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【小説】天国へのmail address第八章・勇気の言葉と正義の刃

第三者委員会の授業参観
 
 宮山小学校の会議室には第三者委員会の委員が集まっていた。数日間の教師への聞き取り調査に加え、保護者や児童への面談も実施してきた。倉田がゴリ押しをして再度実施された四学年児童全体に対する『いじめ』に関するアンケート調査の集計と検証もすでに終了していた。
「委員の皆様には大変お疲れ様でございます。本校における『いじめ』に関する調査も本日が最終日、四時間目の授業参観の後、この場所で報告書をまとめて頂きまして、午後三時から体育館での公開報告会を残すのみとなりました。本日もどうぞよろしくお願いいたします。」木村は丁寧にあいさつをした。
「副校長! 報告会は公開でなければいけないのでしょうか?」委員のひとりが言った。
「市長と教育長の要望ですので」
「しかし、体育館と言うのはどんなものでしょう?」委員のひとりが手にした資料を開きながら言った。その資料には自殺した児童の写真も印刷されており、現場が体育館である事も明記されていたからだった。
「これについては保護者の要望です。」
「SNS対策は充分でしょうな? このままでゆけば、前回の答申とほぼ同様になります。もしも、その動画がSNSで拡散されたりでもしたら、私の弁護士としての仕事に影響しますから頼みますよ」委員長の山村弁護士の独り善がりな発言である。
「副校長、あなた自身も困るでしょう!」副委員長の岡野は脅迫に似た言い方で木村を挑発した。木村は脂汗をハンカチで拭きながらひたすら頷いていた。
「授業参観には教育長も出席すると聞きましたが、この子のクラスでなければいけないのですか?」委員のひとりが資料に印刷された児童の写真を示しながら言った。
「これについても保護者の意向ですので避けられません」木村の汗はハンカチでは足りない程の量になっていた。
「副校長! 席を外してもよろしいでしょうか?」倉田は聞いているだけで吐き気を覚えてきた。ここにいる大人達は誰ひとりとして、子ども達の事を考えてはいなかったからだ。だからと言って一教師がどうする事も出来ない事は倉田自身が一番よく知っている。もどかしさのあまりその場を離れたかったのだ。
「倉田先生、大丈夫ですか? 授業参観には必ず出席してくださいよ」木村は倉田を促した。
「もちろんです! 横張先生のクラスには、今回の児童以外にも心配な子は、今もおりますので」倉田は吐き捨てるようにそう言うと会議室を退室して行った。閉まるドアの音が激しく室内に響いたのが倉田の気持ちを象徴していた。
 
 戦いの日、優輔はいつもより早く家を出た。朝日ヶ丘公園で橘にメールをする為だ。公園でスマホを開くと、既にメールが届いていた。
(優君おはよう! がんばれ!)もちろん橘からだった。
(龍馬さんおはよう、僕やれるだけやってみるよ。行ってきます)
(もう一度言うけれど優君はひとりじゃない! 一人で行かないでジムで待っていてくれ!)
優輔は拳を握り締めて頷いたが、ひとりで学校の方向へ歩き出した。ここにいる優輔は、先週までの優輔と違っていたからだ。心の中にひとりの応援団長がいる。そう思うと勇気が湧いて来たのだ。
 
 朝のホームルームが始まりいつものように先生が出席をとる。
「はい、今日も皆さん元気ですね」横張は能天気な事を言った。
「今日の四時間目の授業は授業参観です。教室の後ろに偉い人達が沢山来ますが、皆さんは、いつもの通りの皆さんでいて下さいね」横張は児童ひとりひとりを見つめて言う。しかし、その言葉は、自分自身の保守が目的のように聞こえていた。それを見透かしたように章二と郁子はニヤニヤと笑った。
教室中央の机には昨日と違う花が一輪差しに備えてあった。花と水を変えたのは貴子だ。毎日クラスの誰よりも早く登校して一輪ざしの水を変え、持ってきた花を供えていたのだ。
「今日も頑張ろうね」貴子は誰ひとり彼女に話しかけない教室で、手を合わせ花に語りかけていたのだった。優輔はその姿を教室の入り口で見ていた。『貴ちゃん! 今日も頑張ろう』と優輔が言おうとした時、次から次へとクラスメートが登校してきて教室はいつもの雑踏に包まれた。ただ、一輪ざしの花が新しくなっている事には誰も気が付いてはいない。担任の横張ですらしかりだ。
 
