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【小説】天国へのmail address 第四章              いじめの刃

いじめの刃
 授業が終わり、給食の準備が慌ただしい教室で貴子は俊に話しかけた。
「俊君! 国語の教科書見せて!」俊は首を振って自分の机を抱え込んだ。
「そうだよ、教科書見せて」優輔も一緒になって貴子の横に立っていた。
「みせて!」貴子は半分力ずくで俊の国語の教科書を取り上げて、授業の時に俊に変わって読んだページを開いてみた。
「どういう事?」俊の教科書は所々ページが破られていた。
「先生のところに行こう!」貴子は俊の手を引っ張ってそう言った。
「……」俊はただうつむいて首を振って机にかじりついているだけだ。
俊君! 今勇気を出して言わなかったら絶対に後悔するから、一緒に行ってあげるから職員室へ行こう!優輔も必死で訴えたが俊には無視された。
「おい田口! 副級長だからって余計な事するなよな!」章二だった。後ろには半笑いの郁子も立っていた。優輔は怖かった。それでも心の中でひたすら『勇気』『勇気』と繰り返し言い続けていた。
「あなた達は何もしていないなら関係ないでしょ」貴子は強気で章二達を睨みつけるように言った。優輔は貴子の勇気に感動していた。そして貴子の勇気がやっと俊に重い腰を上げさせた。
「俊君、行くよ! 教科書持って」優輔には貴子が俊の母親のように見えた。
「田口、余計な事をするなよ」郁子だ。
「余計な事なんてしてないよ! 大切な事をやっているんだ!」優輔も貴子の後ろから言ったがこれも無視された。貴子は俊の手を引いて教室を後にする。後ろから又『チッ!』と舌打ちが聞こえてきた。優輔も舌打ちがする方を睨みつけてから職員室に向かった。
「小菅は分かってるよな!」章二だ。
貴子と俊が職員室に入って横張先生を捜していると学年主任の倉田里美(くらたさとみ)先生が声をかけてきた。
「二人ともどうした? 横張先生にご用かな?」
「ハイ。先生はいないですか?」貴子が聞いた。
「すぐに戻ると思うから」と倉田は横張の席まで案内してくれてパイプ椅子を二脚用意してくれた。
「ここに座って待っていてね」すすめられたパイプ椅子に座った貴子と俊はそのまま横張先生が戻るのを待っていた。俊は緊張して体が強張り少し震えていた。そんな二人より少し遅れて優輔が職員室に入るとほぼ同時に横張が戻って来て言った。
「どうした? 何か用?」優輔はパイプ椅子に座っていた貴子と俊の後ろに立って、貴子達の後方支援を選んだ。貴子は立ち上がると俊の教科書を開いて横張に見せて言った。
「先生! 助けてください。俊君が『いじめ』にあっていると思います」貴子は副級長としての責任を全うしようと必死であった。
「え?『いじめ』?」横張の声は大きく職員室中に響き渡った。
「これ見てください!」貴子は俊の教科書を横張に渡した。
「たくさんページが切られているでしょ」
「小菅君! 誰にやられたの?」慌てて横張は俊に尋ねた。しかし、俊は下を向いたまま黙って首を振るだけだった。
「俊君! 今、勇気を出して言わなかったら駄目だ! きっと後で後悔するからはっきりと言おう」優輔の言葉もやはり俊には届かない。ひたすら下を向いて黙っている俊に対して横張がもう一度尋ねた。
「小菅君! 誰かにやられたの? それとも自分で粗相をしてしまったの?」それはいつもの優しい横張らしくない強い口調で、俊に対して後者を言わせたいと誘導しているようにも感じられた。子ども達にとって職員室という所は超アウェーな場所だけに貴子も何も言えなくなっていた。更に追い打ちをかけたのは、病気療養中の校長に変わって校長代理を務めている副校長の木村幸一(きむらこういち)だった。
「横張先生! 『いじめ』とは聞き捨てなりませんな。第三者委員会が再調査に入るというこの時期に何か問題でも起こされたら困りますよ」木村は教師の間でも事無かれ主義の保守系で有名であり、校長不在中に自殺事件が起こってしまい、問題消火にやっきとなっている時だったのだ。
「いえ、副校長! まだ『いじめ』があるとは。この子達が言っているだけですから」
「頼みますよ! 横張先生! 何かあったら私が責任を取る事になってしまいますからね」横張は木村の圧力に畏縮してしまっていた。
「小菅君本当に『いじめ』にあってるの? そんな事ないよね!」横張は小声で聞いた。しかも、小菅の答えを再度誘導しているようにも聞こえた。
「どうなの?」今度は大きな声で聞いた。
「僕、僕の不注意で教科書破いちゃった」俊は蚊の鳴くような声で言った。
「いけないね。新しい教科書を用意するから、それまでは先生の教科書を使っていなさい」横張はほっとした言い方になっていた。
「なぜ! 俊君どうしてそんな嘘つくの? この前だって上靴を片方しか履いてなかったでしょう」貴子は横張を睨みつけながら言った。
「それに、学校の帰りに奴らのランドセル持たされているでしょ」優輔も必死に訴えた。
「さあ! もう良いでしょう。本人が『いじめ』でなく、自分でやったと言っているのですから」木村はパンパンと手を叩きながらその場を収めようとし、優輔の訴えはまたも無視だ。
「皆は教室に戻りなさい。給食の時間ですよ」横張も少しでも早くその場を収めたくて仕方がないように見えた。
「ちょっと待って下さい。副校長! 彼は『いじめ』られてはいない。とは言ってませんよ」倉田だった。
「倉田先生! もう良いじゃないですか! 問題を大きくしないでください!」木村は怒鳴るように言ったが倉田は引き下がらなかった。
「子どもが勇気を出して訴えているのですよ! 教師がそれに答えられなくて何が学校ですか?」倉田は俊の両肩を優しく握りしめて力強く言った。
「でも倉田先生。今は第三者委員会の再調査が始まっている時です。来週には横張先生のクラスで授業参観が予定されている事は学年主任のあなたなら当然ご存じでしょう」
「もちろん知っています。だからこそはっきりと子ども達の話を聞くべきではないでしょうか」倉田は引かなかった。
「困りますね。今は何としてもこの問題を乗り越えなければ、私は校長に顔向けが出来ません」木村は飽くまで体面を優先していた。
「倉田先生! もう良いです」貴子は諦めて俊の手を取った。
「でも、このままだと貴ちゃんも『いじめ』られるかもしれません」優輔は必死に呼びかけたがその言葉は興奮している貴子にもその場にいた教師達にも届かない。
「俊君行こう」貴子が俊を連れて職員室を出ようとした時だった。
「田口さん! ちょっと待ちなさい」倉田が言った。
「副校長! 教育委員会から、全校児童に対して近日中に再実行するべき案件として支持が来てる『いじめ』に対する再アンケートを大至急実施しましょう。せめて四学年だけでも、学年主任の私に権限があるはずですが」倉田は畳みかけた。
「まあ、それはいずれ実施しなければいけない事ですから、そのくらいなら良いでしょう」副教頭の許可も下りた。
「田口さん、よく頑張ったね。さすが副級長。偉いぞ!」倉田は貴子の耳元でそっと褒めた。
 
