必要ないのだ、家族や友達を愛し続ければ、誰でも健太郎になれる。大切な人を守る為に、時には自らを犠牲にする勇気を持つ事が出来れば、未来は変わるのじゃ」どこからかアラビビータの声が聞こえてきました。

おわり

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