 四時間目の授業が始まろうとしていた。第三者委員会の委員達と副校長、倉田主任に阿部教育長、保護者代表として優輔の母、武藤(むとう)直子(なおこ)も教室の後ろに立っていた。ざわつく教室に、ウエストミンスターの鐘が鳴り響いた。横張が教壇に上がり深呼吸をすると自分を落ち着かせ静かに語り出す。
「今日の四時間目は、国語の時間を変更して道徳の特別授業を行います。皆さんにはまだ早いかもしれませんが、近い将来、道徳は授業科目になります」横張の手は震えていた。
「道徳教育は、教育キ基本法と学校教育法にサ・サ定められた教育のコ・コ根本精神に基づき、自己の生き方を考え、主体的なハ・ハ判断の下に行動し、自立した人間としてタ・タ他者と共によりよく生きるための基本となるド・ド・ド道徳性を養う事を目標にする授業です」時おり言葉が詰まり、資料をそのまま棒読みするだけの話で、小学四年生に理解出来る内容では全くなかった。倉田は目を付して頭を抱えてしまった。『駄目だ! 自分が変わろう』と倉田が思った時だった。
 
「先生! 私話があります」貴子は懇親の勇気を振り絞って手を挙げた。
「はい田口さん! どうしました?」
「私! 『いじめ』られています。助けてください」精一杯の言葉だ。
「またですか? 田口さんその問題は、アンケートの実施で解決したでしょう。いい加減にしなさい」横張は溜め息を吐いた。
その時だった。晴天なのに教室の窓ガラスがガタガタと揺れだしその揺れは段々強くなっていった。
「地震です。皆机の下に隠れてください」横張は興奮して児童より先に教卓の下に避難してしまった。
しかし、地面は揺れていない。やがて教室の机が上下左右に激しく揺れ始まって、教室には悲鳴が轟いた。教卓が特に激しく揺れて、横張は慌てて教卓の下から飛び出した。子ども達は悲鳴を上げながら自分の机にしがみ付いていた。しばらくすると、揺れが収まり静かな教室に戻ったが、その場にいた全ての人達が目にしたのは信じられない光景であった。
 
「先生! 僕も『いじめ』られていました」花が供えられた机の横に優輔が立っていて、そう言ったのである。
「ヒーーー!」叫びながら椅子から転げ落ちて腰を抜かしたのは章二と郁子だ。
「副校長! これはいったいどういった演出ですか?」山村弁護士が木村に説明を求める。
「いや? いや聞いていません。中止! 横張先生、授業を中止して下さい」木村の慌てた様子は只事ではなかった。
「いえ! 副校長、続けるべきです」倉田が木村を制止して言った。
「武藤君がそこに居るのは私も信じられませんが、田口さんは続けなさい!」貴子は倉田の顔を見て頷くと言った。
「私、優君が『いじめ』られていた事には全然気が付かなかった。けれど、優君が死んでしまって、とても悲しくて、気になって、クラスを注意して見ていました。そうしたら、俊君が『いじめ』られてる事に気が付きました。だからこの前、先生に相談しに行ったのです」貴子は涙をこらえきれずに泣き出した。
「でも、あの時は小菅君自身が『いじめ』はないと言ったじゃないですか」横張は戸惑いを隠しきれずに声が震えている。
「そう言わないともっと『いじめ』られるからです。俊君そうだよね?」貴子は俊を見て言った。俊はいつものようにモジモジとしていた。
「俊君! それで良いか? 貴ちゃんは君のために頑張ってくれたのに。自分だけ助かればそれで良いのか?」優輔が振り返って言った。その顔を見た第三者委員会の委員一同は背筋を凍らせた。その顔は、資料に印刷された少年その子であったからだ。
「皆だってひどいよ! 勇気を出して俊君を助けようとした貴ちゃんを無視をして! 皆友達でしょ? 皆が一緒になって『いじめ』と戦わなかったらこの教室から『いじめ』なんてなくならないよ。僕は、逃げ出してしまったけれど、この前友達になってくれた人に勇気の話を聞いて、僕は勇気の出し方が間違っていた事を初めて知った。貴ちゃんが今日、勇気を出して先生に言ったのだから、貴ちゃんを助けて! こんなに沢山の大人の人達がいるのだからお願い!」優輔はそう言いながら第三者委員会の委員に詰め寄った。
 