優輔は家に帰ってから橘にLINEを送った。
(龍馬さん、僕達は勇気を出して先生に話したよ)
龍馬さんの優しい笑顔を優輔は思い描いてスマホを閉じた。
 
 
通じない通信
 
翌朝、優輔は誰よりも先に橘に昨日の話をしたかった。しかし、この日は朝日ヶ丘公園に橘の姿は無かった。優輔はスマホを開いてLINEを起動させたが昨日の優輔のLINEは既読にはなっていなかった。
(龍馬さんおはよう! 行ってきます)優輔は再度LINEして学校に向かった。
 学校につくと、いつもの教室では『いじめ』に対するアンケートが実施される噂でもちきりだった。『いじめ』の張本人である章二と郁子が俊と仲よくしている光景が優輔の目に飛び込ん出来た。取りあえずこの噂が広がる事で俊に対する『いじめ』は収まったかに見えた。
 
翌日も朝日ヶ丘公園には橘の姿は無かった。その日の内に再アンケートが実施された。七月と同じで無記名の質問形式のアンケートだった。
(アンケートが実施されたよ。俊君への『いじめ』もなくなったみたい。勇気出して良かった。龍馬さんありがとう)
優輔は橘にLINEを送り続けたが返信はおろか既読にもならない。
翌日、アンケートの集計結果が公表された。(本校に『いじめ』は存在しない)がその結果だった。いくら無記名でも正直に記入した結果自分が『いじめ』の対象になる事を恐れた偽りの結果、完全に章二たちの悪知恵の勝利だ。表面だけを繕うアンケートは『いじめ』と言う化け物には刃すら向ける事も出来なかったのである。そして、この事は、貴子に対して卑劣な『いじめ』の始まりであったのだ。
 ひとり又ひとりと貴子の周りからクラスメートが消えていった。というより、貴子と話をしなくなったのである。貴子と優輔が必死の思いで告発し、助けたはずの俊すら貴子から遠ざかっていった。いわゆる集団無視、村八分だ。表面的には何もないようだが最も卑劣な『いじめ』だ。
次第に貴子は学校で話をしなくなった。優輔が貴子に話しかけてもうつむいて心を閉ざした貴子から言葉を聞く事はなく、貴子は女子の間でも完全に孤立してしまった。寂しく辛い毎日が続いていたある日の放課後、優輔は教室でひとり泣きながら学校から配られたタブレットを見ている貴子を目撃した。優輔がそっと画面をのぞき込むと、優輔にも見覚えのあるクラスの裏サイトに(死ね!)(いらない副級長)と書き込みがされていた。優輔は何もできない自分が悔しくて、気が付くと朝日ヶ丘公園に向かって走っていた。
 
(龍馬さん貴ちゃんが皆から無視されている。裏サイトに(死ね!)って書かれてる。僕はどうしていいか分からないし、何もできない。貴ちゃんが自殺したらどうしよう)
毎日のように優輔は橘にLINEしたが既読にはならずもちろん返信もない。
(龍馬さんも僕を無視するの?)
悲しみがマックスを超えていた優輔は、橘の家を訪ねてみる事を決めた。
日曜日の朝、優輔は朝日ヶ丘公園に行ってみた。やはりいつものベンチに橘の姿は無い。
「よし!」
優輔はそう独り言を言うと、いつも橘が帰っていく方角に歩き出した。立ち並ぶ住宅の表札を一軒一軒確かめながら『橘』の文字を捜した。数十件目にその名があった。
「これも勇気!」
優輔は心でそう叫び、インターホンを押そうとした時、優輔より先に来ていたおじさんがインターホンを押した。
「はい、どなたですか?」と女性の声が聞こえてきた。
「隣の小山です。回覧板を持ってきました」
「はい、ご苦労様です。今行きます」玄関が開いて優しそうな初老の女性が姿を現した。
「昨日は大変でしたね。落ち着きましたか」
「式ではお世話になってありがとうございました」
「いえいえ、どうぞお気を落としのないに。では」

                               つづく

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