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『野菜大王』と『文具大王』第1章・大王の使者


野菜大王の使者


ママがお店の壁にポスターを貼った。
「ママ! それ何?」康太が聞くと「これはね、パパとママがボランティアをしている[世界に学校を増やそう会]のポスターよ」とママは言った。
[世界に学校を建てよう!]のキャッチコピーの下には鉛筆とノートを抱きしめて、それにキスをしている外国の少年がアップ写真で載っていた。
「学校なんか沢山あるのに」
「世界では色々な事情で学校を建てる事が出来ない国もあるのよ」
「へー、そうなんだ。僕には関係ないよ」
この時の康太は、ポスターの少年が、何故嬉しそうに文房具を抱きしめているのかも気にする事も無かった。後に康太はこの少年と大変な旅をする事になるのだが、平和なこの国で平々凡々と暮らす小学五年生には想像も出来なかったのである。だから、いつものように新しいノートを買ってもらいたくて、ポスターの文房具を指差して言った。
「ねえママ、新しいノートを買って」
「ノートはこの前買ったばかりでしょ?」
「表紙がもう古いし、皆が持っているのが良い」康太はわがままに慣れ切っていた。
「そうやって、使っていないノートが沢山あるでしょ?」
「みんな使ったもん」康太は嘘を吐いた。本当は十冊以上も使っていないノートを隠して、次から次へと新しいノートや文具を買ってもらっていたのである。

 康太の家はレストランをやっている。パパがつくるオムライスは地球で一番おいしいと康太はいつも友達に自慢している。事実おいしいのだが地球一というのは少し言い過ぎだ。それに、康太はオムライスにセットで付いているサラダが大嫌いだ。サラダと言うよりもピーマンが苦手なのである。
「これがなければ宇宙で一番と言ってやるのに」康太はこっそりピーマンだけをごみ箱に捨てていた。給食の時は先生の目を盗んでティッシュに包み持ち帰り、レストランの厨房のごみ箱に捨てている。

 ある日の夜の事、康太はベッドに入ったがなかなか眠れないで何度も寝返りを打っていた。すると、そんな康太の耳にどこからともなく〽かごめ、かごめ、籠の名の鳥は、いついつ出やる夜明けの晩に、鶴と亀が滑った、後ろの正面だーれ? かごめかごめの童謡が聞こえてきた。そのリズムは康太のおばあちゃんが、康太に歌ってくれたテンポよりゆっくりとしていて、声には黒板をひっかいたような不快感が漂っていた。康太は部屋中を見回したがテレビもついていないし音の出るものはどこにもなかった。童謡は一度だけで止まった。
その直後、外から変な声が聞こえてきた。声だけでなくアスファルトを何かで突くような音も混じっているようだ。「……」ガジャ! 「……」ガジャ! 「……」ガジャ! 声はだんだん大きくなり、はっきりと聞こえるようになった。「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 康太の家の横の道を歩きながらそう言っているようだ。野菜大王の言葉に合わせてガジャという音がリズムを取っているように規則正しく聞こえて来たのである。
「何だろう?」康太は二階の窓を少しだけ開けてのぞいてみる事にした。するとレストランの横の道を、人間ほどの大きさの人参が列を連ねて歩いているではないか。つり上がった目とぎざぎざの牙がはえた口もある。手と足があり、長い取手に鈴のようなものが付いた八角形の角棒を持って規則正しくアスファルトを突いていた。ガジャ! という音は角棒がアスファルトを叩くと同時に鈴のようなものが鳴る音だった。
「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 手に棒を持った人参の化け物のひとりが振り返り康太と目が合った。康太はあまりの怖さに窓を閉めた。
「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 人参の化け物の声が遠のいていったので康太はもう一度窓を開けた。人参の化け物は康太より小さい子供を籠に入れて運んでいた。
「ごめんなさい。もうしません」泣き叫ぶ少年は、人参の化け物に連れられて遠くに止めてあった大根の形をした乗り物に乗せられて、一瞬で消えてしまった。夢?康太は恐怖のあまり掛け布団を頭からかぶり目を閉じた。