 山本(やまもと)恭子(きょうこ)はクラスで植物係をしている。教室前のテラスに並んだプランターには恭子がまいた種が四季折々に芽吹き季節ごとにその風情を彩っていた事は、クラスの誰もが感謝する事であった。その恭子は肩をすくめて黙り込み震えていた。怖かったからだ。突然自殺はずの優輔が教室に現れ『いじめ』を告発してきた。信じられない出来事が、今恭子の目の前で展開している。しかし、恭子の恐怖はそのためだけではない。恭子は優輔がクラスの中で嫌がらせを受けていた事を知っていて、それを黙っていたからである。優輔の訴えがまるで恭子自身に言われているように聞こえ、自分が責められているかのように感じていたのだ。貴子とも仲が良かった。でも貴子との距離も離れていた。章二達の圧力に、自分が負けていた事を恭子自身が一番よく知っている。恭子は決心した。そして、震えながら立ち上がると自分を責めるように叫んだ。
「田口さん! ごめん。私、怖くて、田口さんを無視するつもりはなかったけれど、話をすると自分が『いじめ』られると思って避けてた。ごめんなさい」恭子の震えた声は、クラスメートの心にあるプランターに『勇気の種』をまいた。
「俺もごめん! 俺なんか優輔が靴を隠されたりしているのも知っていたのに黙っていた。お前が死んでしまって、俺は怖くなってその事を黙っていた事さえ誰にも言えなかった」男子児童が立ち上がった。優輔は首を横に振って言った。
「僕の事はもう良いんだ、それより貴ちゃんを皆で助けないと、僕、僕……悲しいよ」優輔の声は小さく静かであったが重い言葉だ。
「ごめんなさい!」
「私もごめんなさい」
「ごめんなさい!」恭子のまいた勇気の種は次から次へ芽吹き始めた。クラスメートが皆立ち上がって謝った。教壇に立っていながら何も出来ないでいる横張を睨みつけて発言したのは山村弁護士だ。
「副校長! 何ですか?この茶番劇は」
「いや私は何も」木村は困惑していた。
「集団催眠ですか? 死者が蘇るなんてありえない!  いったい誰が『いじめ』の首謀者だというのですか? もうお芝居は終わりにしましょう。時間の無駄です。それともこのクラスは、集団で『いじめ』をしていたとでも言いたいのですか?」教室に二度目の揺れが始まったのは、山村がそう言いながら教室を出るように委員を促した時である。
教室は、先ほどよりも激しく揺れた。一斉に頭を押さえて屈み込む人々をよそに机は飛び跳ね、窓ガラスにはひびが入った。程なくして揺れは収まったが教壇には横張の横に紋付袴に大刀を腰に差した侍が立っていた。
「あなたは! だ・だ誰?」横張は腰を抜かしそうになりながら叫んだ。
「龍馬さん!」優輔だけが嬉しそうに叫ぶ。
「龍馬さんって誰ですか?」
「僕の友達」優輔は胸を張って言う。立ち竦む横張に侍が近寄り小声で言った。
「無能な教師はそこで固まっておれ!」侍が先生の肩をチョンと叩くと横張は全く動けなくなってしまった。
「龍馬さん先生に何したの?」
「大丈夫! 金縛りだよ。さて、茶番劇と言ったのは貴様達か?」橘は大人達を指差した。するとその場にいた大人達は一斉に動けなくなってしまった。
「私達に何をした! 君は何処の劇団のものだ?」体は動かないが口は動く山村が叫ぶ。
「お前は幕末の英雄『坂本龍馬』を知らないのか?」橘は、憧れの坂本龍馬になり切ってしまっていた。
「坂本龍馬だと? その名前は既に教科書から消えていますよ」山村がはむかう。
「そうか、消えたか。ならば思い出せ!」橘は、大人達を見渡しながら続ける。
「当時、勤王の志士は命を懸けてこの国を創り上げた。それなのに何だ! この体たらくは! この国の未来を築いていくのは子ども達ではないのか? その子どもがなぜ命を懸けて『いじめ』を訴えなければならないのだ? この国の教育は地に落ちたのか?」橘は腰の大刀をゆっくりと抜いた。
「やめろ! 誰か警察を呼んでくれ」山村がそう叫んでも誰ひとり動く事が出来ない。橘は刃の先を教育長である阿倍の鼻先に向けると言った。
「学校はお前達大人のためにあるのではない。子ども達のために存在するのだ。教育委員会が推奨して全生徒に配ったタブレットが『いしめ』の道具に使われているのを見抜く事もできないのか?」
「タブレットが『いじめ』の道具に?」
「タブレットの中に作られた裏サイトで、名指しで死ねと書き込まれたり、お前なんかいらないと言い続けられた子どもの気持ちが何故分からない。追い込まれた子どもが自ら命を絶っても気づこうとしないのは何故なんだ」橘は刃を軽くひねって見せる。
「真剣?」阿部はそれを確認し言った。
「名刀『陸奥守吉行』だ!」橘は言ったが、その名刀が現世の人間を切れるはずはない。何故なら橘は亡霊だからだ。亡霊は黄泉の国を知る者にしか触れる事が出来ないのだ。つまり、いくら名刀であっても現世の人間を切る事は出来ないのだ。
橘は阿部の目を見据えて続ける。
「お前は、教育長まで上り詰めて何も出来ないでいるのか? 今、子ども達は自らの非を認め、謝り、新しいクラスを作ろうとしているのに、大人達は黙って見ているだけなのか?」
「しかし、教育委員会は諮問を出した側で報告書を作るのは第三者委員会ですよ。私が口を出すのはルール違反だ」阿部は言った。
「ルールだと。己の利益しか考えられないで、政治屋(せいじや)に成り下がった国のリーダーや、その言いなりに成る官僚が作ったガイドラインや学習指導要領など糞くらえ! 教育は現場にあるのではなかったのか?十人の子どもが居れば十の心があり悩みもある。そのひとりひとりに寄り添って導いていく。そりがお前の教育方針ではなかったのか?」
「若い頃はそうだったかもしれない! しかし時代は変わった」阿部は抵抗した。
「何でも時代のせいにするな! 毎日子ども達ひとりひとりと話をしていれば子どものちょっとした変化に教師なら気づくはずだ」橘は横張に刃先を向けた。脅え切った横張は、こわばって今にも失禁しそうになっていた。そのまま橘は目線だけ倉田に向けた。倉田は動く範囲で頷いていた。再度刃先を阿部に向けると続ける。
「思い出せよ! 教育実習で東商大の名物『人参踊り』を舞って、子ども達と触れ合ったお前を! 酒を酌み交わしながら理想の教育を語り合ったあの頃の日々を! 教師と言う職業は限りなく聖職に近い仕事だとおまえは言っていたではないか」
「橘? お前、橘なのか?」阿部の驚きの声に、橘は(気が付くのが遅せえんだよ)心で呟く。
「教育長! あなたはあの役者を知っているのか?」山村が言った。
「同級生の橘克巳です」
「身元が分かればこっちの勝ちです」山村は弁護士の立場で語る。
「しかし、いや、私は先日、彼の告別式に参列したばかりです」阿部は途方に暮れた。
「私は橘とやらではない。坂本龍馬だ! そして、私の言葉は茶番でも何でもない、過去、いや歴史からのメッセージだと思え!」そう言うと橘は大刀を水平に振った。
(お待ちして居った。やっと拙者のいや、いーや拙者の出番でござるな。思い切りお切りくだされ、橘いーや橘殿)
(金次郎さん、銀蠅に生まれ変わったの? 歌舞伎役者は程遠いようですな)橘は心で呟きながら、正義の刃を優輔の頭から飛び立った銀蠅に向かって振り下ろす。蠅は真二つに切れて床に落ちた。教室中に戦慄が走った。