 翌朝、康太は目覚めが悪かった。昨晩の悪夢に加えて、今日の給食はピーマンの肉詰めだからである。
「いやな夢を見ちゃったな」康太は夢の話を誰にもしないで憂鬱な朝に溜め息を吐いていた。
「お腹が痛い! 痛い! 痛いよ」康太は駄々をこねて学校を休もうと考えた。
「あら、お腹が痛い! 痛い! 病になっちゃったの?」
「痛い! 痛い!」
「それじゃー、病院に行って注射を打ってもらいましょう。それとも我慢してピーマンの肉詰めを食べますか?」ママは、悪夢の事は知らないが、給食の事はお見通しだった。しぶしぶ康太は学校へ向かった。給食の時間になったら先生に隠れてピーマンを持ち帰る計画は万全で、ランドセルには既にポケットティッシュを忍ばせてあった。
「康太は大丈夫かな?」パパは心配していたがママは普通に笑った。
「大丈夫ですよ。ピーマンが食べたくないだけだから」
「好き嫌いが多くて困ったな」パパの心配は広がってしまった。
「好き嫌いだけではありませんよ。物を大事にしなくて、また新しいノートを買ってくれって言うのよ」
「買わなくて良いよ。欲しくても買えない国の子供もいるのだからね」パパは壁のポスターを見つめて言った。
「私たちが買わなかったら、お爺ちゃんの所に行くのよ」
「困ったものだね」
「一度あなたから叱って頂かないとね」

給食の時間になってピーマンの肉詰めが二つも出てきた。康太は先生の動きを観察し、先生が下を向いた瞬間にピーマンだけを取り除きティッシュに包むと素早く机の中に隠した。康太にとっては、一番緊張した時間だったが、今日も見事に成功した。学校から帰り宿題を済ませて、休憩中のパパの目を盗み厨房のごみ箱に持ち帰ったピーマンを捨てて任務完了だ。夕食はハンバーグが良いと言ってあったのでママがレストランの仕事の合間に店から持って来てくれた。康太の夕食は店が休みの日以外ママとふたりきりの食卓だ。それでも、店が忙しい時はママも手伝いに出て康太がひとりで食べる日もあった。今日は貸し切りの団体予約が入っていて後者の状態である。こんな日は夕食後にテレビゲームのやり放題で康太はそんなに悪い気はしない。時々ママが戻って来て小言を言われるのを我慢すれば自由を満喫出来るのも最高だと思っている。ママが戻ってきた。
「宿題やったの?」
「やった」
「ゲームを止めてお風呂に入りなさい」
「ハーイ」適当に返事をしたらママの怒りに火が付いた。「良い加減にしなさい!」テレビの電源を切られた。
 康太は湯船につかりながら夕べの悪夢を思い出していた。「人参の化け物と目が合ったのはリアルで怖かったな」独り言を言った。ベッドに入り横になってもなかなか眠れない。何度も寝返りをうっていると急に充電していたスマホが光った。そして、〽かごめ、かごめ、籠の名の鳥は、いついつ出やる夜明けの晩に、鶴と亀が滑った、後ろの正面だーれ? スマホからあの童謡が流れ出した。康太は恐怖のあまり、声も出なかった。遠くからは又あの声がしてきた。
「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」カジャ! 不気味な声はだんだん近づいてきた。康太は勇気を出して窓を開けてのぞいて見た。しかし、声はするのに姿は見えない。気のせいか?そう思って少しだけホッとし、窓を閉めた時「〽後ろの正面だーれ?」黒板をひっかくような大きな歌声が真後ろから聞こえ、康太は振り返った。「ギャー!」体は人間で頭だけがピーマンの化け物が立っていた。「ギャーギャー」康太は化け物に体当たりをしてベッドに潜り込み、震えながら「夢だ! 悪夢だ!」と繰り返した。その瞬間。「お前がピーマン嫌いの山村康太か?」また大きな声がした。康太はびっくりして跳び起きた。そこにはピーマンの化け物が何体も立っていた。化け物たちは夕べ見た人参と同じように目がつり上がり大きな口にはギザギザの牙が付いていて、八角形の角棒を持っていた。康太は逃げようと部屋中を駆け回ったが逃げ道は化け物に塞がれていた。
「怖いよ! パパ、ママ助けて!」康太は大声で叫んだが誰も助けに来てはくれない。
「野菜大王様がお呼びである。私たちと一緒に来ていただこう」
「嫌だよ! 僕が何をしたというの?」
「何をいまさら白を切る。お前はピーマンをゴミ箱に捨てておいて、さも自分が食べたようなふりをして人に嘘をついておったであろう。」
「だって食べないと怒られるし、食べられないし、捨てるしかないでしょ」
「お前はピーマンを種から育てて下さった農家の方々への『思いやり』と言うものはないのか?」
「大げさな!」
「大げさではない! 野菜大王様がお怒りである。我々と一緒に来ていただく」
「どこへ?」
「大王の国だ!」
「連れて行かれるとどうなるの? 無理やりピーマンを食べさせられるの?」
「そんな事はしない。お前は、大王様裁判にかけられて有罪が決定すると、何らかの罰を受ける事になる」
「嫌だよ!」康太はピーマンの化け物の隙をついて逃げ出した。子供部屋のドアを開けて階段を下りてパパとママに助けを求めようと考えたのだ。しかし、ドアを開けると目の前にまたピーマンの化け物が立っていた。部屋だけでなく一階への階段も化け物で一杯であった。
「ワー! ギャー!」腰を抜かした康太にリーダー格のピーマンの化け物が言った。
「嫌だと言ってもお前に選択権はない。ひっ捕らえろ!」
「野菜大王! 野菜大王! 野菜大王!」何体もの化け物が、そう叫びながら康太を取り囲んだ。震える康太は捕えられて、子供がひとり収納出来る籠に入れられてしまった。
「やめてー! 出して! 僕は籠の鳥じゃないよ」
「何を言う。鳥に失礼であろう。行くぞ!」リーダー格の化け物が指示をした。康太の入れられた籠に角棒が通されて、籠は吊り上げられた。
「野菜大王! 野菜大王! 野菜大王!」真っ暗な部屋に不気味な掛け声が響きわたった。その声は階段を下りて玄関へと向かったが、パパにもママにもその声は聞こえないようだった。寝る前にきちんと鍵がかけられていたはずの玄関の戸が静かに開き、康太を運ぶピーマンの化け物の隊列は外の道を歩き出した。
「ごめんなさい! 誰か助けて! 怖い、怖いよー」康太が泣き叫んでも誰も助けに来てはくれない。康太の叫びも化け物の声も誰にも聞こえていないようであった。その証拠に、すれ違った警察官は康太達を無視して行ってしまったのである。
「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 
隊列は細い道を進むとスーパーの駐車場に向かっていた。先には康太が夕べ見た大きな大根の乗り物が化け物の口のようにドアを開けて止まっていた。隊列が中に入ると静かに入口のドアが閉じて、大根が勢いよく飛びあがった。星空に向かって飛ぶ大根。それはまるで宇宙船の様だと康太は思った。四角い窓から見える康太の住むレストランがみるみる小さくなって、やがて見えなくなり、丸い地球が綺麗に見えて、それすらすぐに小さくなってしまった。
「ねえ! どこに行くの?シクシク、ブエーンエンエン怖い、怖いよー」問いの答えは無く、康太は恐怖と不安で泣き叫ぶしかなかった。