そして、橘は振り返り子ども達の方を見つめると言った。
「優君、君を『いじめ』て、追い詰めた奴らはこの二人か?」橘は腰を抜かしている章二と郁子に刃の先を向けた。そして鼻先に突き付けて大声で言った。
「友達に死ねと言われた者の気持ち、身をもって感じるが良い。死ぬという事がどんなに怖い事か、死と言う言葉を軽々しく言ったり、書き込んだりする事が、どれだけ罪深い事なのかよく考えろ。そして『いじめ』をしていた事を白状しろ! ここに居る大人達の前ではっきりと言うが良い。さもなければ叩き切る。そこの蠅のように真ぷたつにしてやる」そう言った瞬間、橘は大刀を上段に構え、今にもその刃を振り下ろそうと詰め寄った。
「ヒ―!」章二達はあまりもの恐怖に頭を両手で抱え込み体を震わせた。
「さあ! 言え! 成敗するゾ!」橘はさらに凄んだ。
「ヒ―ッ。ごめんなさい! 俺達が武藤君を『いじめ』ていました。タブレットに裏サイトを作ったのも僕達で、皆に田口を無視しろと誘導したのも僕達です。ごめんなさい! ごめんなさい!」二人は恐怖のあまり教室の隅まで逃げて縮こまって失禁してしまった。
「龍馬さんもう良い!」優輔が叫んだ。
橘は子ども達全員に向かってこう言った。
「『いじめ』られるのは怖い! だから友達が『いじめ』られているのに見て見ぬ振りをする。でもそれは『いじめっ子』とやっている事は同じだ! 皆が協力して『いじめ』と言う化け物に立ち向かえば『いじめ』はなくなる。良いかな?」橘は児童達が全員頷くのを確認すると、大刀を腰のさやに納める。そして、優輔に近寄り言った。
「優君! 彼らや皆を許してあげられるかな?」
「もちろんだよ。龍馬さん! みんな僕の友達だもの」
「貴子殿はいかがかな?」
「当たり前です。私、また皆と笑って勉強したい」貴子はそう言って笑った。橘はにっこり笑うと、優輔の手を引いて直子の前に歩み寄ると彼女の肩をポンと叩いた。すると直子の体が自由になった。直子は我慢しきれずに優輔を抱きしめていた。
「ママ! 悲しい思いをさせてしまってごめんね」
「そうだよ。どうして突然いなくなるの。パパもママもお兄ちゃんも、皆悲しくて毎日辛くて、泣いているのよ」直子はこらえきれずに大粒の涙を流していた。
「僕、勇気の出し方を間違えちゃった。本当にごめんなさい」優輔は直子の頬に流れ出た雫を指で拭った。
「優君はこのままずっとママの所に居られるの?」直子が聞いた。優輔は橘の顔を見る。橘は静かに首を振った。
「僕、もう行かないと。ママごめんね。元気でね」優輔はそう言うと静かに消えて行った。
「私が責任をもって優輔君を『黄泉の国』までお連れします」橘は言った。
「あなたは確?」
「ええ、生前は朝日ヶ丘公園で何度かお会いいたしました。あの時、優君も私の隣にいたのですよ」
「私には見えませんでした」
「私は逆に優君が霊だとは思っても居ませんでした。私自身が旅立って初めて知りました。優君はこの世に思いを残す事があったようで、『黄泉の国』へ行く船に乗らずに『さまよい霊』になっていたようです。今は私も『黄泉の国』の住民です。私が必ず優君を成仏させますから」そう言うと橘も消えた。一斉に大人達の金縛りが解けた。
                              つづく

 次回、橘に届く急な知らせ! 優輔の兄康輔の運命は? そして、第三者委員会の保護者説明会。宮山小学校の体育館ではどんな報告が出されるのか? その報告に保護者達は納得するのか? 第九章をお楽しみに!

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