 大根の宇宙船は、乾き切った荒野に着陸した。ドアが開き中から泣き叫ぶ康太をピーマンの化け物が引きずるように連れ出してきた。
「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 「野菜大王!」ガジャ! 隊列は荒野にそびえる山に空いたトンネルに向かって歩き出した。
「ブエーンエンエン怖い、怖いよー」真っ暗なトンネル内に響く『野菜大王』の連呼と康太の泣き声は壁に当たり反響していっそう不気味に聞こえた。
「怖いよー! 誰か助けて。ピーマンちゃんと食べるから。約束するから」康太は必死に助けを求めてもピーマンの化け物たちは無視して歩く。やがて体育館のような広い部屋に入り止まった。鉄格子の付いた小部屋、いわゆる牢獄が立ち並んでいた。その中には沢山の子供たちが押し込められていて、康太が昨晩見た少年が【人参】と書かれた牢獄に監禁されていた。入口近くの机には人参の化け物が鍵の束を持って座っていたが、康太が収容されてくると立ち上がった。
「変わります」ピーマンの化け物が人参の化け物に言った。
「野菜大王!」そう言いながら人参の化け物はピーマンの化け物に鍵の束を渡して立ち去っていった。どうやら化け物たちの返事は全て『野菜大王』と言うだけで通じるようだ。
「こいつをピーマンの牢に収容しなさい」鍵を受け取ったリーダー格のピーマンの化け物が部下に命令をすると、何体もの化け物が康太を取り囲んだ。
「野菜大王!」康太は押さえつけられて【ピーマン】と表記された牢獄に押し込まれた。そして鍵の束をもったピーマンの化け物を残して他の化け物は立ち去っていった。
「ごめんなさい! ちゃんとピーマン食べるからここから出して! お家に帰して」康太は残った化け物に懇願すると、化け物はジロリと康太をにらみ付けて鋭い牙の口を大きく開けた。
「うるさいぞ! お前は何も分かっておらん。ピーマンを食べるか否かの話をしているのではないのだ。捨てたか否かの話をしておるのだ」
「ごめんなさい! もう捨てませんからここから出して!」康太は必死で謝った。
「もう遅い。裁判で大王様がお決めになる事だ。それまで黙って牢に入っておれ! このふらち者めが!」カツッ・ガジャ・カツッ・ガジャ・ガジャジャ、ガジャジャ! ピーマンの化け物は持っていた角棒を地べたに何度もたたきつけ怒りをあらわにした。
                               つづく


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